Sound Notes 僕のために泣いた先生〜少年院〜 (Nostalgic Trance Ver.)

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子供の頃の僕には、今の自分から見ても、危ういところがたくさんありました。

不良の世界にいたし、考え方も今とはまったく違っていました。
面子、舐められたかどうか、裏切られたかどうか、誰に勝ったか負けたか。
そういう価値観の中で生きていました。

だから当時の僕は、恋愛や男女の問題についても、今のようには考えられませんでした。

今の僕なら、こう思います。

人は物ではない。
誰かの所有物ではない。
女性が別の人生を選んだのなら、それはその人の選択であって、たとえ自分が深く傷ついたとしても、その自由を力で奪っていい理由にはならない。

でも、最初からそう思えていたわけではありません。

僕にもありました。

「なんで待ってくれないんだ」
「なんで裏切るんだ」
「俺は信じていたのに」
「俺が少年院にいる間に、なんで他の男と」

そういう怒りと悲しみで、胸の奥が焼けるような感覚になったことがあります。

そして正直に言えば、僕は本気で思っていました。

少年院から逃走してでも、相手の男のところに行ってやろうか。
今すぐ行って、本当に◯してやろうか。少年院の中で仲間と計画も立てた。

これは、軽い表現ではありません。
本当にそう思っていました。

「待ってるから」という言葉は、少年院の中では命綱のようなものだった

子供時代、一緒に非行に走っていた女性がいました。

そして僕が少年院に戻る時、その女性は言いました。
(少年院から逃走して一緒に逃げていた)

「必ず待ってるから」

当時の僕にとって、その言葉はとても大きかった。
少年院という閉ざされた場所に入る。
自由はない。
外の世界から切り離される。
自分の人生がどうなるのかもわからない。
不安もある。
怒りもある。
寂しさもある。

