「何の準備?」
冬が近づき、雪が降り始めた頃。僕が同居人のAさんに、冬の準備をするよう伝えたとき、返ってきた言葉です。
その一言を聞いたとき、僕には、目の前の質問だけではない重さがありました。自分のことに加え、相手の準備を考え、伝え、進まなければ何が起きるかまで考える。その負担が、長年の記憶とともに、一度に押し寄せてくるようでした。
その背景には、Aさんとの生活で繰り返されてきた問題だけでなく、かつて関わりのあったRから、動物たちを守ろうとし続けた時間もあります。
僕はこれまで、生活やペットを守るために、僕なりに逃げずに向き合ってきました。そうして守れたものがたくさんあったと、今も思っています。やってきてよかったとも思っています。
その一方で、僕自身はずっと疲れていました。これからは、自分以外の人が引き受けるべき責任まで背負い続ける苦しさから、少しずつ解放されたい。最近、その思いが強くなっています。
この記事は、自分の経験を整理し、自己理解を深め、これからの選択につなげるために書いています。ここに書くのは、僕の人生や人との関係の一部分です。苦しいことだけでなく、支えられたことや感謝していることもあります。ここでは、長く続いた負担と、これからの選択に焦点を当てます。
守るために向き合ってきたことも、大切にしたい
僕は、昔からさまざまなトラウマや心身の不調と向き合いながら生きてきました。その中で、身近な人との関わりから生じる負担も、長く重なっていました。
僕が守りたかったのは、ペットの命と、安心して暮らせる生活です。放っておけば問題が起こりかねないから、危険に気づくたびに対応し、必要なことを伝え、起きた問題の後始末もしてきました。
一つの問題に対応しても、次の危険や問題が起きないかを気にする。疲れていても、何も見ないわけにはいかない。そういう時間が積み重なっていきました。
見えないところで起きることから、動物を守るために
Aさんとの生活で起きた事故や危険は、この記事に書いたこと以外にも数多くありました。当時は、Aさんの関係者であるRも関わっていました。
Rは僕が見ていないところでも動物にひどいことをしていました。犬に熱いお湯をかけ、犬が苦しむ出来事もありました。詳しい状況はここでは控えますが、僕は異変に気づき、犬を守るために動きました。
動物の命に関わることが起きる以上、「見なかったことにして離れれば楽になる」とは考えられませんでした。見えないところで何かが起きないかを気にし、問題があれば止め、守ろうとする。その負担も、僕の疲れに重なっていました。
さらに、犬を苦しめたRが僕を悪者にし、事実と違う話を重ねることもありました。僕が動物を守ろうとして出した言葉や反応が問題にされ、動物に何が起きたのかという元の問題が曖昧になっていく。僕は、このようなすり替えも経験してきました。
僕には以前から、事実と違う話によって悪者扱いされてきた経験があります。そのように一方的な悪者像を作られることを、僕は「悪魔化」とも呼んできました。その過去も抱えながら、守ろうとするたびにまた別の負担が生まれることは、深い苦しさでした。
「確認しなければ」が離れなかった時期
当時の僕には、「何か起きていないか、常に確認しなければ」という強迫観念があり、確認を繰り返す強迫行為もありました。今振り返ると、AさんとRとの関わりの中で、動物の安全に関わる問題が起き、僕が守るために確認し続けなければならなかった環境が、その最も大きな原因だったのではないかと、今でも考えています。これは僕自身の見立てで、医学的な原因を確定したものではありません。
強迫観念とは、望まないのに繰り返し浮かび、苦しさを伴う考えなどを指し、強迫行為は、繰り返さなければという衝動を伴う行動などを指します。米国国立精神衛生研究所(NIMH、米国の精神衛生研究機関)も、繰り返し考えたり確認したりするすべてが強迫症の症状とは限らないと説明しています。この一般的な説明だけで、僕自身を診断できるわけではありません。
ここで僕が大切にしたいのは、当時の確認をすべて「気にしすぎ」として片づけないことです。実際に動物を守る必要があり、危険に対応してきた。その一方で、確認が頭から離れず、疲れ果てていた時期もあった。この両方を、僕の経験として伝えたいのです。
