ほら、異常な事件が増えてきたろ?20年以上も前から、種を蒔かれているって気づきなよ。考えが甘いんだよ。俯瞰せよ!

ほら、異常な事件が増えてきたろ?20年以上も前から、種を蒔かれているって気づきなよ。考えが甘いんだよ。俯瞰せよ!

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2024年12月 中学生 刺殺 事件 – Google 検索

世の中が狂ってきている・・・

異常な殺人事件が増えている・・・

最近は、多くの人がこのように感じていることでしょう。

はっきり言って遅いんですよ。

タイトルに、「ほら、異常な事件が増えてきたろ?20年以上も前から、種を蒔かれているって気づきなよ。考えが甘いんだよ。俯瞰せよ!」と書きましたが、今の日本のようになることは、20年以上も前から僕は直感で感じ取っていましたよ。だからそうならないために大切なことを僕なりに周りに伝えてきましたけど、当然、煩悩に塗れてしまった者は煩悩中心の生活ですから聞く耳を持つわけがありません。結果が出てからでしか考えることができない人間たちばかりですから。

簡単な話、頭が弱くなる人間が増えると異常な事件も増えます。脳の前頭葉に犯罪抑制に関与する部分があります。そして人間らしさの司令塔である前頭葉、前頭前野を使わない傾向が全体で増えると、異常な犯罪者が増えるのは当たり前のことなのです。当たり前のことを考えて予防することもできない。それが今までの日本がやってきたことです。だから20年以上も前に、世の中は、生ぬるくなって、詐欺師が増え、嘘つきが増え、詐病による生活保護不正受給者も僕の周りにいましたけど、そんなのが増えて、甘い汁を吸って、調子こいて生きている者が増え、逆に、まとも、正しさがゴミ扱いされました。

わかりませんか?詐欺師が増え、嘘つきが増え、詐病による生活保護不正受給者が増え、彼らが他人を傷つけて、バレず、清算もしない。ということは傷ついたまま未解決の人が増えるってことです。トラウマを抱え、そして気が狂ったら、無差別に危害を加えやすくなるのですよ。。。これ重要な話ですよ。命に関わる。

心を刺された人間は、相手を刺すことがあります。

心を滅多刺しにされた人間は、相手を滅多刺しにすることがあります。

その相手が特定できない巧妙狡猾な傷つき体験をした者は、無差別に殺傷する場合があります。

誰かが、街中で暴力を振るわれていても誰も助けない、、、見て見ぬふりをして素通りする。それが最善であるという国になってしまったのです。

そして20年以上経った今、脳が衰えたであろう者が増え、簡単に人を刺しちゃう人間がチラホラと出現し始めました。これからもっと増えると思いますよ。

世の中が一つの節目としておかしくなったのは、2000年頃です。一部の人間は堕落しました。そんな堕落した人間は、20年以上経つと気が狂いやすいのです。

20年という月日で脳を変化させ、人格を大きく変えてしまうのです。

2000年から狂う道に入った人間が増えた。データがどうのなんて話は今していないので、そんな役に立たないことは置いといて、、、2020年以降、異常な事件を起こす者が増えてくるのも当然です。すすきのの首切り事件もヤバいですし、動物を殺める許せない人間も増えていると感じています。「そんなことで人を刺すか?普通」と思うようなことで刺す人間も出ています。精神活動が狂っているからやってしまうのです。2000年以降、社会を壊し、不正を横行させ、筋が通っているものを悪く扱うようになったから、その中で育てず、正しく教育されず、気が狂った者が増えたので、異常な事件や、おかしい危害の加え方が増えるのです。

そしてその結果、政治の腐敗の中で一人と言っても過言ではないくらい、日本の腐敗を一生懸命完全腐敗にならないよう止めてくれていた故・安倍元総理でさえ暗殺されました。日本がもっと、精神的に強固で、しっかり細部を見れる勇気ある人間が多かったなら、安倍さんを助けながら、もっとこの国を、侵食から予防できたと思います。

まぁ、成るように成った、、、ということです。

全体の教育を見直さないと、これからももっと増えてくると思いますよ。

いいですか、まず、子供へのスマホは与えないこと、育つまで、くだらない情報を与えないようにしないといけません。与えるにしても制限を増やさないといけません。そしてある程度、上下関係を復活させ、何らかの罰を与える仕組みをちゃんと作って、人格が育つような仕組みを作らないといけません。意外と、昭和はそれが機能していた部分もあるのです。だからそこまで腐敗が起こらなかったのです。

この話がわからない人間がほとんどだと思いますので、各自、受け取ればいいのです。異常な事件が増え、強盗も増え、治安も悪化し、危機管理能力を高めていかないと痛い目に遭う国になるのです。