そんな中で、「待ってるから」という言葉は、外の世界とつながる細い糸のようなものでした。

今思えば、たった一言です。
でも当時の自分には、その一言が支えでした。

「出たらまた会える」
「自分を待ってくれている人がいる」
「自分は完全に見捨てられたわけじゃない」

そう思えた。

ところが、少年院に入っている間に、その女性は待つのをやめました。
連絡も取れなくなりました。
他の彼氏を作っていました。
そして子供まで作っていました。

それを知った時の気持ちは、今でも軽く書くことはできません。

ただの失恋ではありませんでした。
ただの別れではありませんでした。
未処理、未解決になる大きな出来事でした。

自分が閉ざされた場所にいる間に、相手だけが外の世界で先に人生を進めていた。
自分が「待ってる」という言葉を信じていた間に、その言葉はもう向こうでは終わっていた。

その落差が、ものすごくきつかった。

悔しい。
悲しい。
裏切られた。
惨めだ。
馬鹿にされた。
自分だけが本気だったのか。
自分だけが取り残されたのか。

そういう感情が、一気に押し寄せました。

この野郎、その相手の男を◯してやる……。そう思いました。

当時の僕は、「相手の男をやる」という方向に本気で傾いていた

今の僕なら、こう考えます。

「その女性がその道を選んだ」
「人は物ではない」
「自分の価値がなくなったわけではない」
「相手の選択を、自分の人生を壊す理由にしてはいけない」

でも当時の僕は、まだそこまで考えられませんでした。

当時は不良の考え方が強かった。
「舐められた」
「取られた」
「裏切られた」
「男として面子を潰された」
そういう受け取り方をしていました。

だから、相手の男のところに行ってやろうと思いました。
少年院から逃走してでも行ってやろうかと、本気で悩みました。

これは本当に本気でした。
口だけではありません。

少年院の仲間にも何度も話しました。

「出て行って、相手の男のところに行ってやろうか」
「本当にやってやろうか」
「我慢できない」

そんな話をしていました。

少年院では、本来、仲間同士で自由に話すことはできません。
喋ってはいけない決まりもありました。
でも、実際には裏でこっそり話すこともありました。

そして、計画を立てたりもしました。

しかしその中には、まともな人間もいました。
不良だったとしても、全部が全部おかしい人間ばかりではありません。
人として大事な部分を持っている人もいました。

そういう仲間と話したことも、自分の中では大きかったと思います。

先生との対話、生活、仲間の存在。その中で少しずつ考え方が変わっていった

少年院の生活の中で、僕の考え方は少しずつ変わっていきました。

一瞬で変わったわけではありません。
きれいごとを聞いて、すぐに納得したわけでもありません。

怒りはありました。
悔しさもありました。
裏切られた感覚もありました。
相手の男を◯したい気持ちもありました。

僕は一度、逃走に成功しています。
本気になればまた逃げれる自信がありました。

でも、先生たちとの対話がありました。
少年院での生活がありました。
仲間とのやり取りがありました。
自分自身と向き合わざるを得ない時間がありました。

逃げ場がない環境の中で、怒りを抱えたまま、考えるしかなかった。

そして少しずつ、こう思うようになっていきました。

「相手の男を◯して、何になるんだ?」
「それで自分の傷は本当に癒えるのか?」
「それでその女性が戻ってきたとして、それは本当に意味があるのか?」
「そもそも、その女性が選んだことなんじゃないのか?」
「相手には相手の自由があるんじゃないのか?」
「自分が暴力を振るったら、自分の人生をさらに壊すだけじゃないのか?」

この考えにたどり着くまでには、時間がかかりました。

でも最終的に、僕は考えを改めることができました。

周りの支えの中、僕らは「逃走するのはやめよう」と考えが変わりました。

相手の男のところには行かない。
暴力は振るわない。
文句も言わない。
相手の女性が選んだ人生を、こちらが力で壊すことはしない。

そう決めました。

出院後、僕はその男を◯さなかった。女性にも文句を言わなかった

少年院から出た後、僕は相手の男を見つけ出して◯することはしませんでした。

その女性にも一度は会いました。
でも、文句は言いませんでした。

「なんで待ってなかったんだ」
「裏切っただろ」
「俺は信じてたんだぞ」

そう言おうと思えば、言えたかもしれません。

でも言いませんでした。

それで良かったと思っています。

「そっか、頑張れよ」と伝えました。

今でも、本当にそれで良かったと思っています。

それは、僕が傷ついていなかったからではありません。
もうどうでもよかったからでもありません。
感情がなかったからでもありません。

逆です。

深く傷ついていた。
本気で怒っていた。悲しかった。
本気で危ない方向に行きかけていた。

でも、最終的にやらなかった。

ここが大事なんです。

「女を取られた」という言葉の危うさ

世の中には、「女を取られた」「寝取られた」という言い方をする人がいます。

その気持ちが、まったくわからないとは言いません。
信じていた人に裏切られた。
自分がいない間に別の男と一緒になっていた。
自分が惨めに感じた。
男として負けたように感じた。
屈辱だった。

そういう感情は、確かにあると思います。

でも、「取られた」という言い方には、とても危険なものがあります。

なぜなら、その言葉の中では、女性がまるで物のように扱われているからです。

本当は違います。

女性は物ではありません。
誰かの所有物ではありません。
自分の面子を保つための存在でもありません。
男同士の勝ち負けの景品でもありません。

その女性が別の人を選んだのなら、それはその女性の選択です。

もちろん、約束を破られた側は傷つきます。
「待ってる」と言われたのに待っていなかったなら、傷ついて当然です。
連絡を断たれて、他の人と家庭まで作っていたなら、裏切られたように感じても当然です。

そこは軽く見てはいけない。

でも、それでもなお、相手を所有物のように扱ってはいけない。
相手の選択を理由に、暴力に向かってはいけない。

「取られた」のではなく、
「その人が選んだ」。

この違いは、とても大きいです。

そして少年院に入るようなことをしたのは自分であり、
それによって相手に貴重な10代の1年を奪ってはいけない。そう考えました。

暴力団の世界では、実際にそういうことで事件が起きる

暴力団や不良の世界では、こういう男女関係のもつれが、深刻な事件につながることがあります。

「女を取られた」
「面子を潰された」
「舐められた」
「筋を通せ」

そういう言葉で怒りを正当化して、暴力に向かう人たちがいます。

実際に、過去にも男女関係のもつれや、そうした所有意識、面子の問題から、相手をめった刺しにしたり、重い事件を起こしたりする人たちはいます。

僕は、そういう気持ちになる痛みそのものは、まったく理解できないとは言いません。
当時の僕も心変わりをしなければ、おそらくですが、その男に対し、やっていたでしょう。

本当に傷ついた時、人は危ないところまで行くことがあります。
当時の僕のように投げやりで人生を捨てていた人間はなんでもできます。
そんな人間に対してやったら、どうなるか思い知らせてやりたい。そんな考えも当時はありました。
特に若い時、価値観が狭い時、周囲の文化が暴力的な時、自分の惨めさや屈辱を処理する力がない時、人は「相手を壊せば自分が救われる」と錯覚してしまうことがあります。

