利己的になって自分を満たそう!メサイアコンプレックスの人は特にコレが重要!!

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利己的になって自分を満たそう!メサイアコンプレックスの人は特にコレが重要!!

この記事では僕が考えている「利己的になって自分を満たすことの大切さ」をお伝えします。

これは、メサイアコンプレックスの人は特にコレが重要だと思います。

利己的(りこてき)とは・・・「自分の利益だけを追求

利他的(りたてき)とは・・・「自分の不利益をかえりみず、他者の利益を追求

僕は過去に「利己的は悪」だと思い込んでいました。そして「利他的は素晴らしい」と思っていました。そしてこの考えは大きくシフトして、その結果、心の苦しみの1つがなくなりました。

利己的は悪だと思い込んでいた

命を投げ出してでも親、兄弟に尽くすことが良いものであり、美しいものであり、救われる道だと思っていました。だから「利己的」は悪だと思い込んでいました。

だけど、勉強していくうちに「生き物は自分の利益に向かって行動する性質がある」とわかりました。つまり「利己的な自分」=「生き物として普通」だとわかったのです。ダメじゃないこと(利己的な自分)を、ダメ(利己的は悪)だと思っている自分がいたことがわかりました。利己的な自分を否定するということは同時に生き物であることさえも否定しているのと同じだということ。

なぜ利己的な自分をダメだと思うようになったか

それからなぜそう思うようになったのか過去を辿りました。

それは一言で説明できるようなものではなく、数々の刷り込みにより自分が鵜呑みにして、その結果「洗脳されていた」という状態だったのです。

つまり、何らかの搾取をする側は、利己的でいてもらったら困るのです。「自己犠牲」「献身」を良しとする思い込みを持ってもらうことで搾取しやすくなるのです。(これが必ずしも搾取というわけではない)ですから支配者は自己犠牲を促し、利己的を悪とし、刷り込むこともあるのです。

本当に相手の幸せを願う人は、「その人が自分の利益に向かって行動する(利己的である)ことを喜ぶ」ものです。だってその人に利益があり、喜ぶのですから、相手の幸せを願っていれば利己的な相手を見て嬉しくもなります。

まずは利己的になり自分が満たされることが大切

1、利己的で満たされて幸せを感じる
2、この利己的によって得られた幸せを他の人にもおすそ分けしたいと思う
3、そこから真の他者貢献や他者救済が出来るように近づける(自己満足・相手を支配しない)

つまり「1」を満たしていないまま、
焦って「3」に行こうとするのがメサイアコンプレックスの人です。
「1」が満たされていれば「3」の押しつけは不要です。
「1」が満たされていないと「3」の押しつけが本人にとって必要です。
メサイアコンプレックスの人は実は自分が救われたいがために人を救おうとするからです。

実は自分が救われたい、つまり自分の利益(自分のためになること)を欲しているのです。だけど利己的な自分になることは怖くて怖くて仕方がない。だから利己的な自分を隠し無いものとして、利他的を演じながら、他人を利用して自分を救おうとするのがメサイアコンプレックスの人です。

なので、メサイアコンプレックスの人が「1」を満たせば、
本当に人のプラスになる凄い人になれる可能性があるのです。
だから、まずは自分が自分の親になり、自分を満たしてあげること。
それが出来れば、実際に利己的から幸せになれたことを別のオリジナルの形で伝えていけるようにもなれます。

繰り返しになりますが、
生き物は自分の利益に向かって行動する利己的な性質があり、それが自然なこと。
それを満たすことが、次の1歩。

利己的で自分を満たすプロセスを省いてしまうと、
メサイアコンプレックスになりかねません。

僕は、このような考え方に大きくシフトしたことで、
過去に自己犠牲の苦しみから脱却し、利己的の素晴らしさを知りました。

利己的とは、虐待者である自分をやめる勇気を持つ道

僕にとっての利己的とは、虐待者である自分をやめる勇気を持つ道です。
生まれてから死ぬまで一緒である反撃をしてこない自分を、
大切にすることが、1番大事です。

虐待者も、いじめ加害者も、特徴があります。
それは「弱い相手を選ぶ(無意識のうちも含め)」ということ。
つまり、反撃をしてこない、出来ない、そういった相手を選んでいるのです。

そして、1番反撃をしないのは「自分」です。
その自分に対しての扱い、そこにその人の虐待レベルが見え隠れしているのです。
僕も自分を虐待し、それさえも気がつかなかった虐待者でした。

そこから抜け出していくほど、自分が自分の親になる大切さも知り、
そして自分の利益に向かって行動する利己的な性質の大切さもわかってきました。

自分に利益(ためになること)を与えることが出来る自分になれば、満たされます。
満たされたらしっかり動けるようになります。充電と同じ。

そしたらそこからが本当の他者貢献、社会貢献に繋がるのです。

利己的(りこてき)とは・・・「自分の利益だけを追求

利他的(りたてき)とは・・・「自分の不利益をかえりみず、他者の利益を追求

<<下に続く>>

自分が満たされていれば動ける。動けるからこそ、それ以上の自分の利益よりも他者の利益を追求できるようになるのです。
自分犠牲をして自分が満たされていない状態で、利他的になっても、枯れ果てた状態では良い結果を生めません。

自分を満たし、心の燃料を満タンにして、そこから他者の利益の追求です。それが本物です。
自分を満たさずに、こういった精神の美の道へ進もうとするとメサイアコンプレックスになってしまい、押しつけが酷くなったりしやすいのです。

誰かを助けることは間違っているか?

