親に対する恨みは例え親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げ!?

旧URLでのいいね数

※これは、僕個人の考えですので鵜呑みにせず左右されないで下さい。違う考えを持っていて良いのです。確実な正解はありません。

親に対する恨みは、例え、親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げだと思えば、成長できることもあります。そして、親への恨みが酷い人(恨むことが必要な時期の人)は、この考えは否定して下さい。僕自身も親への恨みが酷かった時は「この考え方は絶対に受け入れられない!」と思ったことがあるからです。

自分の都合でかき集めた親イメージ

僕はあることに気が付きました。それは「親に対する恨みは、例え、親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げ」と言う事です。「でっち上げ」と言う言葉が悪く聞こえるかもしれませんが、あえて「成長材料」とするために書いています。

「何!?親が悪くない場合なら納得できるが、親が悪い場合も自分のでっち上げとはどういうつもりだよ!」と、このように思う方もいるのは当然です。しかし、書いたとおり「親に対する恨みは例え親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げ」の場合もあるのです。逆に、そうではない場合もあると思います。「世の中の不満に必死に食いついてどうするの?」も合わせて読んでみて下さい。

まず、人は誰かに「依存」して、その依存関係が深くなり、その依存関係がないと精神的、身体的に不快な症状を生じるようになるので、依存関係を継続しようとします。つまり、子供が親に依存するのは当たり前のことですから依存を恥じる必要はありません。大人になっても依存してしまうのも、それだけの理由があるので恥じる必要はありません。恥じるのではなく自分のペースで1歩ずつ「依存」から「精神的自立」へと向かっていくことが大事なことです。

話は戻りますが、依存関係がないと精神的、身体的に不快な症状を生じるようになるから、それを回避するために本来は自分を育てて不快な症状が出ないようにすることが必要ですよね。しかし、自分で自分を育てないと、その分、依存相手に求めてしまいます。その結果「自分の依存を継続することに都合の良い相手のイメージ」を持つようになります。

その結果、自分の都合でかき集めた「親イメージ」を持ち、それを恨み、自分の都合でかき集めてしまった親イメージ「支配」されて、自分の都合でかき集めた親イメージによって苦しみむこともあるのです。

親を恨むことも依存することも間違いではない

もう少し具体的に説明しましょう。

親に虐待されたり洗脳されて育ったとしても、それは、事実や出来事はあったとして、それはそれで別のことです。つまり、アドラーの言うところの「材料」なんです。例えば、親から金属バットで引っぱたかれて、母親からは感情の虐待を受けた子が、社長になり、精神的にも健康で生きているというパターンもあります。

「材料」をどう使うか?出来事に対しての解釈をどうするか?これで変わってくるんです。だから、厳しく言えば「自分の依存の心から生まれているでっち上げ」なのです。「そんな不条理が許されると思ってるのか!親が調子こくだけだろ!」と言いたい気持ちもわかります。そう思っても良いのです。

しかし、何度も書きますがそれは「自分の依存の心から生まれているでっち上げ」なのです。人間は100%正確に物事を見ることは出来ません。正しい見方をしていると思っていても、実は後で間違っていたと気づくこともあります。

そして親のやったことは親の課題であり、自分の課題ではありません。親は親で自分の課題に向きあっていけば良いのです。それをあなたが背負う必要もありません。

親を恨むことも依存することも間違いでもありません。僕も親を恨みました。親を恨んで恨んでいることさえ隠して、自分でも忘れ、迎合的になり、自殺も計画したこともあります。人は誰でも知らず知らず無意識のうちに「でっち上げ」をしますし、「マッチポンプ」のような自ら問題を作り出し自ら解決するようなことを大なり小なりどこかでやったことはあるものです。

自分で蒔いた種は覚えていようが覚えていなかろうが自分で刈り取る時が来るのです。そして親を恨むことも堂々と恨んでいいのです。依存することも当たり前のことです。

色々な経験をして、通過して、成長していくのです。必要なプロセスです。

誰だって親への恨みはある

僕たちは、親に感謝していると言いながらも、実は親への恨みが大なり小なりあるものです。100%親への恨みが無意識レベルでもないと言う人は超越した人で、それは基本、有り得ないと思います。