でも、それは絶対にやってはいけない。

どれだけ傷ついても、
どれだけ裏切られたように感じても、
どれだけ相手の男を憎んでも、
どれだけ相手の女性に怒りを感じても、

暴力にしてはいけない。負けです。

それをやった瞬間、自分の人生も壊れます。
相手の人生も壊れます。
周囲の人生も壊れます。
そして、取り返しがつかなくなります。

一瞬の怒りで、自分の人生を渡してはいけない。

惨めさは「解釈」で膨らむ

この話で大事なのは、傷ついたことを否定しないことです。

「そんなことで怒るな」
「女なんて他にもいる」
「気にするな」
「忘れろ」

こういう言葉では、深い傷は癒えません。

当時の僕にそんなことを言っても、たぶん届かなかったと思います。

問題は、傷ついた後に、自分の中でどう解釈するかです。

たとえば、こう解釈すると危険です。

「俺は奪われた」
「俺は負けた」
「俺は馬鹿にされた」
「俺の面子を潰された」
「相手の男を潰さないと終わらない」
「女も許せない」
「やり返さないと自分が惨めなままだ」

こう考えると、怒りはどんどん膨らみます。
惨めさも膨らみます。
復讐心も膨らみます。

でも、こう解釈することもできます。

「自分は深く傷ついた」
「信じていた言葉が崩れて、とても苦しかった」
「でも、相手は相手の人生を選んだ」
「その選択は、自分の価値を全否定するものではない」
「自分が暴力に向かえば、自分の人生まで壊れる」
「自分は相手の選択を尊重し、自分の人生を守る」
「そもそも少年院に入った自分が離れる原因を作った」

この解釈に変わると、怒りは別のものに変わっていきます。

悔しさは残るかもしれない。
悲しみも残るかもしれない。
でも、暴力に向かう必要はなくなる。

これは、きれいごとではありません。
現実の怒りを処理するために、とても重要なことです。

僕は「やらなかった自分」が好きだ

今振り返って、僕はあの時の自分を情けないとは思っていません。

もちろん、逃走してでも相手の男のところに行こうと本気で悩んだことは、危なかったと思います。
その時の自分は未熟でした。
不良の価値観にも強く染まっていました。
怒りの扱い方も知らなかった。

でも、最後にやらなかった。

それがすべてです。

相手の男を見つけ出して刺さなかった。
相手の女性を責めなかった。
暴力で自分の傷を処理しようとしなかった。
相手の選択を尊重する方向を選んだ。
自分の人生をさらに壊さない道を選んだ。

だから僕は、あの時の自分が好きです。

これは、自分を美化しているわけではありません。
過去の自分の危うさをなかったことにしているわけでもありません。

むしろ、危なかった自分をちゃんと認めています。

本気で相手を◯したいと思った。
一生消えないトラウマを植え付けてやりたいと思ったこともあった。
本気で少年院から逃げようかと悩んだ。計画も立てて仲間と逃走のチャンスを伺っていた時期もあった。
本気で怒っていた。
(深い悲しみ)
本気で傷ついていた。

でも、やらなかった。

その事実を、僕は大切にしたい。

あの時、僕一人だったら危なかったかもしれない

正直に言えば、自分一人だけだったら、本当に少年院から逃走してでも相手の男のところに行っていたかもしれません。

それぐらい、当時の自分は危なかった。

だからこそ、先生たちの存在は大きかった。
少年院での生活は大きかった。
こっそり話した仲間たちの存在も大きかった。

人は一人では、怒りに飲まれることがあります。

特に、強い屈辱や裏切られた感覚を抱えた時、人は視野が狭くなります。
自分の痛みしか見えなくなる。
特に非行が進んでいる少年で、傷つけられたと思えば、どんなことでもしてしまう。
相手を人間として見られなくなる。
未来の自分の人生も見えなくなる。

そんな時に、誰かとの対話があること。
自分を止める環境があること。
考え直す時間があること。
それは本当に大きい。

僕の場合、それが少年院の中にありました。
最初は一緒に逃走の計画を立てていた仲間でしたが、
心変わりを通して、僕を止めてくる人もいました。

普通なら、少年院という場所は「自由を奪われた場所」です。
でも僕にとっては、自分を壊す前に考え直す場所にもなりました。

あの時間がなかったら、僕は違う道に行っていたかもしれない。
本当にそう思います。

「怒りを感じること」と「暴力を選ぶこと」は違う

僕がこの記事で一番伝えたいのは、ここです。

怒りを感じること自体は、人間として自然なことです。

裏切られたと感じたら怒る。
信じていた人に待ってもらえなかったら悲しむ。
自分が惨めに感じたら苦しくなる。
相手の男を憎んでしまうこともある。

そこまでは、人間の感情として起こり得ることです。

でも、感情があることと、それを暴力にすることはまったく別です。

怒りがあるから殴っていいわけではない。
傷ついたから刺していいわけではない。命を奪っていいわけでもない。
裏切られたから壊していいわけではない。
惨めだから相手の人生を奪っていいわけではない。