助けることが間違っているとは思いません。 助けること自体は健全であり、 とても素晴らしいことであり 人は助け合って生きています。 それは素晴らしいことです。 僕も助けてもらっています。

その「助ける」ということを使って、 人を傷つけたり、騙したり、人の未来を奪ったりすることは不健全です。 1番わかりやすいのでは、その助けるという行為で相手が喜んでいるかどうか…です。

「助ける」→「相手が喜ぶ」→「自分も喜ぶ」
これは健全ですよね。

「助ける・恩を売りつける・強要する」→「相手が恐怖する・嫌がる」
これは不健全ですよね。

そして、「それは誰の責任であり、誰の課題なのか?」 このことを考え「助ける」という範囲を超えないことは大切だと思います。

誰かを助けるという事は自立の機会を奪うことかもしれない

人は何のために生きているかはそれぞれ違いますが、みんな「自分なりの幸せを期待して生きている」のは同じですよね。人は幸せになるために生きています。どうしたら幸せになれるか。

まず、幸せは「感情」です。この感情をたくさん作り出すことが幸せな人生です。

「感情の一覧 – Wikipedia」を見ると、感情だけでもこれだけの種類があります。そして、その中でも自分が作り出す感情(他人から与えられて感じたものではなく)として「幸せ」や「勇気」そして「喜び+信頼による愛」など、これらのプラス感情を作り出すことは難しいものです。逆に「恐怖」「殺意」などのマイナス感情を作り出すことは簡単です。

プラス思考やプラス感情を増やしたい人が多くいる事実が、プラス思考やプラス感情を作る難しさを物語っているようなものです。なので「プラス思考トレーニング」「プラス感情トレーニング「emotion plus」」「プラス感情トレーニング2「emotion plus」(準備中)」などはあるのに、逆に「マイナス思考(感情)トレーニング」がないのです。マイナス思考やマイナス感情を増やしたい!という人はいませんよね。

何故なら、人は黙っていればマイナスになる生き物だからです。マイナスになるのは簡単です。黙っていればいいのです。逆にプラスになるのは大変です。作り出していかないといけません。生産的でないとプラスは増やせないのです。

作り出すのが難しい幸せという「感情」も生産的でないと作り出していけません。幸せになるためには生産的になる必要があるのです。生産的になるということは管理者として能力アップしないといけません。心の管理者として成長していく必要があります。「心の管理者になる」ということは「自分が自分の親になる」ということです。

幸せになるには管理者になること。それは責任を持つということでもあるのです。責任とは正しく反応する能力のこと。正しい反応のためには正しい解釈も必要。そして感情は解釈の結果作られます。つまり、どんな感情が作られるかは責任によって大きく変わるということなのです。

無責任でいるほどマイナス感情が生まれやすい
責任を持っているほどプラス感情が生まれやすい

こういうことです。そして幸せはプラス感情。プラス感情を増やすほど幸せを感じます。

つまり、自分の人生、自分で責任を持ち、自分が自分の親となり、プラス感情を増やすことで人生観もプラスになるということです。だから、依存ではなく精神的に自立をして助けてもらわなくても良い自分になることが本当の意味での救いとなるのです。

ですから見出しのタイトルに戻りますが「誰かを助けるという事は自立の機会を奪うことかもしれない」ということ。それは幸せを奪うことに繋がっているのかもしれないのです。

例えば、誰かが病気になったとします。それが誰の責任か?基本、自分です。ですから自分が中心となってその病気を治すために動き出す必要があります。その人がやるべきことをすべてやってあげたらその人の責任も課題も奪うことになります。それは結果としてプラス感情を生ませないということなのです。つまり、幸せを奪い、不幸に導いているということ。

その人を本当の意味で助けるのなら

車で例えれば運転するのは本人で助手席は助手席の役目だけやれば良いという感じです。 緊急事態以外は、助手席から運転席に手を伸ばして運転する必要はないということ。 適度な距離感をしっかり維持していれば、大丈夫だと思います。

だから利己的な自分が大事

自分の利益を追求し、 自分を満たすことが出来ると、 他の人を助ける力となっていきます。その助ける力に「相手の自立を奪わない」ものも含まれます。

つまり、僕が考える「利己的」は「利他的」に繋がっているのです。 利益は「ためになること」ですから他人を思いやる気持ちが増えれば、 他人の幸せも自分の利益となります。

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