愛情なき厳しさは人を破壊する!メサイアコンプレックスを抱えている者にありがちな「愛情は厳しさの中にある」という名の「愛情の押し付け(精神的な嫌がらせ)」が人を壊す!

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愛情なき厳しさは人を破壊する!メサイアコンプレックスを抱えている者にありがちな「愛情は厳しさの中にある」という名の「愛情の押し付け(精神的な嫌がらせ)」が人を壊す!

愛情なき厳しさ」は人を破壊します。「愛情は厳しさの中にある」と確信している人は要注意です。

「厳しさの中に愛情がある…」が成立する条件

確かに「厳しさの中に愛情がある…」という場合もあります。この「厳しさの中に愛情がある…」ということを成立させるには双方の気持ち、信念などの一致がないと成り立たないのです。

僕自身、厳しさを愛情だと感じたことはありますが、それは、僕が感じたことであり、相手は強要していないのです。結果、相手の「厳しさ」の力によって良いほうへ導いてくれたのです。

つまり相手の根底には愛情があったのです。だから結果、良くなるほうへ導けたのです。相手の根底にあるものが「愛情のつもり」だった場合、これは相手の心を破壊する強力な働きとなります。

「本当の愛情」と「愛情のつもり(偽物)」の違いは何なのか。その1つは「厳しくする側が相手の気持ちを尊重しているか」です。つまり、その厳しさを相手が受け入れるよう強要(洗脳やマインドコントロールも含む)したり、何らかの力を使って強制(無理強い)していないかを見ればよいのです。相手がそこから逃げれるのに逃げないで自分意思でそこにいることを選択しているかを見ればよいのです。

まず「愛情」とは何か正しく理解していくために調べてみましょう。

相手にそそぐ愛の気持。 深く愛するあたたかな心。 「母の―」 異性を恋い慕う感情。

引用元:グーグル検索より

これではちょっとピンときませんね。次は「愛」で検索してみます。

そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持。

引用元:グーグル検索より

これでピンときました。「愛」とは「その人の価値を認めて尊重すること」です。つまり、「信じること」「待つこと」「許すこと」が出来るだけの器を自分が持った上で相手の価値を認めて尊重することです。相手の価値を認めるということは、相手が病んでいたり寝たきり状態になっていても、それも認めるということです。つまり相手の現状をダメだと否定して厳しくする必要があると思い込んで相手に厳しくして「これは愛情だからな」と押し付けているのは、相手が嫌だと感じた時点で「単なる嫌がらせ」なのです。

厳しさの中にある愛情」は「相手の気持ちを無視して成り立つわけがない」のです。

1、相手が自分の意志で厳しさを受け入れている

2、結果、相手にとってプラスになって相手が愛情を感じた

この2つが合わさることで「厳しさの中に愛情がある…」が成立します。

つまり、結果として相手が愛情を感じないのであれば、それが答えなのです。相手がハラスメントだと感じればハラスメントなのです。

結果良ければすべて良し!

だって、「厳しさの中に愛情がある…」と相手のためだと思って厳しくするわけですよね。100%相手をプラスに導かなかったら相手から恨まれて当然です。あたりまえでしょう。「結果良ければすべて良し!」という言葉があるように相手にとって結果が良ければ相手は喜びます。「厳しかったけど信じてついてきて良かった!」とそれまでの厳しさのプロセスがすべて良いものになるのです。

僕も、子供のころある施設での生活が厳しかったのですが、厳しい教官の言うことを信じてよかったと今でも思っています。それは僅かであっても僕を育ててくれたからです。もちろん僕の気持ちを理解してくれたうえで。だから「厳しさの中に愛情がある…」が成立したのです。

結果悪ければすべて悪し!

逆に「結果悪ければすべて悪し!」になるのは結果を悪くされたからでそれまでプロセスもすべて悪いものになるのです。結果が悪ければ「時間も無駄」になります。

厳しくしてくる親を信じてついていったのに結果を悪くされて騙されたから恨みが出るんですよ。「親の背中、親の言葉を信じてついていったのに、結果、このざまかよ…」と。

100%でプラスに導く自信と覚悟がないなら厳しくするな!