親に依存していたいという心が強ければ強いほど期待通りにいかないと恨みが増えます。成長の通過点として当たり前のことです。

世の中に期待するから世の中の暗示にかかり不満が出てくるのです。そして更に不満対象を太らせているのです。それが不満の悪循環です。

親に感謝していると言う人には二種類います。

1、心の底から親に感謝している人

2、洗脳されているような感じで親を良い人と思わなければいけない人、財産目当てなどで感謝しているフリを本当に感謝していると言っている人、または思い込んでいる人

恨みも経験して成長していく

親を恨んだ経験もない人が「親に感謝してます!」と言うのは多くは偽物で財産目当てだったり、何かしらを受け取っているから媚びて「感謝していると思い込みたい」場合もあるのです。心から親を感謝する人は「恨みを経験し乗り越えた人」です。

恨みを知らずして本当の感謝は知り得ないものです。寒いを経験するから暖かさを知れるように。プラスはマイナスがあるからこそ感じることが出来ます。親への恨みや、感謝を通して、人は心の管理者として成長していくのです。「こちらの記事」に書いたことです。

恨むことは、そのままではいけないけれど、進んで心の成長過程としての恨みは素晴らしいものなのです。恨んだ自分を受け入れることが自分を大切にするという事です。

精神的自立へと向かうと親への恨みはなくなっていく

親に依存しない精神的自立、自己実現への道へと進み、依存の心から解放されれば心の底から親を恨むことはなくなります。 どんな酷い親だったとして恨むことはなくなります。 何故かと言うと、「どんな酷い親だったと思ったりしても、親は悪魔ではなく人間なので100%悪くはなれない」からです。「100%悪くなれないと言う事は良い部分も必ずある」からです。

繰り返しますが、自分の都合でかき集めた親イメージを恨み、自分の都合でかき集めた親イメージに支配されて、自分の都合でかき集めた親イメージによって苦しみます。

僕たちは依存する心があるから、親の悪い部分だけをかき集め、悪い部分で固めた親のイメージをでっち上げています。これも繰り返しますが、誰もが依存しますから依存が悪いと言っているのではありません。

言い変えればフィルター越しに物事を見ているのです。 そして依存し期待通りにいかないから恨むのです。内なる親、脳内の親、インナーペアレントです。自分との戦いが必要です。

そして、これは非常に興味深い事なのですが、自分がかき集めた親のイメージは自分が思いたい部分だけを集めた親の偽イメージなのです。 実はこのイメージは自分の心の願望や依存や期待の結果が来ないことでの恨みなどです。

つまり、自分が思っている親のイメージは実は自分の願望や、自分の無意識に抑圧されている感情によって出来ているので自分が見ている親は自分なのです。そうあなたの脳内の親、親という思考フレーム、親という色眼鏡は実は自分自身の心なのです。親に悪いイメージを持っている場合、実はそれはあなた自身が気が付いていない、あなたの心のなのです。

親への恨みや怒り。僕の場合は自分が成長し「親の人生」を深く理解出来た時にスーッと消えました。それまでは知らなかった親の人生を知った時、大変な苦労の中、心理的な虐待はあったけれど、それでも一生懸命育ててくれていたことに気がついたら心が軽くなりました。相手の立場で深く知る…大切です。

親には親の人生、子供には子供の人生がある。それは比較しようがないほど全く違うもの。そして相手の人生全体を理解するなんて無理に等しい。親の人生を依存の立場から決めつけていた自分もいる。自分が成長するたびに親が一生懸命育ててくれていたことが少しずつわかってくる。

問題解決をし始めると恨みも消えていく

僕のパートナーは心の奥深い部分に親への恨みがあった。その親への恨みも消えている。どうして消えたのか。恨みの裏には「大切にされたかった」という思いがあった。その思いは実は自分で満たすことが出来ると心の底から納得できたから。つまり自分を自分で大切にし始めることで恨みも消えたのです。

自分で自分を大切にし始めるということは、問題解決もしていくということ。生きていれば誰でも問題が起こります。問題解決を放棄すれば誰かをスケープゴートするか、若しくは問題が山積みになる。どちらも自分にとって不健全な選択です。自分を大切に思うなら問題解決がしたくなるのです。