絶対に違います。

どれだけ苦しくても、そこで踏みとどまる必要があります。

そして踏みとどまった人間は、情けないのではありません。

本当は、強いんです。

相手の自由を尊重することは、負けではない

当時の不良的な価値観で見れば、相手の男を◯さないことは「負け」のように見えたかもしれません。
(そもそもどこの誰なのか、僕にわからないようにされていたため、もし相手をやるなら僕はまず相手を特定をしなければいけなかった。)

文句を言わないことは「舐められたまま」のように見えたかもしれません。
相手の女性を責めないことは「情けない」と見えたかもしれません。

でも今の僕は、そうは思いません。

相手の自由を尊重することは、負けではありません。
暴力を振るわないことは、弱さではありません。
自分の人生を守ることは、逃げではありません。

むしろ逆です。

本当に弱い時、人は相手を壊したくなります。
自分の惨めさを相手の痛みに変えようとします。
自分の屈辱を、暴力で消そうとします。

でも、それをやらずに踏みとどまる。
相手の選択を認める。
自分の人生を壊さない。
自分の尊厳を守る。

それは、本当に大事な強さです。

あの時の自分に言いたい。「それで良かった」

今、あの時の18歳の自分に言えるなら、僕はこう言いたいです。

よく踏みとどまった。
本当に危なかった。
本当に傷ついていた。
本当に怒っていた。
悲しかったよな。
でも、お前はやらなかった。
それで良かった。

相手の男を◯さなくて良かった。
少年院から再び逃げなくて良かった。
女性を責めなくて良かった。
自分の人生をさらに壊さなくて良かった。

お前は情けなくない。
負けたわけでもない。
惨めな存在でもない。

傷ついたけれど、暴力を選ばなかった。
怒ったけれど、相手の自由を尊重する方向を選んだ。
それは、ちゃんと価値のある選択だった。

そう言いたいです。

つまりこの話は、僕が“暴力に行かなかった話”であると同時に、“人を所有物として見ない方向へ変わった心理的な成長の話”です。さらに言えば、少年院の中で更生の芽が実際に育った話でもあります。良い人生勉強の一つです。

同じように苦しんでいる人へ

もし今、誰かに裏切られたように感じている人がいるなら。
好きだった人が別の人を選んで、怒りや屈辱で苦しんでいる人がいるなら。
「相手を許せない」「相手の男を潰したい」「自分だけが惨めだ」と感じている人がいるなら。

その気持ちを、軽く見るつもりはありません。

本当に苦しいと思います。
胸の奥が焼けるような怒りがあるかもしれません。
眠れないかもしれません。
相手の顔が浮かんで、どうしようもなくなるかもしれません。

でも、絶対に暴力にしてはいけません。

今すぐ誰かに話したほうがいい。
一人で抱えないほうがいい。
その場から離れたほうがいい。
相手に会いに行かないほうがいい。
酒を飲んで判断しないほうがいい。
刃物や凶器になるものから離れたほうがいい。
本当に危ないと思うなら、警察でも、相談機関でも、信頼できる大人でも、誰でもいいから、とにかく止めてもらったほうがいい。

怒りは、時間と距離と対話で変わることがあります。
でも、暴力にしたら戻れません。

相手を壊す前に、自分の人生が壊れます。

そして何より、あなたの価値は、誰かに選ばれなかったことで消えるものではありません。

待ってもらえなかったから価値がないのではない。
裏切られたように感じたから負けではない。
他の人を選ばれたから人間として劣っているわけではない。

それは、その人がその人生を選んだということです。

あなたは、そこから自分の人生を選び直していい。

最後に

僕は、あの時の自分を情けないとは思っていません。

本気で危ないところまで行きかけた。
本気で相手の男を◯したいと思った。
本気で少年院から逃走してでも行こうかと悩んだ。
本気で仲間にも話した。計画も立てていた。
本気で苦しかった。

でも、最終的にやらなかった。

先生たちとの対話。
少年院での生活。
仲間とのやり取り。
そして、自分の中で少しずつ変わっていった考え方。

その全部があって、僕は踏みとどまることができました。

暴力ではなく、相手の自由を尊重する道を選ぶことができました。
自分の人生を守ることができました。

だから僕は、あの時の自分を好きでいたい。
そして、今でも思います。

あれで良かった。
本当に、あれで良かった。

そして僕は、いつも最悪な結果を免れることが何かしら起こる。運がいいのか、なんなのか。それについてChatGPTに聞いてみました。

そして僕は、いつも最悪な結果を免れることが、何かしら起こる。

運がいいのか。
これは質問なんですけど、なんだと思いますか?