「厳しさの中に愛情がある…」と相手に厳しくしようとするなら、100%でプラスに導く自信と覚悟があるのか。ないのならやめるべきです。それで人を死なせたりなんてしたら最悪のメサイアコンプレックス加害者です。

本当に人を救うためには、相手を理解しないければ無理です。相手を理解もせず自分の救世主妄想(厳しさこそが救うんだ!)を押し付けようとする者は、「害をばら撒いている」のです。

<<下に続く>>

その救世主妄想が強い場合、「厳しさの中に愛情がある…」という愛や美徳でカモフラージュしながら、人をどんどん壊していくのです。人に厳しさを与えて救おうとする前に自分のメサイアコンプレックスを解体する必要があります。メサイアコンプレックスを解体するには「サヨナラ・モンスター」で教えている方法で1つ1つしらみつぶしにやるしかありません。

相手に愛情を感じているか確認しましたか?相手が愛情を感じていないのなら自分が愛情だと思っていることを強要している一方的な押し付けや親切の押し売りになるのです。

「人に厳しくしないといけない!」「厳しさこそが人を救うのだ!」ということを妄信している人は、心の中の小さな自分を自分の力で救い出してください。過去の亡霊との戦いが必要です。

以下のメサイアコンプレックスに関する記事も読んでみてください。

メサイアコンプレックスを抱える者の妄信

体罰も同じです。僕も昔は体罰推奨してたのでソレがおかしいとよくわかる。メサイアコンプレックスが強いと「救世主妄想」があります。その救世主妄想は「人を救わねばならない!」があるので「他人を”救うべき悪者”に仕立て上げる」のです。それが本当に厄介です。妄信しているから解けません。

本当はメサイアコンプレックスを抱えている者が救われたいのです。まずは「自分は傷ついている」「不幸だ」ということを認めることができれば1歩進めます。しかし、メサイアコンプレックスを抱えている者は恐怖が強い。恐怖の対象を否定できない。だから「自分は傷ついている」が認められないのです。

「自分は傷ついている」を認めてしまえば「誰が自分を傷つけたのか」に向き合わないといけなくなるから。それに向き合うと「恐怖の対象者」を敵にしなくてはいけない。それは怖い。だから目を背けて他人を「救われるべきダメな奴に仕立て上げてでも救おうとする(親切の押し売りをする)」のです。

そして、親切の押し売りや、体罰、厳しさの押し付けによって、相手に感謝をさせることで「自分は幸せだ」と思い込もうとするのです。それで安定を保とうとする。正直に自分と向き合っていかないとメサイアコンプレックスはますます肥大化してきます。その先にあるのはカルト教祖への道です。

メサイアコンプレックスのイメージ

グーグルで「メサイアコンプレックス」で検索したときに出てくる赤い画像は「メサイアコンプレックスのイメージ画像」で数年前に僕が簡単に作成したものですが、簡単に言えばこんな感じですが実際はこんな簡単ではありません。もっと複雑であらゆる感情なども複雑に絡み合っています。

殆どの人は「過去はもう終わった…関係ない…」と言って過去に蓋をする。それでは肥大化しすぎたメサイアコンプレックスはますます肥大化していくだけです。過去を無いものにするのは根本解決ではなく「メッキ処理」なのです。過去を解決しないとひどくなる一方です。

過去に蓋をすることを悪いと言っているのではありません。過去に蓋をしてメッキ処理をしておくことも大切な時期もあります。回復をして自分に余裕が生まれてきたらメッキを剥がして、その奥にある「根の問題」に向き合うとよいと思います。「根の問題」を解決出来たら能力アップします。

先ほどの赤い画像の「傷」の周りにある「誰もわかってくれない」「救われたい」などは「過去の未消化の感情たち」です。これを1つ1つ感じきるために「理」で「解」きながら降りていくのです。そして「過去の未消化の感情」が「理解」できたときに感情を感じきれます。理解=癒し。理は物事の道筋。

その繰り返しによって画像の赤い部分の感情などが解けていき、最後に核の「傷」に到達します。すると癒されるのです。最後の核の傷に到達できる頃には何らかの成長をしています。メサイアコンプレックスを克服した人は本当の「人を救えるかもしれない人」となるのです。

その為に必要なことを無意識は知っている。だから無意識からたくさんのメッセージが送られてきます。それを気づかないようにするのではなく気づくようにして自分に向き合っていくこと。メサイアコンプレックス全体の解体ができれば「能力」となっていきます。「理」で最後まで「解」けるかどうかです。

自分のメサイアコンプレックスを「理」で最後まで「解」いたら、それは「本当の自己理解を1つ成し遂げた」ということです。自分で自分を救うことの1つの作業です。「理」は「物事の道筋」です。自分の過去に嘘で向き合っても意味がない。誠実に向き合って過去を振り返って解き放てばよいのです。