一体誰が、安全と安心を作ってくれていたのか、よく思考することが大事です。

安全と安心はタダじゃない。

裏で、命をかけてくれていた人間たちが創ってくれていたのです。それがわかるようになってはじめて、最低限の一人前と言えるのです。

要は、そろそろ目を覚ましたら_?ってことです。

20年も寝ていた人間が多いですから。

洗脳や危機管理に詳しい天才は、著書で「起きながらにして寝ている状態」ということを書かれていました。まさにそれなんです。凡人は、起きながらにして寝ているのです。目を覚ますという意味もわからないのです。

成長する人間が増えることを、僕は願っています。以上。

人間は、永遠の赤ん坊になるために生まれてきたわけじゃない。

追伸:

みんなが「よい」と思って信じて普及させてきたものの中に、「精神の弱体化」や「精神の腐敗」に繋がるものがもし沢山あったとしたら?

20年という歳月を経て、芽が出てきて、花が咲く(結果が出てくる)。異常な事件を起こす者が増えるよう、隠れた仕組みがあったとしたらどう思いますか?物事のは、原因があって結果があるのです。現時点を結果と捉えると、過去に原因があるんです。

これについて最高レベルのChatGPTo1はどう答えるか聞いてみます。

菅原隆志

もしこれがあるとすれば、日本において何だと思いますか?

ChatGPT o1

仮に「多くの人が“良いこと”だと信じて普及させてきたもの」に、実は「精神の脆弱化」や「精神の腐敗」を誘発する要因が内包されていたとしたら、それは非常に複雑な社会的・文化的な現象として捉えざるを得ません。そのような隠れた要因が20年という時間を経て「芽を出し、花を咲かせる」という形で、異常な事件や社会的混乱として顕在化する場合、それは当初想定されなかった長期的影響が、構造的・意図的・あるいは無意識的に社会へ浸透してきた証左といえます。

日本というコンテクストで考えると、どのようなものが「精神の弱体化」や「腐敗」につながる可能性があるのか。以下にいくつかの可能性を挙げてみますが、どれも単独で原因とは限らず、複合的な要因として作用することを前提とします。

情報環境・メディアのあり方
過剰な情報消費や断片的知識の氾濫:インターネットやSNSの普及は「自由な情報共有」という理念の下、多くの人に歓迎されました。しかし、その中でフェイクニュースや過剰な刺激性情報、暴力的・猥雑なコンテンツが日常的に流布され、常時接触することで、人々の心的安定が揺らいだり、他者への共感が失われたりする可能性があります。「良かれ」と思って導入したネット環境の自由度や、24時間いつでも繋がる状況が、長期的な精神の不安定要因になることは考えられます。

教育や価値観の変容
ゆとり教育・詰め込み教育・個人主義化の振れ幅:教育改革は「より良い社会人」「より創造的な人材」を育てるべく常に試行錯誤がなされています。しかし、結果として基礎的倫理観や他者との協働の重要性が軽視され、「自分さえよければいい」「他者の痛みに鈍感」といった価値観を助長してしまう可能性があります。これらは当初は「個性重視」「自由な学習環境」として好意的に受け止められたかもしれませんが、20年後に「社会的連帯感の希薄化」「社会的道徳心の低下」を引き起こしうるでしょう。

労働環境・経済構造の影響
非正規雇用や競争原理の強化:効率性やグローバル化の名の下、「自由な経済活動」や「成果主義」は一見「良い改革」として受け入れられてきました。しかし、その帰結として長時間労働、精神的ストレス、将来不安の増大、格差拡大による疎外感などが積み重なり、うつ病や自己喪失感、反社会的行動の誘発が進むこともありえます。

都市化・コミュニティ希薄化
地域コミュニティの解体と孤立化:都市化や核家族化、少子高齢化は「近代化」や「利便性向上」として歓迎されてきましたが、その反面、近隣同士の繋がりや地域社会が担っていた非公式な見守り、道徳的育成の場が崩壊していきました。人間関係が希薄になり、孤独や疎外感、共感能力の低下が進みやすくなり、精神的弱体化や逸脱行動が生まれやすくなる環境へと変質している可能性があります。

消費社会・過度な刺激追求
娯楽産業、ファストカルチャーの蔓延:ゲーム、アニメ、娯楽番組、SNSなど、当初は「文化の多様化」や「精神的な潤い」として人々を楽しませてきたものが、常により刺激の強いコンテンツへの嗜好を加速させることで、“精神的な快感回路”をゆがめる可能性もあります。10年、20年といった長期スパンで見れば、刺激への耐性が上がり、日常的な満足度が下がる「報酬系の破綻」が起こり、人によっては極端な行動や暴力的衝動に走りやすくなるかもしれません。