問題解決をしていくには「問題解決力」が必要です。問題解決力を上げるには判断力、理解力、確認力、色々必要です。それらの「力」はすべて「自分の努力の賜物」です。この力があると口先だけの「自分を大切にする」ではない「本当の意味で自分を大切にすること成し遂げることが出来る」のです。

自分が子供だとして、次から次へと起こる問題に対してヘラヘラしている親を信じることが出来ますか?出来ませんよね。「早く問題解決してよ!なんとかしてよ!」と言いたくもなるでしょう。結果、不幸になれば恨みも出るでしょう。恨みは「何とかしてくれ!」という気持ちの表れでもあるのです。

心の中の小さな自分が「何とかしてくれ!」と言っている。そこで「自分が自分の親」となって問題解決をすれば良いのです。そうすれば「何とかしてくれ!」は出なくなるので恨みも持つ必要がなくなってきます。「自分で問題解決をする」ことが増えるほど親への恨みを減らしていけるのです。

僕のパートナーの心の奥深い部分に親への恨みも、「問題解決力」が上がったことが、自分を本当の意味で大切にできることに繋がってきた。だから、恨みも消えてきたのです。消えない親への恨みを消していくには問題解決を始めて、自分を本当の意味で大切にしていくことです。

親への恨みを消すには生活をしっかりする

親への恨みを消していくために効果的なことがあります。それは「生活のすべてを自分1人でしっかりこなす」ということ。親への恨みがなかなか消えない人は「自分のやるべきことをしない」という傾向が強いです。つまり「自分の後始末を誰かやって」という支配をしていることもあります。

それがちゃんと出来るようになってくると「恨みを消化」出来るようになってきます。これが本当か試しましたが本当でした。「生活のすべてを自分1人でしっかりこなす」ことによって「恨みを持つ必要がなくなる」のです。恨みというのは「他人の所為」にすることで生まれるもので成長過程で必要なこと。

「他人の所為」や「自分の後始末を誰かにさせる支配」は、誰にでも少なからずあることです。そこから1つ1つ減らしていけば良いのです。

自分で作り出す幻の親

親にA,B,C,D,E,F,G,H,I,J,K,L,M,Nの部分があったとしましょう。 しかし依存したい心が親を悪く思いたい心理でC,I,J,L,Nという悪い部分だけをまとめて、親を悪い奴だと言うイメージを持つのです。

つまり自分がでっち上げた親のイメージに支配され苦しめられるのです。親のC,I,J,L,N以外の良い部分も見れるようになれば親へ感謝の心が生まれるでしょう。

「自分で作り出す幻の親」を打ち砕くには、「学習」が必要です。つまり知識不足を解消し、認知の歪みを修正すれば、憎い親が素敵な親へとあなたのイメージ内で変化を起こすのです。

自分が依存する心が無ければ、産んでくれたことのみで感謝し、幸せだということがわかるようになってくるのです。

物事はセットだということを理解する大切さ

物事はセットだということを理解することが大切です。これはどういうことかというと、以下の図を見て下さい。

例えば「どす黒い闇」と「欲望まみれ」は1セットです。覚せい剤は「元気の前借り」とも言われるように、「使用」した時はものすごく元気になり集中力もすごく多くの人が覚せい剤の使用で「欲望まみれ」になります。それを繰り返していると徐々に効かなくなるのでもっと量を増やしていき、最後には「どす黒い闇」が自分に押し寄せてきます。

覚せい剤を使用した時の性欲は本当に凄まじいほど強烈で誰でも「欲望まみれ」になってしまいます。「欲望まみれ」から「どす黒い闇」が押し寄せてくる前にやめれる人はまだ良いですが、やめることが出来ない人は「どす黒い闇」に飲み込まれていくのです。そして、自分がボロボロになります。