その1つ1つが、本当の自分の近づいていく(戻っていく)作業となるのです。大体10歳前後で置き去りにしてしまった心の中の小さな自分を救い出しに行くことと「メサイアコンプレックスなどの解体」は繋がっているのです。本当の自分から離れるほどコンプレックス(複合感情)も肥大化していきます。

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コメント一覧

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  1. 「良かれと思ってやってやった」や「お前の為を思って」等は、本当に見極めが難しいと思いました。
    本当に愛情を持っての事なのか、はたまた偽物の愛情で相手は救世主気取りで自分に酔っているだけなのか…
    ギリギリのその境目は表裏一体に見えてしまいます。

    重要なのは相手との信頼関係のようにも思います。
    互いが信頼し合えているのならば、きっと愛情のある厳しさは成り立つのでしょう。
    信頼し合えていないのならば、間違いなくそれは只の愛情の押し付けです。
    相手は厳しく接している自分や導こうとしている自分に酔っているだけで、こちらとしては迷惑以外の何物でもありませんよね。

    互いに信頼し価値を認め合っているのならば、厳しさの中にある愛も成り立ちその愛を感じる事が出来るのだと考えさせられました。

  2. 愛情なき厳しさは人を破壊する!を読んで、とても共感しました。人を100パーセントプラスの方向へ働かせる自信がないなら、厳しくするなという言葉は、日本中に浸透させたい言葉です。私自身義理の親から物凄い厳しくされて、最初は愛情なのかと思っていましたが、それは単に私を自分達の思い通りにコントロールしたいだけだと気付きました。この文章にあるように、最初は信じていたのですが、その厳しさに愛情がないと私自身気づいた時には、既に遅く、今では疎遠となりました。愛情なく厳しくするということは、楽だからです。この文章を読んで学んだことは、私は幸せだと毎日思うようにして生きていこうと決めました。愛情なき厳しい人とは、付き合わないようにします。

  3. 仕事でも、部下がミスしたら、怒る時は一人の時に叱るのがよい方法だとされています。

    皆の前で叱ると、後々、何故という理不尽さを感じやすいものです。

    一対一で向き合って、意見を言うと、本当に叱ってくれているという本音と厳しいが叱ってくれたという気持ちが強くなります。

    皆の前で叱ると意見が言えない状態になりますし、言いたい言い訳など、こちらの意見も言えない状況だと何だか叱られたという印象しか残らないことが多いです。

    むしろ、反論される場合もあります。

    一対一で叱ってもらうと、本当に厳しいが、愛嬌があるなど、可愛がってもらっているから。と印象がよくなります。

    本当に自分のために叱ってくれていると感じる点があります。

    厳しいだけの叱り方をすると、仕事に対して、なげやりになりますし、向上心もなく、ただ、叱られないようにしようとします。

    仕事に対して、向上心もなく、ただ叱られた。厳しいとなります。不公平だと感じることもあります。

    どうして、私だけ、叱られるの?と反感を持つこともあるでしょう。

    自分の立場も失くしてしまいますし、雇用されているが、仕方なく仕事をこなすだけの人間になってしまいます。

    仕事に対して、目標や希望もなく、ただ仕事をこなすだけの人間となります。

    いいかえれば、何も達成感もなく、ただ時間まで業務をするなど、酷い場合は、仕事も途中で放棄して帰るという繰り返しになります。

    上司への報告もない状態となります。ようやく、就職した会社でも自信や目標を失くして、ただ、お給料や生活のために仕事をするだけの人間へと変わっていきます。

    本当に叱る側も労力を使っているのですが、厳しいだけの感情的な叱り方だと、恐怖感など、トラウマなどから、会社へ来ないなど、仕事も放棄する可能性が高いです。

  4. 私自身、この記事を読んで初めてメサイアコンプレックスのことを知りました。メサイアコンプレックスとは、誰かを助けずにはいられない心の状態の事です。
    私は、人から良く悩み相談をされることが多いのですが自分から「こうやったらどう?」とは殆ど言えません。臆病だからなのかもしれません。自分のことで精いっぱいで、相手にうまくアドバイスが出来ません。これも過去のあらゆる問題が解決できてないからなのかもしれません。高校の時に不登校になったのですが、担任の先生が中々理解してくれませんでした。ただ、学校に来いというばかりでどんどん殻にこもるばかりでした。そんなこともあって、自分の体験とこの記事が重なり、なるほどと思いました。いじめをされたことを振り返るのはきついですが、過去を今度振り返ってみたいと思います。

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