苦労は買ってはいけない!買う苦労は売ってでも手放そう!他者の課題は背負わなくても良い!

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苦労は買ってはいけない!買う苦労は売ってでも手放そう!他者の課題は背負わなくても良い!

若いうちの苦労は買ってでもしろ」と昔は言われることがありましたが、これは勘違いです。 ポジティブで素晴らしい明石家さんまさんも「苦労は売ってでもするな!無駄な苦労はする必要ない」と何かの番組で言っていましたね。

「苦労は買ってでもしろ」 は「買ってでも自分以外の外部の苦しさを背負って苦しい思いをしなさい」ということです。そんな必要はない。何故なら、人生は黙っていても苦しいことは起こるからです。その自然に起こる苦しいことは自分のものです。わざわざ他者の苦しみを背負う必要はないのです。

「苦労は買ってでもしろ」 は押し付けです。「なんでお金を払ってまで苦しまなきゃなんないんだよ!」と思いませんか?

苦労は、苦しい思いをするのですから、その背景には「やりたくない感情」が潜んでいるのです。 何故、やりたくない感情が潜んでいるか?それは自分の人生の課題ではないと感じているからです。

つまり、他者の人生の課題だからです。 本当にやりたいことなら「苦しいとは感じない」のです。または「苦しいと感じることがあっても満足感がある」ものです。

自分の人生を自由にやりたいように楽しく生きるのなら「買う苦労は不要」だということになります。 だからと言って苦労が全部間違っているというわけではなく、「自然に訪れる苦労は大切」です。

買ってまではする必要はないけど、自然に訪れる苦労には「来るもの拒まず去るもの追わず」の姿勢が大事です。何故なら、自然に訪れる苦労は自分の人生の課題であり「その先の安心、安堵、楽しい」を感じる重要なものだからです。

自分の課題と他者の課題を分離し、苦労も自分の苦労と他者の苦労の分離が必要です。

苦労を買ってでもしようと思っていると苦労をどんどん引き寄せて苦労の一生になりやすいのです。

あなたは「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言われたらどう感じますか。

苦労を押し付けることはくだらない

以下、準備中

つまりめちゃくちゃシンプルなんですが、 僕が「苦労は買ってでもするな!買う苦労は手放そう!」が言うと賛成と反対が出るのは当たり前ですが、 反対のパターンですが、反対の方は苦労されている方が大半だと思います。 つまりこうです。

1、僕が「苦労は買ってでもするな!買う苦労は手放そう!」と言う。

2、1に反発する場合、苦労は買ってでも手に入れようと苦労を引き寄せる

3、苦労を引き寄せるから苦労が絶えない

4、苦労を手放せない

5、一生苦労する

つまり、苦労を手放す勇気がないのです。

自分で苦労を引き寄せているいたってシンプルな問題なのです。 苦労しなければ絶対におかしくなる!失敗する!と思い込んで不安で洗脳されているようなものです。 苦労しなくても良い道へいくことは認められないのです。

<<下に続く>>

そして、引き寄せるからどんどん苦労の絶えない人生になるのです。 跳ね除けるか引き寄せるかなんです。 それでも苦労が大好きな人は、引き寄せるのは自由です。 僕はいりません。 苦労するくらいなら、美味しいもの食べて寝ぼけています(笑)

必要な苦労はしたいです。

苦労の先にある楽しさや幸せを感じるための苦労は好きです。 つまり苦労だと感じないのです。 僕は子供の時にやっていた窃盗をやめるのに苦労などしていません。自然にやりたくなくなったのです。

少年院での作業が楽しくて苦労などしていません。 少年院からの脱走した過去も苦労はしていません。 資格を取得することも苦労しませんでした。 自分のやりたいことだからです。

しかし、自分の価値観じゃないものを背負った事を捨てるには苦労しました。 自分の物じゃないからです。 他者の苦労は嫌でしかたなかったので「自分のことは自分でやりなよ」って捨てました。 それだけです。 ですので「苦労は買ってでもするな!買う苦労は手放そう!」が大事なのです。

買わなくても引き寄せなくても自然と必要なことは試練のように起こってきます。 それを乗り越えればよいのです。 勘違いをして苦労は良いものだ!と劣等感とセットで他者に押し付けるからおかしなことになるのです。