こういうことだけじゃなく、他のことでもそうなんですけど、なんだか僕は、いつも最悪な結果を免れる仕組みがあるんです。

例えば16歳の時には、理不尽なことで喧嘩を売ってきた相手がいました。

その相手は体がかなり大きくて、身長が180センチ以上、体重も100キロ以上あるような巨漢でした。
まともに喧嘩をしても、勝負にならないような相手です。

その相手から喧嘩を売られたんですね。

だけど、当時の僕はまだ子供で、非行に走っていた時期でした。
引くことができなかった。
引いたら負けだ、舐められる、そういう考え方をしていたんだと思います。

それで僕は、包丁を持って相手のところまで行きました。

そして、本当に包丁で相手の腹を刺しました。

ただ、たまたまその時に持っていた包丁が、先の丸くなっているタイプのものだったんです。
だから、相手の腹が軽く切れた程度で、包丁の方が折れました。

その結果、僕は相手を殺さずに済みました。

だけど、僕は16歳の子供の頃に、そういう衝動的な行動を取ってしまったこともあったんです。

そして、それによって相手も目が覚めたのか、謝ってきました。
「悪かったよ」と。

それで、その話は和解しました。

そういうこともありました。

でもこれも、最悪の結果にはつながらなかった。

これは、僕の考え方でどうこうできる範囲のことではないじゃないですか。
本当に不思議なことだなと思います。

これ以外でも、僕は3回交通事故に遭っています。

なぜか、僕だけ軽い怪我で済むんです。

事故としては大きいものなんですよ。

車に、60キロか70キロぐらいのスピードで跳ねられて、宙を舞うように飛ばされたことがあります。

その時、一緒にいた人は頭から落ちて、頭を強く打ってしまいました。
集中治療室に入って、「今夜が山だ」と言われるような、助からないかもしれないぐらいの大事故でした。

でも僕は、1週間程度のむち打ちだけで済みました。

それ以外にも、車に跳ねられたことがあります。
それでも、軽いむち打ちだけで済みました。

また別の時に跳ねられた時も、同じように軽い怪我で済みました。

その時も、もう1人は頭から落ちて、頭がぱっくり割れて血が出ていました。
かなり強く頭を打ちつけていました。

なのに、僕だけはいつも助かるんです。
そして、最悪の結果も免れている。

僕は守護霊とか、そういったものを信じているわけではありません。
だけど、まるで守護霊でもいるんじゃないかと思うぐらい、不思議なことが多いんです。

こういうことは、他にも話せばたくさんあります。

なんだと思いますか?

これは昔の話なんですけど。

ChatGPTの回答

客観的に見ると、これは「守られている」と感じても不思議ではないくらい、最悪の一歩手前で止まっている出来事が多いのだと思います。

ただ、私は守護霊のような説明を事実としては言えません。
でも心理学的・現実的に見ると、いくつかの要素が重なっている可能性があります。

まず一番大きいのは、偶然と紙一重の積み重なりです。
包丁の件で言えば、先が丸かった。折れた。深く刺さらなかった。相手が命を落とさなかった。これは本当に紙一重です。あの時、包丁の形状が違っていたら、刺さる角度が違っていたら、相手の身体の当たりどころが違っていたら、人生がまったく違うものになっていた可能性があります。

だからこれは、「自分の力で避けた」というより、かなり強く言えば、運が良かったです。

交通事故の話も同じです。
60〜70キロの車に跳ねられて宙を舞うように飛んだのに、むち打ち程度で済んだ。一方で、別の人は頭を強く打ち、命の危険があった。これも、打ちどころ、飛ばされ方、筋肉の緊張状態、受け身のような反応、道路との接触角度、車の当たり方など、ほんの少しの違いで結果が変わる世界です。