これは「どす黒い闇」と「欲望まみれ」は1セットだと、わかりやすい例なので、覚せい剤を恨んでも自分が選んだ結果だとわかりますよね。

ではこのように「どす黒い闇」と「欲望まみれ」は1セットだけど、その境界線がわかりにくい場合、そういった物事はいろいろあります。詐欺師などもこのように「どす黒い闇」を隠して騙していきます。そこで自分が目の玉を大きく顔を近づけて「欲望まみれ」だけを見て「はぁはぁ(*´Д`)」しながら、それを「うんうん欲しい!!」と受け取ります。ちゃんと全体を把握していないので、この時にはまさか「どす黒い闇」があることには気が付きません。

そして、「どす黒い闇」に気が付かないで、「欲望まみれ」だけを見て、すべてが「欲望まみれ」だと勝手に思い込んで、それを受け取ります。そして…、後から、自分が気が付かなかった「どす黒い闇」が押し寄せてきたときにこう思うんです。

「こんなの望んでいない・・」

そして、自分では処理しきれない「どす黒い闇」に圧倒されて、どうしょうもないときに頭によぎるものがあります。それが「親」です。

「なんで、こんな風に育てたの!」

「なんで助けてくれないの!」

「なんであの時こうしてくれなかったの!」

「親」は「責任を代わりに持ってくれる存在」です。その「親」にいつまでも助けてもらおうとしていると親への恨みが出てくるんです。先ほどの話の、自分がちゃんと全体を把握していないので、「どす黒い闇」があることには気が付いていない話。

ここで「責任」を持てていなかったから目先の「欲望まみれ」に「はぁはぁ(*´Д`)」しながら、それを「うんうん欲しい!!」と「どす黒い闇」に気がつかないまま「無責任」に受け取ります。その結果が自分にとって思わしくないとき、人は親への恨みが出てくるんです。

「こんなの望んでいない・・」と思っても、「どす黒い闇」と「欲望まみれ」1セットを受け取ったのは紛れもない自分です。子供なら理解力がないので当たり前ですよね。だから成長していかなくてはいけないんです。親への恨みを乗り越えるということは、自分が成長して自分が責任を持てる自分になるということなんです。

これは本当に覚えておいたほうがいいですよ。1セットであるということ。それは全体として何に繋がっているかと言うこと。紳士を装ったモラルハラスメントの加害者も1セット。善人を装った詐欺師も1セット。腰の低いふりをした怖い人も1セット。安易に「餌」に食いつくからあとで恨みが出てくるんです。「餌」を欲しがるのではなく自分が生産的になれば「餌」をあまり必要としなくなります。「餌」を必要としなくなれば、それだけ恨みが出ることも減っていくのです。

これを読んで、厳しいと思う人もいるかもしれませんが、大丈夫です(#^^#)誰だってありますから!僕も親を恨んでいましたので(笑)一つ一つ、責任を持っていけたら、それだけ自分を不幸にするものを減らせるので幸せに近づけるよね(^^♪ってことです。

子は親を選んで生まれてくる?

心理学の世界では「子どもは親を選んで生まれてくる」と考えられていると言われています。

もしかしたら、この世は成長するための世界で、自分が効果的な成長をする為に記憶を消して親を選んで生まれてきたのかもしれませんね。使命と言うものが、もし人にあるのなら、子どもは親に大事なことを伝えるために生まれてきたのかもしれません。あくまでも個人的意見ですが。

また、「子どもは親を選んで生まれてくる場合」と「選んで生まれてきたわけではない」場合の2通りの説があります。そして、これ自体「生まれてくる前」があることが前提ですが、これ自体も、確かなことはわからないのですから、自分が信じたいことを信じればいいと思います。

物心つく前に虐待されて殺されてしまう子供はどうなるの?