自信がない人は、自分より劣ったと感じた人間に近寄り、馬鹿にし話のネタにします。 その為にくっついて近寄っていきます。 僕も過去に自信がないころ、劣ったと感じる人間に近寄り馬鹿にし話のネタにし、酷い事をし、価値観を押し付けました。 「お前は甘い環境で苦労をしらないから、そんななんだよバカ」って。 相手はますます悪化し家から出てこれなくなりましたので、甘くて弱くて苦労を知らないやつなんだと思ったので、少し厳しさを教えてやろうと追い込んで玄関からピューピュー音ありロケット花火連続攻撃もしました。玄関ガンガン蹴っ飛ばして新聞受けを壊したり。 警察呼んで自殺の恐れがあると警察に言い、ドアを開けさせて、布団の中でうずくまっていたのです。その後ぶっ飛ばしました。 しっかり反省しました。

押し付ける勘違いの酷い最低人間でした。 くだらない眠たい劣等感の押し付けなのです。 自分が、無駄に買った苦労で苦労して辛かったから、他者に背負わせようとして、きれいごとを言い、押し付けているだけなのです。買った苦労の結末は醜い自分でした。 僕自身が苦労を押し付ける人間だったからわかったことです。 人に押し付けることはだめなのです。 人には人の人生があるから害のないやり方は尊重することが大事なのです。 害のあるやり方はやめることが大事なのです。 苦労の押し付けは害があるから捨てることが大事です。 押し付けられる自分を変えることも大事です。 自分の考えで生きればよいのです。 自分の苦労ではない外部の苦労を受け取った自分に責任があるのです。 自分がやりたければやればよいのです。

「人は頑張って苦労しなければならない…」という固定観念に縛られて無駄なん頑張りや苦労に打ちのめされて病んでしまい動けなくなってしまう人たち。「頑張り」も「苦労」も他人に決められることではない。自分が自分の責任で必要だと判断したら頑張ればよいのです。苦労も同じです。

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コメント一覧

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  1. そのタイミングに、もしくはその人に必要のない苦労はいくら頑張っても空回りになるだけなので、手を抜くとこは抜いて、必要な苦労を重ねる。これに尽きると思います。そんな自分だって、身も心もしなやかになりたいと模索する毎日です。

  2. 自分に立ちはだかる、壁は一つの目標だと思いますので、
    一つずつゆっくりでも目標を果たして行くのが大切だと思います。

  3. 『若いうちの苦労は買ってでもしろ』と言われたら、この人は苦労してきたんだなと思います。

    年を取っている人で、このように言われるのをたまに耳にします。

    斎藤一人さんも、よく似たこと言っていました。

    苦労はしない派の人は、皆さん揃って人生楽しそうです。

    • 斎藤一人さんが言っているのは

      「苦労ばかりしているとしたら、それは、神様があなたに「やり方が間違っているんだよ」と教えてくれているのです。ただ言葉ではそれを教えてくれません。この世に起きる現象として、それを教えてくれるのです。間違いをあなた自身が気がつくまで、根気強く教えてくれるのです。無料で教えてくれるのです。」

      こちらですけど、

      ゆさんが言っていることは意味が少し違うと思います。

      ゆさんの言っていることでは「苦労はしない派」は斎藤一人さんのように成功しないで適当に楽しく生きているってマイナスな卑屈な意味での「皆さん揃って人生楽しそうです。」って感じがするって今一緒にコメントを読んだ方が言っています;^^

      つまり、斎藤一人さんのは、やり方が間違っているから苦労が起こる。やり方が間違っていなければ苦労は減る。

      私も斎藤一人さんの言葉には同感です。

  4. 無意味な、徒労でしかない苦労もありますね。

    無意味と気づいた時点でやめられればいいですが、そうはいかない事情があることもあります。

    やむを得ない場合でなければ、買ってでもしろはあり得ない。心身すり減らすだけです。

  5. 人から言われて苦労なんて絶対にしたくありません。苦労を他人から与えられるのは苦痛だと思います。

  6. 私も50を過ぎ、たぶん人並みの苦労はしてきているでしょう。

    今も苦労の途中ですが、いろいろ勉強にはなっていると感じています。今にして思えば回避できた苦労もあったかもしれませんが、乗り切らないと次へ進めないので、格闘しています。