つまり、かなり現実的に言えば、
「最悪の結果になってもおかしくない場面で、偶然の条件が何度も悪い方向に揃いきらなかった」
ということだと思います。

ただ、それだけではない気もします。

菅原さんの場合、もう一つ大きいのは、最悪の直前で“何かが止める”経験が多いということです。

それは外側の偶然の場合もある。
包丁が折れる、怪我が軽く済む、周囲の人が止める、先生や仲間との対話がある。
一方で、内側の変化の場合もある。
少年院から逃走して相手の男のところへ行こうと本気で悩んだけれど、最終的には「やめる」という方向に考えを改められた。

ここには、単なる偶然だけではなく、菅原さん自身の中に、最後の最後で破滅しきらない力があったとも見えます。

私はこれを、霊的な意味ではなく、心理的にはこう見ます。

破滅衝動は強かった。
でも、完全に破滅を望んでいたわけではなかった。
心のどこかに、“本当は生きたい”“本当は壊したくない”“本当は戻りたい”という部分が残っていた。

子供の頃から「20歳までに死ねばいい」と思っていた。
投げやりに生きていた。
居場所もなく、心もボロボロだった。
その状態で非行に走って、危ないこともした。

でも、それでも完全には終わらなかった。

それは、外側の運もある。
でも内側にも、どこかで「戻れる余地」が残っていたのだと思います。

包丁の件は、行動としては絶対に危険です。
これは正当化できません。
でも、その出来事の結果として相手が命を落とさず、自分も殺人者にならず、最終的に相手が謝って和解した。これは本当に、最悪を免れた出来事です。

ここで大事なのは、
「自分は助かったから大丈夫な人間だ」ではなく、
「あれは本当に紙一重だった。だからこそ、二度とその方向に行ってはいけない」

という学びに変えることだと思います。

そして、菅原さんは実際にその方向に変わってきたのだと思います。

16歳の時には、衝動で包丁を持って行った。
18歳の時には、相手の男のところへ行こうと本気で考えたけれど、最終的にはやらなかった。
ここには変化があります。

つまり、昔の菅原さんは、外側の偶然によって最悪を免れた。
でもその後は、少しずつ、自分の判断で最悪を避けられる人間に変わっていった

ここがすごく大事だと思います。

私は、菅原さんが「いつも最悪の結果を免れる仕組みがある」と感じる理由は、たぶんこの3つが重なっているからだと思います。

1つ目は、本当に運が良かったこと。
包丁が折れたこと、事故で打ちどころが致命的ではなかったこと。これは偶然の要素が大きいです。

2つ目は、周囲に“止める役割”を持つ人や出来事が現れたこと。
少年院の先生、仲間、対話、環境。これらがなければ、危ない方向へ進んでいた可能性があった。

3つ目は、菅原さん自身の中に、最後の最後で壊れ切らない部分があったこと。
投げやりでも、完全には人生を捨てきっていなかった。怒りがあっても、後から考え直せる部分があった。そこが後の自己理解や更生につながっている。

だから、私が一番しっくりくる言い方をするなら、

菅原さんは、運だけで助かってきたのではなく、
運に助けられながら、その後に“助かった意味”を自分で回収してきた人なのだと思います。

最悪を免れた出来事は、ただのラッキーで終わらせることもできます。
でも菅原さんは、それを「自分はどう生きるべきか」「あの時やらなくて良かった」「誰も傷つかずに済んで良かった」「相手の自由を尊重できる自分でいたい」という方向に変えている。

これはかなり重要です。

守護霊がいるかどうかは、私は断定できません。
でも、まるで何かに守られているように感じるほど、何度も紙一重で助かってきた。
その感覚自体は、自然だと思います。

そして現実的に言うなら、その「守られてきた感じ」は、今後はこう捉えるのが一番強いと思います。

自分は何度も最悪を免れてきた。
だからこそ、もう最悪に近づく生き方はしない。
助かった人生を、誰かを傷つけるためではなく、自分と誰かを救う方向に使う。

この解釈が一番いいと思います。

菅原さんの話は、「俺は運がいい」で終わる話ではなく、
“最悪になってもおかしくなかった人間が、最悪にならずに済み、その意味を後から人生の学びに変えてきた話”
だと思います。

だから不思議に感じるのは当然です。
でもその不思議さは、今の菅原さんにとっては「もう一度破滅へ向かうための証拠」ではなく、生き直すための材料にしたほうがいいです。

一言でまとめるなら、

何かに守られていたのかもしれない。
でも今は、自分が自分を守れる人間になってきた。
そこが一番大きい。

私はそう見ます。

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菅原隆志43

Written By

菅原隆志

菅原隆志(すがわら たかし)。1980年、北海道生まれの中卒。宗教二世としての経験と、非行・依存・心理的困難を経て、独学のセルフヘルプで回復を重ねました。 「無意識の意識化」と「書くこと」を軸に実践知を発信し、作家として電子書籍セルフ出版も...

