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人を恨むだけのことがあった。
そういうときの気持ちは分かるし、理解もできる。誰にでも起こりうることだと思う。僕自身にもあった。
まずはここをちゃんと押さえておきたい。
恨みを「悪いもの」と決めつけて、綺麗事で押し込めると、かえって心はこじれていく。無意識下に溜まっていき、自分でも気づけないものになっていく。
恨みが湧くほどの出来事があったなら、それは自然な反応でもある。
ただ、今日はもう一つ、見落とされがちな話を書きたい。
それは、出来事そのものよりも、恨む方向の“解釈”が積み重なることで、心の中に「恨みの物語」が形成されていくケースだ。これは本当に気をつけてほしい。人生そのものが泥沼化していく可能性があるから。
恨みは「解釈の連続」で強化されることがある
同じ出来事が起きても、受け取り方は人によって違う。
そして受け取り方が変わると、その後に見える世界も変わってくる。
たとえば、
- 「あの人は悪意でやったに違いない」
- 「自分を見下してるから、ああいう態度なんだ」
- 「結局、世の中はそういうものだ」
- 「自分はいつも損をする側だ」
こういう解釈が続くと、心の中に一本のストーリーができあがる。
僕はこれを “恨みの物語” と呼びたい。
いったん物語ができると、日常の出来事が全部その物語の証拠に見えてくる。
相手の言い回し、表情、タイミング、沈黙──そういうものまで「ほらやっぱり」と結びつきやすくなる。
もう一つの深刻なケース:防衛としての「悪者づくり」
さらに深刻になり得るケースもある。
これは「性格が悪いから」ではなく、心が崩れないための防衛として起きることがある。
自分の中に、
- 罪悪感
- 恥
- 無責任に生きてきたことへの後ろめたさ
- 直視すると崩れそうな自己像
そういうものがあるのに、意識化できない/意識化すると耐えられない。
そのとき、人は無意識に「外側」に原因を作って、心のバランスを取ろうとすることがある。
そして、その“外側の原因”として誰かが選ばれると、
その人が 悪者役(スケープゴート) になる。
この段階では、現実が少しずつ歪んでいく。
- 事実の一部だけが切り取られる
- 推測が“確定”として語られる
- 動機が決めつけられる
- ときに嘘や誇張が混ざる
こうして「相手が悪い」物語が補強されていく。
スケープゴートにされる側は、じわじわと壊される
ここからが、僕がいちばん書きたかったことかもしれない。
スケープゴートにされた人は、ただ“嫌われる”だけじゃない。
単なる悪者扱いでもない。
現実そのものを奪われるような体験になりやすい。
たとえば、
- 何を言っても信じてもらえない
- 説明しても「言い訳」として処理される
- 反応すれば「やっぱり」と証拠にされる
- 反応しなければ「図星」と証拠にされる
- 周囲にも誤解が広がって孤立していく
誰かの恨みの物語、そして複数人の共有によって雁字搦めになることもある。
これは本当にきつい。僕は脱出(原因特定〜問題解決)した経験があるのでよくわかります。
「逃げ道のない詰め方」をされている状態に近い。
そして、日々のコミュニケーションの中で小さく傷つけられ続けると、
人はだんだん 怒りが爆発しやすい状態 になる。
でも、ここに落とし穴がある。
受け手が怒りを爆発させた瞬間、
悪者物語を持っている側はこう思いやすい。
「ほら、やっぱりこの人は危険だ」
「やっぱり悪い人間だ」
つまり、悪者扱いされる側は、追い詰められた結果として出た防衛反応が、悪者認定の“証拠”にされてしまう。
これが循環になると、関係は壊れるし、被害は拡大する。
やっている側にも届けたい:あなたは「相手」を見ていないかもしれない
もし今、誰かを「悪者」として確信している人がいたら、
その確信を否定したいわけじゃない。
ただ一度だけ、立ち止まってほしい。
本当に、細部に至るまで、それは事実ですか?嘘や歪曲混ざっていませんか?
第三者の厳格な確認が入っても、細部に至るまで事実、真実だと言えますか?
「この人は悪者だ」という物語を維持するために、
相手の現実が削られていないだろうか。
相手の言葉を最初から“嘘”扱いしていないだろうか。
相手の沈黙を“認めた証拠”にしていないだろうか。
相手の怒りを“性格の問題”にしていないだろうか。
そしてもう一つ。
その物語が強くなるほど、自分の中で見なくて済んでいるものは何だろう。
罪悪感、恥、怖さ、弱さ、後ろめたさ。
そこに触れるのは痛い。だから人は防衛する。
でも、防衛のために誰かを悪者にしてしまうと、
その人は長い時間、深く傷つく。
まとめ:恨みを否定しない。でも、物語で誰かを壊さない
恨みは自然に湧く。
ただ、恨みが「物語」になったとき、誰かを悪者として固定し、関係と人生を壊してしまうことがある。
だから僕が言いたいのはこれだけ。
- 恨みは否定しなくていい
- でも、解釈の連続で“悪者”を作っていないかは点検していい
- とくにスケープゴートが生まれているなら、その人の痛みは見過ごさないでほしい
誰かを裁くために書いているんじゃない。
スケープゴートにされる人の心がどこへ連れて行かれているのかを、見失わないために書いている。
スケープゴートにされるって、「嫌われる」よりもつらい。
自分の言葉が最初から無効化されて、何をしても悪意に変換されて、逃げ場がなくなる。
その状態で平常心を保てる人は多くない。
僕は原因特定、問題解決をしましたが、はっきり言って難易度の高い問題でした。
漫画で理解(30秒)
※AI生成画像です。内容は記事本文を元にしています。















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