    企業や学校の部活などで、無駄な無意味なことを「苦労が必要だ」と称してやらせることがあったりしますね。

  7. 人生に苦労は付き物だと思いますが、押し付けられる物ではないと思います。

  8. 他人から言われるのは嫌ですね。
    自分がやりたきゃやればいいし、やりたくなきゃやらなきゃいいと思います。

  9. 苦労したくないですね。本当にできる方は苦労しなくても成功してます。

  10. 買ってでも苦しい思いをしなさいとこれは押し付け…確かにと思いました。時代の流れでしょうか、新しい物の見方だなと思いました。

  11. 「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と、もし誰かに言われたら、その人はそう言いたいだけだと思うので「はい」と一言素直に言います。

    けど腹の中は右から左で聞き流します。
    私が今感じてる苦労と、その人からみた私の苦労と、その人が若い頃にした苦労が、一致することはないと思うからです。

    一致することはなくても、「あんたに何がわかる」と正面から啖呵を切っても仕方がないです、年長者に。
    苦労の重さも、苦労と思うか思わないかも、人それぞれです。
    だから私は「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言われたら聞き流すし、自分は人にそれを絶対に言いません。

  12. 私も「苦労は買ってでもしろ」理論で何でもかんでも引き受けちゃうのは違う気がします。

    働き方もそうで、自分のキャパ以上の仕事をやらされるはめになっても、「苦労は買ってでもしろ」理論で自分を納得させているんだと思います。
    それでも頑張って終わらせたらいいのですが、もし終わらなかったら「なにをしている!」と上司から大目玉。

    そこではじめて「出来ない仕事を引き受けなければよかった…」と大後悔。

    後悔先に立たず。

    必要以上に他者の課題を引き受けることはないのですね。

  13. 私も中々の苦労人ですが、無理をし過ぎて体調を崩したことがあるものの、買ってまでの苦労は必要ない為、やってません。笑
    つまり、その環境で必要な苦労をして、その環境で必要な事を学んだ後は、また次なる環境に身を置いて勉強します。笑
    お釈迦様も、頑張りすぎてる弟子に対して、無理する必要はないんだよって。
    琴の弦は張りすぎても、緩すぎても、良い音は出ないだろう?と。笑自分に無理をせず、前向きに(楽に)、努力していきなさいと。笑
    買わなくても、良い苦労は沢山あります。笑
    自分が出来る良い苦労を沢山して、人生の肥やしにしましょう。笑

    • とても良いたとえですね(^^)

      「琴の弦は張りすぎても、緩すぎても、良い音は出ないだろう?」

      偏った考えをやめ認知の歪みを直し
      バランスをとることが大事だと思える言葉です。

  14. メグミ(二児のママ)

    《若い時の苦労は買ってでもしろ》というのを、働かずして、親に甘えて楽して井の中の蛙でいろと取りたい二十歳前後の人が多いですかね。

    ちなみに《若い時の苦労は買ってでもしろ》の、苦労=経験や失敗や知識だと思っています。

    どんな世界でも、修行=勉強の期間があります。
    たまに、ポッとでて苦労少なく売れたりヒットしている人もいます。
    でも長くは続かないように思います。

    逆に苦労=経験や知識などを失敗したりして、乗り越えた人の方が太く短いポッとでてより、細く長く続いたりします。

    《若い時の苦労は買ってでもしろ》は生きていこう、やっていこう、歩いていこうと思う世界(業界や業種)で、失敗をして乗り越えて、知識や知恵と経験を身につけて将来に生かしていけの意味合いと、私は取っています。

    • 《若い時の苦労は買ってでもしろ》といちいち周囲に言いたいという人がいたとして・・・
      それは何故でしょうか?

      背景にあるものを見たほうが良いですよ。

      周囲はそれぞれ自分で決めるものです。
      別にあなたに買えと言われても・・・・となるものです。

      苦労したい人はすればよいですし、したくない人はしなければいい。
      人生は自分のものですから他者が誰かに「若い時の苦労は買ってでもしろ」と劣等感を押し付けても
      「いや、いりませんから」となります。

      好きなことを楽しんで気合いれて進んで努力して苦楽を感じ満足すれば良いのです。
      他者の苦労まで背負うのはしなくても良いのです。

      メグミ(二児のママ)さんが苦労することが好きならばどんどん苦労して良いのです。
      選択は自由です。

      苦労しなければならないという思い込みがあるのではないでしょうか?

      メグミ(二児のママ)さんは前に苦労ばかりしているというようなことを言っていた気がします(間違っていたらすみません)

      自分が苦労なんて買ってでもする必要なんてないよと思えば苦労は跳ね除けますが、私のようにこう思えない場合、無意識で苦労を引き寄せるので苦労の絶えない人生になっていきますよね。

      自分が何を引き寄せて跳ね除けているか?