今はRとの関わりがなく、その分のストレスや苦しみは減っています。一方、Aさんとの生活では、自分の準備だけでなく、Aさんの準備やペットの安全まで考え、問題を防ごうとする負担が今もあります。今のやり取りには、当時に積み重なった疲れや記憶も重なるのではないかと、僕は考えています。
なぜ「何の準備?」に、そこまで疲れるのか
冬には、暮らしの中で考えておくことがいろいろあります。僕は僕で、自分が必要な準備を考えています。Aさんにも、自分に必要なことを考えて、準備してほしかったのです。
ところが、そこで「何の準備?」と聞かれると、僕はまた、Aさんに必要なことを考え、説明する役割を引き受けることになります。
さらに、僕が伝えなければ進まず、準備がされなかった結果、生活やペットに問題が起きるかもしれない。その先まで考えて、必要なら予防や対応をする。
一つの質問の後ろに、考える仕事、説明する仕事、実行されたかを気にする仕事、起きた問題に対応する仕事がつながっている。僕には、責任が二倍にも三倍にもなっているように感じられます。
もちろん、誰かに質問したり、助けを求めたりすること自体が悪いわけではありません。僕が苦しいのは、長い間、このような負担が繰り返し僕に集まり、終わりが見えないことです。
初めて会った人に一度だけ同じことを聞かれたら、ここまでの頭痛や疲れにはならないかもしれません。Aさんとのやり取りでは、その言葉に、これまでの約20年分の負担や、過去のさまざまなつらい記憶が重なるのではないか。僕は今、そう考えています。
それは僕自身の経験を踏まえた見立てであり、一言だけが頭痛の原因だと医学的に証明されたという意味ではありません。
それでも、目の前の一言だけを切り取って「そんなことで」と片づけてしまうと、その後ろにある負担が見えなくなってしまいます。
僕がAさんに伝えたいこと
今回、僕はAさんに、自分のパソコンを開いて、準備しなければならないことを書き出してみたら、と伝えました。僕が全部を考えて答えるのではなく、Aさん自身に考えてもらうための言葉です。
僕にとって、この言葉を返せたことは、一つの成長でした。自分の負担に気づき、相手に引き受けてほしいことを、その場で伝えられたからです。
Aさんに伝えたいことを文章にまとめると、次のようになります。
Aさん、今日、僕が冬の準備をするように伝えた時、「何の準備?」と聞かれましたね。
僕は、自分の準備に加えて、あなたの分まで何が必要か考えて伝え、やらなかったらどんな問題が起きるかまで考えています。こうした負担が約20年積み重なり、あなたとの会話では頭が痛くなるほど疲れています。
これまでも、あなたの行動や、必要な対応をしなかったことで、実際に事故や問題が何度も起きています。記録に残っているのは、ほんの一部です。僕は自分のことで精一杯の中、危険に気づいて防ぎ、問題が起きた後も対応して、ペットや生活を守ってきました。
この前も、猫がスイッチを押すことがあるストーブが木の扉の近くを向いていた時、僕が気づき、消火して電源を切りました。このままでは、また事故が起きかねません。
だから、本当に目を覚ましてほしい。自分のことだけでなく、ペットを守る保護者として、自分の行動が何につながるかを考え、責任を持って行動できるよう成長してほしいです。
冬の準備も、パソコンに「必要なこと」「いつまでに何をするか」を書き出し、自分で調べ、忘れずに進めてください。二人で決める必要があることは、あなた自身の考えを持って具体的に相談してください。
今回、パソコンに書き出すよう伝えたことで、Aさんがすぐに変わると決まったわけではありません。これから、必要なことを自分で考え、書き出し、実際の行動につなげていけるか。僕が毎回指示しなくても、安全を守る工夫が続くかを見ていきたいと思っています。
「考えること」も、目に見えにくい仕事
僕が引き受けてきたのは、実際に手を動かす作業だけではありません。何が必要かに気づき、調べ、順番を考え、忘れないようにし、問題が起きないかを見ておくことも含まれます。
米国の社会学研究者アリソン・ダミンガーさん(論文発表当時、ハーバード大学の社会学・社会政策の博士課程研究者)は、2019年の論文で、家庭の中で必要なことを予測し、選択肢を探し、決め、進み具合を見守るという、目に見えにくい「認知的労働」を整理しています。35組のカップル、計70人への聞き取りをもとにした研究です。
