毒親に苦しめられた人に対し「親のせいにするな!」と偉そうに言っている人っていますよね。それが人を傷つける行為だとも自覚なしで。例えばそんな人を「危険地帯」に放り込んでみると、どうなるか。
そう、ちょっと怖い目に合ったら「人のせい」が始まることが多いでしょう。
人間は、誰もが人のせいにしたり、親のせいにしたりして、そこから学んで成長していくものです。
そして「本当の人の所為(せい)」と「人の所為(せい)にする」の言葉の意味の違いや区別もつかずに、平気で「親のせいにするな!」と偉そうに言っているのです。

この記事でお伝えしましたが「人の所為(せい)」というのは「それが原因や理由であるということ」です。
つまり、子供が毒親の影響でこうなった!と言うのが、本当にそれが原因だったなら、「親の所為(せい)」なんですよ。それが親が原因ではないのに毒親の影響でこうなった!と言っているのであれば「親の所為(せい)」ではなく「親の所為(せい)ということにしてすり替えた」と言うことなんです。
この親子間の問題は赤の他人がわかるはずもありません。赤の他人の親子問題を知った気になっている者は妄想です。家族の長い歴史の中、分析したってそうわかることじゃないんです。
「本当の人の所為(せい)」と「人の所為(せい)にする」の違いも分からない人が、「親のせいにするな!」と偉そうに人を傷つけているのです。
1、「親のせいにするな」って言う人は、温室育ちで温室の中から穴をあけて外を眺めている人。
2、「親のせいにするな」って言う人は、自分らが温室から出た途端ピーピー騒ぎだすような人。
3、「親のせいにするな」って言う人を危険地帯に放り込んでみると、ちょっと怖い目に合ったら「人のせい」がはじまる。
これは、分かります。
自分と相手の環境が同じようなものだと思う事が前提だとよくある勘違いで、こういった人は勘違いでセカンドハラスメントをしているようなタイプだったりします。
「親のせい」ではなく「事実」を当たり前に語っているだけのことまでいっしょくたにして「親のせいいするな!」というのは、言う本人に罪悪感が隠れているのかもしれませんね。
親の財産が目当てで言いたいことも言えない。だから親の悪事を言う人間を否定しておかねばいけない。など。
嫌なものは嫌。ダメなものはダメ。悪い事は悪い事。犯罪は犯罪。虐待は虐待。と、はっきり言ったり思うことも大事な場合もあります。
親に媚び諂って悪事を隠す人間ほど、弱い奴を探すのが得意という仕組みがあります。
学校でのいじめ問題も親が隠れて巧妙に子供をいじめると、子供がそれが何かわからないから学校で鬱憤を晴らすのです。
大事なことは、自分の人生を生きていくことです。
「親のせいにするな!」と偉そうに何も知らない者が言ってくる場合、無視してほっとくのが一番です。そういった者は本当の現実も知らないのに自分は現実を生きているつもりになっている愚かな状態ですので。
そうやって他人のセルフイメージを下げたがる者ほど、危険地帯に放り込まれて、ちょっと怖い目に合ったら「俺をこんなに苦しめたのはあいつらが悪いんだ!」とか「政治が悪い!」「国が悪い!」と騒ぐものです。
それこそが「人の所為(せい)にする」ことですよね。
危険地帯に放り込まれる前に、幾らでも選択の余地はあったのですから…。
しかし、親子間で子供がまだ小さい時は別です。
親がいなければい生きていけなかった時のことは、「人の所為(せい)にした」わけではなく、実際に「本当の人の所為(せい)」なんですから。
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