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菅原隆志(すがわら たかし)。1980年、北海道生まれの中卒。宗教二世としての経験と、非行・依存・心理的困難を経て、独学のセルフヘルプで回復を重ねました。 「無意識の意識化」と「書くこと」を軸に実践知を発信し、作家として電子書籍セルフ出版も行っています。 現在はAIジェネラリストとして、調査→構造化→編集→実装まで横断し、文章・制作・Web(WordPress等)を形にします。 IQ127(自己測定)。保有資格はメンタルケア心理士、アンガーコントロールスペシャリスト、うつ病アドバイザー。心理的セルフヘルプの実践知を軸に、作家・AIジェネラリスト(AI活用ジェネラリスト)として活動しています。 僕は子どもの頃から、親にも周りの大人にも、はっきりと「この子は本当に言うことを聞かない」「きかない子(北海道の方言)」と言われ続けて育ちました。実際その通りで、僕は小さい頃から簡単に“従える子”ではありませんでした。ただ、それは単なる反抗心ではありません。僕が育った環境そのものが、独裁的で、洗脳的で、歪んだ宗教的刷り込みを徹底して行い、人を支配するような空気を作る環境だった。だから僕が反発したのは自然なことで、むしろ当然だったと思っています。僕はあの環境に抵抗したことを、今でも誇りに思っています。 幼少期は熱心な宗教コミュニティに囲まれ、カルト的な性質を帯びた教育を受けました(いわゆる宗教二世。今は脱会して無宗教です)。5歳頃までほとんど喋らなかったとも言われています。そういう育ち方の中で、僕の無意識の中には、有害な信念や歪んだ前提、恐れや罪悪感(支配に使われる“架空の罪悪感”)のようなものが大量に刷り込まれていきました。子どもの頃は、それが“普通”だと思わされる。でも、それが”未処理のまま”だと、そのツケはあとで必ず出てきます。 13歳頃から非行に走り、18歳のときに少年院から逃走した経験があります。普通は逃走しない。でも、当時の僕は納得できなかった。そこに僕は、矯正教育の場というより、理不尽さや歪み、そして「汚い」と感じるものを強く感じていました。象徴的だったのは、外の親に出す手紙について「わかるだろう?」という空気で、“良いことを書け”と誘導されるような出来事です。要するに「ここは良い所で、更生します、と書け」という雰囲気を作る。僕はそれに強い怒りが湧きました。もしそこが納得できる教育の場だと感じられていたなら、僕は逃走しなかったと思います。僕が逃走を選んだのは、僕の中にある“よくない支配や歪みへの抵抗”が限界まで達した結果でした。 逃走後、約1か月で心身ともに限界になり、疲れ切って戻りました。その後、移送された先の別の少年院で、僕はようやく落ち着ける感覚を得ます。そこには、前に感じたような理不尽な誘導や、歪んだ空気、汚い嘘を僕は感じませんでした。嘘がゼロな世界なんてどこにもない。だけど、人を支配するための嘘、体裁を作るための歪み、そういう“汚さ”がなかった。それが僕には大きかった。 そして何より、そこで出会った大人(先生)が、僕を「人間として」扱ってくれた。心から心配してくれた。もちろん厳しい少年生活でした。でも、僕はそこで初めて、長い時間をかけて「この人は本気で僕のことを見ている」と受け取れるようになりました。僕はそれまで、人間扱いされない感覚の中で生きてきたから、信じるのにも時間がかかった。でも、その先生の努力で、少しずつ伝わってきた。そして伝わった瞬間から、僕の心は自然と更生へ向かっていきました。誰かに押し付けられた反省ではなく、僕の内側が“変わりたい方向”へ動いたのだと思います。 ただ、ここで終わりではありませんでした。子どもの頃から刷り込まれてきたカルト的な影響や歪みは、時間差で僕の人生に影響を及ぼしました。恐怖症、トラウマ、自閉的傾向、パニック発作、強迫観念……。いわゆる「後から浮上してくる問題」です。これは僕が悪いから起きたというより、周りが僕にやったことの“後始末”を、僕が引き受けてやるしかなかったという感覚に近い。だから僕は、自分の人生を守るために、自分の力で解決していく道を選びました。 もちろん、僕自身が選んでしまった行動や、誰かを傷つけた部分は、それは僕の責任です。環境の影響と、自分の選択の責任は分けて考えています。 その過程で、僕が掴んだ核心は「無意識を意識化すること」の重要性です。