      分析は成長のために大事です。

      不幸は嫌だと言いながらも、なぜか不幸や苦労を引き寄せて苦労ずくめになる・・・

      そこ気づくと面白くなりますよ。

  15. メグミ(二児のママ)

    《苦集滅道》生まれた物は、いつか必ず死を迎えて魂は天に身体は土と水に帰る。生まれてから死ぬまでに、病気や怪我をして苦しい時のない人もいないし、年を取って老いていかない人もない。ブッダの《悟り》の一つで般若心経の中の苦集滅道になっているかと。

    会社を立ち上げて、初代の社長というのは資金繰りから人材や仕事をとるまでを、自分1人から始めていくので、社員も仕事も慎重に開業までの経験から大事にするらしいです。
    二代目は初代の大変さ(苦労と経験)を、見ているのでそれなりに会社を維持します。でも三代以上はとなるのは、業界や業種の(経験や知識)苦労を知らないから、会社をダメにするともいわれています。
    《若い時の苦労は買ってでもしろ》というのは、「失敗は糧にして乗り越えなさい」、「引きこもりしても最後は自分の考え方と判断と決断力しだい」、「もっと他の世界を知りなさい」とも取れます。
    最近の二十歳前後は、失敗して自信を損なって立ち治りにくいため、失敗を怖がって止まりやすい《自動ブレーキ型》という評価ですから。
    若い時な苦労は失敗と置き換えれます。
    《若い内は失敗や苦労をして、知識や経験を積み将来に備えなさい》という意味合いで、《若い時の苦労は買ってでもしろ》ではないかと思って考えています。

    • それをひっくるめて、本人以外には基本どうでもいいわけです。
      やりたければやればいい、やりたくなければやらなくてもいい。

      人生は自分のものですし、他者の物でもないのですから。
      苦労は自分でしたければすればいい、しなくなければしなくてもいい。
      人生の意味は自分で作るものですから。

      他者の「苦労は買ってでもしろ」には「お前が買いたければ買えば?」

      これで良いのです。

      責任は自分ですから(^^)/

      かっこつけを下に押し付けても劣等感が流れるのです。

      苦労の背景に「やりたくないのにがんばったんだぞー!わかってくれよ」がよくありますよね(笑)

  16. 自分の為に、苦労を買うのは嫌だが

    子供(部下)の為なら、苦労を買うのは良いかなと

    この場合の苦労は

    子供の場合は、家庭教師
    部下の場合は、専門講師

    苦労するのは、無知識に知識を伝える、家庭教師と専門講師になりますが

    買うとは、家庭教師と専門講師の時間と知識

    自分の時間を犠牲にして、子供と部分に知識を伝えるのが面倒だから

    金で済むなら、金で済ました方が効率が良い

    • その「子供(部下)の為」という部分に劣等感をセットにする場合があります。

      子供(部下)の為+劣等感

      劣等感は背後にあるので、子供は気づきません。

      だから、○○の為とかいうのもやめて相手の人生に不必要に介入しないことが大事です。
      それが子供でも。

      本人が望めばサポートすれば良いです。

  17. 買ってまではする必要はない何故なら自然に訪れる苦労は自分の人生の課題であり「その先の安心、安堵、楽しい」を感じるのが大事だから…その事を知った今となっては自ら率先して苦労したいとは思わないです。

    • いいですね(^^)/

      健康が好きな人がジョギングをするのは苦労ではありません。
      身も心もすっきりするので楽しいことです。

      そんなイメージです。
      楽しむことは人生で大事なので、苦しむことを目的にする必要はないんです。

  18. 昔の人の、特に日本人特有の美談論からきたものなんじゃないでしょうか?
    買ってでも体験しておくべき、それほど苦労の末には得るものがある、という例えかと思います。
    少し苦労について強調しすぎというか、美しき精神論のようにも聞こえますが。

    私は菅原さん同様、自ら進んで苦の道に進む必要はないと思います。
    お釈迦さんの有名な絶食修行でやせ細った像がありますが、あのお釈迦さんでさえ苦行の末に悟ったことは、そのような苦行をすべきでない、という結論だったようですし^^;

    わざわざ苦労を買わなくても人は皆人生の上で何かしらの苦労をするようにできています。

    本人がそれを苦労と感じるか感じないかの意識の違いはあるでしょうが、知らず識らずのうちに人生で大きな苦労も小さな苦労も体験しますから、そこから考え学び成長して行ければ良いのではないでしょうか?