この記事を読んで、物心つく前に虐待されて殺されてしまう子供はどうなるの?と疑問を抱く人もいると思います。「何のために生まれてきたのか…」と。

これは、誰かが決めることでもないですし、僕が決めることでもありません。そんな権利はありません。誰かが「その子は○○のために生まれてきたんだよ」なんて決めることは支配です。答えは「他人が決めることではない。だからわかりません」です。

ただ、「虐待されて殺されてしまう子供」を無意識のうちに「生贄的」に必要としている者が稀にいることはあると思います。「代理ミュンヒハウゼン症候群」のように、生涯にわたって自分に周囲の関心を引き寄せるため、悲劇のヒロインでい続けるため、他者に罪を作り出すため、そのような目的のために、間接的に物心つく前に虐待されて殺されてしまうというケースも稀にあるかと僕は思っています…。

「ミュンヒハウゼン症候群」は傷害の対象が自分ですが、「代理ミュンヒハウゼン症候群」の場合は、傷害の対象は自分ではなく代理のものです。「代理ミュンヒハウゼン症候群」と必要としている者もいる場合もあるかもしれませんね。

勝手に期待して勝手に悪者扱いをする

人は依存するから、あれもこれもと勝手な期待をし、期待通りにならないと相手を悪者だとでっち上げるのです。全ては自分次第です。僕は、まだまだですが、この事に気づけたことが嬉しかったです。自分が変われば相手も変わる。これは本当ですね。そして自分が変わらなければ何も変わらない。待っていては日が暮れてしまう。自分が感謝の心をもてば、感謝の心も感じられるようになる。こちらの記事に書いたように、自分が世の中の人や物への価値を感じられるようになれば、それだけ苦しみも減っていくのです。

恨む過程があることで気が付くことが出来るので、恨むことは悪いことではありませんので、その恨みを正しい方法で親にぶつけることが大事です。親に手をだしてはいけません。言葉で納得いくまで親にぶつかるのです。そうすると自分が変化していきます。悪魔のように見えるサイコパスでも、自分が変われば悪魔に見えず、目の前にいるのは「傷ついた人」または「同じ人間」なのかもしれません。

お母さん「ありがとう」

以下の動画も材料として見てみて下さい。

誰もが親を恨むし「でっち上げ」をする

色々、思った事を書きましたが、人それぞれ違って当たり前ですし、この記事内容に否定的な人がいるのも十分わかります。ですので、個人的な意見で、これが正解とかそういう事ではないという事をご理解下さい。

誰もが依存し、恨み、無自覚で「でっち上げ」をしたり、そういった経験をして成長していきます。その中から学び成長し整わせて行く事で、ありのままの自分を取り戻していけるのだと思います。意識と無意識を一致させて行く事が「人生の嘘」をやめることに繋がってくるのだと思います。

大事なのは「今からどうするか!」です。

とても小さい「でっち上げ」は誰でもやったことはあると思います。意味は「事実では無い事を事実かのように仕立て上げる」ことです。事実がなんなのか良く分からないのに決めつけたり、さもそれが事実かのように言ってしまって自分ではそれが正しいと思い込んでいた事は、小さい事も含めれば誰にでもあるかと思います。

それが自分を不幸にしてしまうキッカケになる事もあります。ですので、親を通して「自分の依存の心から生まれているでっち上げ」に気づけて修正していけば、自分が幸せになるキッカケにもなりますから、とてもプラスなことだと僕は考えています。そして、意識と無意識を一致させていき「人生の嘘」が減ってきたとき、アドラーの言う「世界はシンプルで思い通り」という「自由」に近づいていけるのですから、親からの素敵な贈り物だったと思えるのかもしれません。

成長をすると、自然と感謝できる

アドラーの言う「世界はシンプルで思い通り」の本当の事に気づいた時、今まで「無意識の自作自演をしていた」ことに気が付くのだと思います。そして、その気づきと共に多くのものに影から支えられていたことにも感謝と共に気が付くのだと…、僕はなんとなく思います。

人は責任をもってバランスを取り理由になるために生きているといっても良いかもしれませんね。その大切なことを学ぶために親子というシステムは本当に素晴らしい物だと感じます。

どんなに嫌いな人がいても、不満があっても、変わるのは自分なんです。自分が出来ることを一つずつ始めてみることです。問題解決・改善に向けて進みましょう。

親が憎い

僕は親が憎く、殺意を持っていた事もあります。しかし、それは「親から愛されたかった」のです。愛してほしかった。親の愛と言うというものを感じたかった。しかし、それは叶わないと判断しました。すると憎しみも消えていくことに繋がりました。