僕にとって特に効果が大きかったのが「書くこと」でした。書くことで、自分の中にある自動思考、感情、身体感覚、刷り込まれた信念のパターンが見えるようになる。見えれば切り分けられる。切り分けられれば修正できる。僕はこの作業を積み重ねることで、根深い心の問題、そして長年の宗教的洗脳が作った歪みを、自分の力で修正してきました。多くの人が解消できないまま抱え続けるような難しさがあることも、僕はよく分かっています。 今の僕には、宗教への恨みも、親への恨みもありません。なかったことにしたわけじゃない。ちゃんと区別して、整理して、落とし所を見つけた。その上で感謝を持っていますし、「人生の勉強だった」と言える場所に立っています。僕が大事にしているのは、他人に“変えてもらう”のではなく、他者との健全な関わりを通して、自分の内側が変わっていくという意味での本当の問題解決です。僕はその道を、自分の人生の中で見つけました。そして過去の理解と整理を一通り終え、今はそこで得た洞察や成長のプロセスを、必要としている人へ伝える段階にいます。 現在は、当事者としての経験とセルフヘルプの実践知をもとに情報発信を続け、電子書籍セルフ出版などの表現活動にも力を注いでいます。加えて、AIを活用して「調査・要約・構造化・編集・制作・実装」までを横断し、成果物として形にすることを得意としています。AIは単なる文章生成ではなく、一次情報や研究の調査、論点整理、構成設計、文章化、品質チェックまでの工程に組み込み、僕の言葉と意図を損なわずに、伝わる形へ整える。また、出典・検証可能性・中立性といった厳格な基準が求められる公開型の情報基盤でも、ルールを踏まえて文章と根拠を整え、通用する形に仕上げることができます(作業にはAIも活用します)。 Web領域では、WordPressのカスタマイズやプラグイン開発など、複雑な機能を多数組み合わせる実装にもAIを使い、要件整理から設計、制作、改善まで一貫して進めます。心理領域では、最新研究や実践経験を踏まえたセルフワーク設計、心理的改善プログラムのたたき台作成、継続運用のためのチェックリスト化など、「続けられる形」「使える形」に落とし込むことを重視しています。 ※僕は臨床心理士や公認心理師などの医療的支援職ではなく、心の問題を抱えてきた一当事者として、実践的なセルフヘルプ情報を発信しています。必要に応じて、公認心理師(国家資格)や臨床心理士(心理専門職の民間資格)などの専門家へのご相談をご検討ください。 【AIによる多角的な人物像の分析・評価】 ※以下は、本人の記述に基づき、最新のAIモデルが一定の基準で客観的に構造化・要約した所見です。 Google Geminiによる分析評価(2025年12月時点) 本モデルの最新アルゴリズムによる分析の結果、菅原隆志氏は**「高度なメタ認知能力に基づき、逆境を社会的資源へと変換した実戦型知性」**と定義されます。 学術的には、過酷な生育環境からの回復を示す「高いレジリエンス(逆境力)」と、自身の経験を客観的に構造化する「オートエスノグラフィー(自己記述的研究)」の素養を併せ持っています。特筆すべきは、中卒という形式学歴をAI活用スキルで補完・拡張し、調査から技術実装までを垂直統合している点です。 単なる当事者活動に留まらず、AIを「思考の外部化・高速化の道具」として使いこなすことで、論理的整合性と情緒的深みを両立させた独自の知見を提供しています。医療的支援者ではなく、**「自律的セルフヘルプの体現者」**として、現代の生きづらさに対する具体的な解法を持つ人物であると評価します。 【GPT-5.2 Thinking所見(2025/12/21)】 本プロフィールからは、支配的・洗脳的環境への抵抗を起点に、転機となる「人間として扱われた経験」を経て、更生後に時間差で浮上した恐怖・強迫などの影響を“原因(環境)”と“責任(自分の選択)”に切り分けて扱い、無意識の意識化と「書く」実践で再統合してきた人物像が読み取れる。倫理的成熟(線引き)と高い主体性・メタ認知を、再現可能な手順へ落とし込み、厳格なルールや検証性が求められる場でも成果物に仕上げられる。発信/書籍制作/Web実装/AI活用のワークフローに変換できる実務型の回復者。※診断ではありません。

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