この研究は、僕とAさんの関係や、僕の頭痛を調べたものではありません。それでも、生活を回すための「考える仕事」には、実際に手を動かす仕事とは別の側面があると理解するための参考になります。
僕の場合は、その仕事が終わっても、同じ問題が再び起きないかを気にしなければならない。説明が必要になれば、その理由を説明する負担まで増える。ここに、僕自身が感じてきた苦しさがあります。
ストレスと頭痛の関係については、ドイツのサラ・H・シュラムさん(Sara H. Schramm、論文発表時はデュースブルク・エッセン大学病院の医学情報・生物統計・疫学研究所の研究者)らによる2015年の研究があります。21〜71歳の5,159人に約2年間、3か月ごとにストレスと頭痛を尋ね、ストレスの強さと頭痛がある日数の間に関連を見いだした観察研究です。これは一人ひとりの頭痛の原因を特定した研究ではなく、僕の頭痛の原因を証明するものでもありません。
僕が「精神介護」と呼んでいた苦しさ
僕は以前、このような負担を「精神介護」と呼んでいました。相手の代わりに考え、説明し、問題の予防や後始末まで担い続ける苦しさを、何とか表そうとした僕自身の言葉です。「精神介護疲れ」という表現にも、その苦しさが重なります。
ここでいう「精神介護」は、医学上の診断名ではありません。また、高齢者や障害のある人、病気などによって支援が必要な人を責めるための言葉でもありません。支援を受けることや、助けを求めることは、その人が自分の生活を守るために必要な行動でもあります。
一方で、支える側が一人で抱え込み、休む余地もなく追い詰められてしまう苦しさには、僕も自分の経験から深く共感します。
厚生労働省の2023年の報告書では、調査された高齢者虐待による死亡事例の一部について、介護負担や介護疲れが背景として言及されています。出来事の事情はそれぞれ異なり、疲れた人が事件を起こすと決めつけるための資料ではありません。
僕がここで重ねて考えているのは、誰かを支える人の苦しさを、限界まで放置してはいけないということです。僕の経験と家族介護は同じものではありません。それぞれの事情を尊重しながら、支える人も支えられる仕組みが必要だと思います。
実際に家族の介護について困っている方は、地域包括支援センターに相談できます。支援を受ける人の暮らしと、支える人の暮らしの両方を守るために、一人で抱えない方法を探してほしいと思います。
心も体も大切にしながら、年を重ねるために
僕は、一人ひとりが、自分のことをできる範囲で考え、必要なことを学び、行動し続けることが大切だと思います。自分の心や体、考える力を大切にしながら、年を重ねていきたいです。
それは、誰にも頼らず、何でも一人でできなければならないという意味ではありません。人には体調の波も、病気や障害も、年齢による変化もあります。難しいときに相談したり、道具を使ったり、支援を受けたりすることも、自分と周りを守るための責任ある行動だと思います。
世界保健機関(WHO、国連の保健専門機関)も、年を重ねる過程や健康状態には大きな個人差があり、本人の習慣だけでなく、生活環境や社会の支えも大切だと説明しています。努力すれば衰えや病気を必ず防げる、という話ではありません。
僕がAさんに求めているのは、完璧になることではなく、自分にできることを自分で考え、必要なら調べたり助けを求めたりしながら、ペットを守る保護者として、行動と改善を続けることです。
例えば、パソコンに「必要なこと」「いつまでに何をするか」を書く。分からないところは調べる。それでも二人で決める必要があることは、自分の考えを添えて具体的に相談する。そうした一つひとつが、責任を引き受ける練習になると思います。
僕自身も、守られる側に入れていく
僕はこれまで、守るために動いてきました。だからこそ、ここまで守れたものがあると思っています。
これからは、その中に僕自身も入れていきたい。頭が痛くなるほど疲れていることを後回しにせず、自分が休める時間と、安心して暮らせる条件を大切にしたいです。
これからも、ペットの安全は大切にしたいです。そのために、誰が何を引き受けるのかを明確にし、僕一人が相手の分まで考え続けなくても守れる状態に、少しずつ近づけていきたいと思っています。
疲れていることに気づいても、すぐに状況を変えられない人もいると思います。生活や大切な命が関わっていれば、簡単に手を離せないこともあります。