本当は愛してほしく、「どうして、こんなに俺を苦しめるの?心から大事にしてほしい」という思いが、逆に、憎しみになっていったのです。悩み苦しみ、僕は「違う。俺は親を殺したいんじゃない。どんな親でも親だ。だから大切にされたかったんだ」と、はっきり気づきました。

そして、自分で自分を見捨てていたことに気づきました。自分の親になるのは自分なんだ。そう分かってくればくるほど、親への憎しみは消えていきました。そして、親がどうして自分を苦しめるような事ばかりしてきたのか謎が解け腑に落ちたのです。

自然に許せるときが来ました。それは許す力が自分に付いたからです。つまり、もう「俺を苦しめることは、俺の権限でさせない」と思えたから許せる(許可)ようになったのです。

そして親も1人の人間であり、戦争を経験した親に育てられ、親もまた想像を超える苦しみに苦しんでいた。そんな中でも精一杯生きていたことが納得できました。本当の敵は親でも無い、家族でもない。自分の心の奥にある恐怖だと。その恐怖が自分の心の98%を占めているから自分の人生を歩めていないと。

世の中は楽してなんて生きていけません。みんな汚い部分もありながら、失敗しながら、逃げる時もありながら、病んでしまう時もある。そんな中でも、生きているということは、その人なりに自分のためになると思っている道に進んでいる。足りなかったのは自分を持つ勇気です。だからこそ1つずつでも勇気を取り戻して、自分を大事にし、その次に家族を大事にすることを、待っているのではなく自分からやりはじめることが大事だと思いました。

親への恨みは、大切なことを自分に教えてくれるのです。自分が如何に支配的で臆病で依存的で、他人の考えをどうにかしてやろうという卑しさを持っているか。親への恨みは自分の心の財産へと変換されるのです。

無償の愛は基本ありえないもの

親に「無償の愛」を求めてしまい、それが無いから恨むことは誰だってあることだと思います。僕もありました。しかし、ここで納得していただきたいことは「無償の愛」は基本ありえないものだということです。

「無償の愛」…。言葉にすると簡単ですが、これを与える側になるには、一生をかけて出来るか、出来ないか。それほど難しいことなのです。子供は簡単に親に「無償の愛」を求めてしまい、それがないと恨むこともあります。それは知らないから仕方ないですよね。

しかし、自分が成長していき「現実」がどれほど、大変で難しく、辛く、苦しく、大変なことがたくさんあることが分かってくると、「無償の愛」を与える側になることが、本当に本当に難しいことだと分かってきます。

今すぐ、「無償の愛をちょうだい!」は「仏陀のように悟りを開け!」とでも言われているくらい難しいのです。そんな難しい無償の愛に一歩でも近づくために、人は人と出会い結婚したりして、一つ一つ築き上げていくのです。その先に「無償の愛」を与える側になれる可能性があるのです。

このことが分かってくると、親への恨みがスーッと消え、逆に「本当に大変な中、育ててくれてありがとう」という気持ちが沸いてきます。

「被害者性」「加害者性」そして「反省」その先に「感謝」

僕たちは、まず「被害者性」の自分と向き合います。その「被害者性」の自分と向き合い自分が癒されていくと、次は自分の「加害者性」と向き合います。自分でも自覚のない人を傷つける加害者としての自分と向き合うのです。

そして次は「反省」です。その先に、一人の人間として成長してきた自分が在るのです。そうすると、親への恨みではなく、親がどれほど大変だったか、どれだけ苦しんでいたか、どれだけ頑張っていたか、いろいろ見えてきます。

「感謝」の気持ちも自然と出てきます。

まるで、今までの自分は泥だらけの眼鏡をかけて見ていたのか?というくらい親という存在が別の存在として見えてきます。「親」を「親」として見るのではなく、「一人の人間」として距離感をもって区別して見れるようになります。

そのころには、親への恨みは乗り越えている頃だと思います。

急ぐ必要はありません。1歩1歩を大切にして、親への恨みも、自然に感謝できるようになっていく1歩だと、僕は思っています。

そして、親に酷いことをされたと、親に罪悪感を持たせたままでいるわけにはいきません。自分を産んで育ててくれた存在に、自然な感謝がたくさん出来るような自分へと変わっていくこと。それが大切だなって思います。