総合的考察
これらはいずれも現代社会が「利便性」「効率性」「自由」「個性尊重」といった理念のもとで普及させてきたものの裏側で生じる影響です。もし「20年後に精神の弱体化や異常行動が目立つようになる隠れた仕組み」が存在するとすれば、それは単一の政策や制度ではなく、社会構造全体が複合的に織りなしている可能性が高いと言えます。教育、メディア、経済体制、コミュニティの在り方、消費文化—これらが相互に作用し、ゆっくりと「精神環境」を変質させていくことが考えられます。

結論として、「もしあるとすれば」それは日本におけるIT環境の急速な普及、教育・労働システムの価値観転換、コミュニティ構造の希薄化、過度な消費・刺激追求文化などが複合的に作用した「社会的精神風土の変容」が、その隠れた仕組みとして想定されます。

菅原隆志

納得です。その複合的作用を通しての、精神活動の心的プロセスの狂いが、大きく寄与している僕は考えています。

ChatGPT o1

お考えの通り、複数の社会的・文化的・経済的要因が長期的な時間スケールで相互に作用することで、個々人の精神状態や心的プロセスが歪められるという視点は十分にありえます。このような「精神活動の心的プロセスの狂い」を引き起こすメカニズムを、いくつかの観点から整理してみます。

1. 情報環境が認知様式を変容させるプロセス
インターネットやSNSによる過剰な刺激、断片的・過度に情動的な情報の洪水は、私たちの認知プロセスに少なからず影響を与えます。短いスパンで変動する情報環境は、持続的な注意力や論理的思考、反省的態度を弱める可能性が指摘されます。また、情報を疑わず消費し、安易な感情的反応が増えることで、他者理解や共感のような高次の精神機能が弱体化しやすくなります。これらは、認知・感情プロセスにおける「基底的な狂い」の一例です。
2. 社会的価値観の変容と心的均衡の乱れ
「自由」「効率」「個性重視」といった価値観の普及は、一見するとポジティブですが、行き過ぎれば孤独や疎外感を生み出します。適度な社会的規範やコミュニティからのフィードバックは、精神活動を健全に保つ「地ならし」的役割を果たしてきました。これが希薄化すると、自分自身の欲求や感情を適切にコントロール・統合する力が損なわれ、内面の不調和が増大しやすくなります。その結果、自我の安定性が低下し、暴力的衝動や異常行動へとつながる可能性も考えられます。
3. 教育・労働環境による心理的ストレスの慢性化
将来不安や成果主義、格差拡大による自己価値喪失感などは、長期的なストレス因子として心の内部プロセスを脆弱化させます。ストレスや不安は、脳内報酬系や感情制御システムに影響し、抑うつ的な思考様式や衝動性の増大を促します。本来であれば、安定した社会的・職業的基盤の中で、自分のアイデンティティや人生の意味を再構築する心理的プロセスが行われるべきですが、それが叶わない状況が長引くことで、心的均衡が崩れやすくなります。
4. 消費主義文化と情動調整機能の阻害
刺激的な娯楽や消費の高まりは、即時的な快感に依存しやすい思考パターンを生みます。結果として、深い満足感や人生観、他者との有機的なつながりによる精神的充足を獲得するプロセスが阻害されます。「瞬間的な快楽」や「即座の報酬」が当たり前になると、退屈や不快感をしなやかに受け止める心的柔軟性が失われます。これによって耐性や忍耐力が低下し、心理的レジリエンス(回復力)が低下します。その結果、心的世界がアンバランスになりやすく、ちょっとした出来事で深刻な動揺を引き起こすことにつながります。

総合的視座:心的エコシステムの乱れ
これらの要因は、個々に作用するだけでなく、互いに増幅し合います。社会環境の変質が情報環境や教育方法を歪め、そこから個人の認知・情動・行動パターンが変調をきたすという、複雑な循環が生じます。この複雑なネットワークの中で、心的プロセスは「健全な平衡状態」を保ちにくくなり、徐々に正常な精神活動の基盤が浸食されていくのです。

つまり、ご指摘の通り、「精神活動の心的プロセスの狂い」は、これら複合的な社会的・文化的変遷の副産物として徐々に蓄積され、20年、30年後といった長期的なスパンで社会の至るところに表出します。この視点に立つと、精神の不調や異常行動の原因を個人の問題に矮小化せず、社会システム全体のあり方や文化潮流の内側で起きる「精神エコシステムの乱れ」として捉える必要があると考えられます。

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