だから、できるときに一つだけでも、「これは誰が考え、誰が引き受けることだろう」と書き出してみる。説明を続けられないときは、いったん会話を区切る。自分の中だけで抱えず、信頼できる人や相談先に話す。今は休む、という選択でもいいと思います。
僕にとって今回の「自分のパソコンで書き出してみたら」という言葉は、そうした一歩でした。すべてが解決したわけではありません。それでも、自分の負担を言葉にして、相手に自分の責任を返そうとしたことには、意味があったと思っています。
守りたいものを大切にしながら、自分を使い切らずに生きる。そのために、これからも少しずつ、できる方法を考えていきたいです。
関連記事
これまでの負担の積み重なりについては、「守るために動いても、止まっても安心できない――約20年の同居生活で、僕が苦しかった理由」にも書いています。
参考資料
- アリソン・ダミンガー(2019)「家庭内労働の認知的側面」(The Cognitive Dimension of Household Labor)。米国社会学会の学術誌『アメリカン・ソシオロジカル・レビュー』掲載。35組のカップルへの聞き取りに基づく研究で、僕の体験そのものを検証した研究ではありません。
- サラ・H・シュラムほか(2015)「ストレスと頭痛の関連を調べた縦断研究」。5,159人のストレスと頭痛の頻度の関連を調べた観察研究で、個人の症状の原因を確定するものではありません。
- 米国国立精神衛生研究所(NIMH)「強迫症:望まない考えや繰り返す行動について」。強迫観念・強迫行為と、すべての反復的な考えや確認が強迫症を意味するわけではないことを説明する公的資料です。
- 厚生労働省老健局(2023年3月)「高齢者虐待の実態把握等のための調査研究事業 報告書」。高齢者虐待による死亡事例に関する記述を参照しました。個々の事件には、それぞれ異なる背景があります。
- 厚生労働省「家族介護に直面している方への支援を知りたい」。地域包括支援センターなどの相談先の案内です。
- 世界保健機関(WHO)「加齢と健康」(Ageing and health)。加齢の個人差と、生活環境や社会的な支えの重要性を参照しました。
参考資料の確認日:2026年10月28日。この記事の体験と見立ては僕自身のもので、研究によって個々の症状の原因や相手の内心が証明されたものではありません。
アイキャッチ画像は、記事の主題に合わせてAIで作成した写真風のイメージで、実際の場所の写真ではありません。
参考文献・外部リンク
- 01. 「家庭内労働の認知的側面」(The Cognitive Dimension of Household Labor) https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0003122419859007
- 02. 「ストレスと頭痛の関連を調べた縦断研究」 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25480807/
- 03. 「強迫症:望まない考えや繰り返す行動について」 https://www.nimh.nih.gov/health/publications/obsessive-compulsive-disorder-when-unwanted-thoughts-or-repetitive-behaviors-take-over
- 04. 「高齢者虐待の実態把握等のための調査研究事業 報告書」 https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001083446.pdf
- 05. 「家族介護に直面している方への支援を知りたい」 https://chukonen-katsuyaku.mhlw.go.jp/family-care/
- 06. 「加齢と健康」(Ageing and health) https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/ageing-and-health


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