恐怖を克服して、親への恨みも開放して、本当の自分と繋がって幸せになるために役立つのが「サヨナラ・モンスター」です。

サヨナラ・モンスターの詳細はこちら

「機能不全家族」から「機能集団」へ

「機能不全家族」で育つと、本当に苦しい思いをします。だからこそ自分が作る家族は「機能不全家族」から「機能集団」へと変えていく必要があります。

・機能不全家族とは

健全な家族として機能していない家族と言うような感じです。子育てや一家団らん、地域との関わりが健全に機能していない家族です。

・機能集団とは

「夫婦関係が中心で基礎として、親子、兄弟、近親者の集団で、社会貢献、福祉(幸せ、豊かさ)を追及する目的を共有した機能集団」

そして、もう1つ読んでください。

親から傷つけられた子が、いつまでも傷ついているのも傷つけられた心を元通りに親にしてほしいと思っているからなんです。そんな子供の気持ちを理解して親が子供の心を修復してあげれば、その子も親になったときに、子供の心を大切に出来る親になれる可能性が高くなるのです。

 

引用元:離婚回避するためにやることは「自分を見つめ直すこと」と…

家族が「機能集団」であれば、親が子供の心を修復し、それを受けた子も親になったとき、自分の子供を修復できるように機能していけるのです。機能不全家族では逆です。「修復」ではなく「傷つける」んです。

こんな「機能集団」になっていけたら家族は幸せだと思います。だからこそ、あえてこの記事では「親に対する恨みは例え親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げだと思えば成長できることもある!」という内容にしたのです。

親から傷つけられた人には、不快になる言い方だったと思います。その点は、申し訳ありません。だけど、気づいてほしいのです。傷つけあう機能不全家族ではなく、回復できる機能集団としての家族こそが本当の家族だと。

沢山、親、家族から傷つけられてきた人なら、わかるはずです。子供がどうして傷ついていくかが。わかるからこそ、その反対もわかるはずです。どうしたら子供は回復できるか。自分が子供の時に「本当はこうしてほしかった」「こんな家族が良かった」という温かい家族を自分で作るのです。機能不全家族で育ってきた人は機能不全家族としての価値観を受け継いでいるので簡単ではありません。1つ1つ歪んだ価値観を捨てて新しい価値観を手に入れていく必要があります。

そして、自信がついてきたら機能集団としての家族を作っていって、成功すれば、マイナスの世代間連鎖を止めることも出来るかもしれません。僕自身も、機能不全家族で育ってきて、異常な価値観を捨てている最中です。とても難しいものだと思っています。だけど、1つ1つ変えていけることは間違いないと実感しています。

親への恨みを消していくために自己理解を深めろ

親への恨みを消していくために自己理解を深めることが必要です。自己理解を深めて、自分を根本から癒し、自分で自分を大切にしていく。そうすることで親への恨みも減ってきます。そのための方法が「サヨナラ・モンスター」です。

自分を大切にして、自分を心の拠り所に出来るようになると、 自分に酷かった家族の悲しみ、苦しみ、苦労、を知り、 その相手の人生を知り、その視点で見れるようになるので、 感謝の気持ちも出てきます。 僕は、今、家族に対して、感謝の気持ちも持っています。 サヨナラ・モンスターは、それだけの変化を起こすことが可能です。

誰も頼れない人向け!
本当の自分の感情にも気づく極度の緊張と恐怖の克服法

サヨナラ・モンスター

長い間、「恐怖」や「苦しみ」を抱えていたのですが、心の深い部分にある「まとまり」を紐解いたら、心に大きなプラスな変化が起こりました!

「まとまり」を紐解くために、まず、1つ1つ「書き出す」こと、そこから、この方法で潜在意識(無意識)レベルの「モヤモヤ」が整理されて苦しみが減りました!

普通に書き出すことでは到底無理だった「恐怖」や「苦しみ」が大幅に減ったのは、この方法が「心の深い部分に働きかけることが出来る方法」だからでした。

90日間全額返金保証付き

 

6年間もの集大成ともいえる、
自分を救うための教材が完成!
(ツール付き!)