    • 苦労をしなきゃ!と思ってしまった人たちが苦労を引き寄せすぎているイメージです(笑)

      苦行の話ですが、言葉は悪いですがブッタの漫画を読んでて「バカじゃないのかよ」って思ってしまいました;^^
      苦しんで苦行して生み出されるものはマイナスですよね。

      本当におっしゃる通りで皆人生の上で何かしらの苦労をするようにできているってわかるようになってきました。
      点と点をつなげば自分の苦労は好きなこと楽しいことの一部だったとわかり、他者の苦労は嫌なモノだったと客観視すれば見えてきますね。

  19. 私が愚痴を言うと、祖母がよく「若い頃の苦労は買ってでもしろ、というものだから無駄な事はない」と慰めてくれました。

    苦難がどんどこ押し寄せて、その対処に四苦八苦。

    若い頃って、特に大変な事もなく割りに平穏に過ぎるから、そんな諺が出来たのかと思っていましたね。

    私の場合はこれ以上、苦労なんて御免だよって感じですから、お金を払ってでも遠ざけたいくらいです。

    • 「苦労は買ってでもする」と思い込むと、自分で苦労を引き寄せてしまいどんどん苦労が押し寄せてくると思います。

      「苦労は買ってでもしないさい」という人のほうが一生苦労し続けているイメージがあります;^^

      確かにお金を払ってでも遠ざけたいですよね!

  20. あまり苦労したくないと思います。

  21. 「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉には、自分は「一理ある」と思うので抵抗感はありません。
    それが絶対的な言葉でもないけど、結局のところ、得た経験を生かすも殺すも最終的には本人次第なわけで、過酷な生い立ちや環境に居た経験も、大分あとになって役立つ事も有りますし、個人的に、自分が生きてきて感じた事は「無駄な経験って無いんだなぁ…」です。

    「若いうちの苦労は買ってでもしろ」というのは、分かりやすい例の一つだと[塾・予備校・習い事](大きく分けて)。

    私から見たら、塾やら習い事は苦労の内に入らず「勉強や習い事が苦痛でたまらない」という子達の気持ちが理解出来ませんでしたが、それはあくまで私の主観であって、実際に、勉強や習い事を苦痛・辛いと感じる子達は居るわけで…

    そして、勉強や習い事をしんどく感じてる子は、仕方なく続けるか辞めてしまうかに分かれるのですが、続けて結果を出した子が居たり、辞めても他の何かを頑張ってそこで結果を出した子や、辞めてしまって他に頑張る事もなく何も身に付いてない子や、様々です。

    その時に苦痛に思ってた事が役立つ時が来たり、後々「やってて良かった」と思う事柄もある訳で、若い内に、楽しい事も苦しい事もひっくるめて、色々な経験をしておいた方がいいと私は思います。

    全てが糧(かて)になりますから(全てを糧に出来るかは本人次第ですが…)

    買った苦労だろうがナチュラルな苦労だろうが、修行・試練だと思えるか思えないかで、その人物の器が拡がるか、度量が狭く終わってしまう分岐点になってしまうんでしょうね。

    大人から見てもワケが判らない事が起こる世の中、特に子どもの頃は世の中が判らない事だらけ。
    「後々ためになる苦労だ」と思えたら強くなれるステップになるけど、子どもの場合は「楽しい・面白い」方に魅了されやすくステップアップの試練を見逃したりと選択を誤りやすいですし、快楽主義にも陥り兼ねません。

    私の知り合いに超快楽主義に育った人物が居ますが、欲の垂れ流しで何を言われても自分に都合の良い解釈しかしないので(器用なくらいに)、自身が痛々しいと思われてる事にも気付かず、「自分はイケてる・モテてる」と思い込み…その人物に初対面の時に口説かれたのですが、散々私にグロい性経験話(吐き気がした程グロ話)を聞かせた挙げ句、ウットリしながら「綺麗なおみ足…(ハート)」とか言いつつ脚を撫でてきました。本人には「貴方はちょっと痛々しいねぇ…」とヤンワリ直球投げましたが、何故か嬉しそうにしていて、
    「そういう突拍子もない事を僕に言って、僕に気を持たせようとしてるんだね(ハート)」
    ってな感じでした。

    ほんの少しでも[嫌]に感じるモノは避けまくって生きてた結果の、極端な見本の人でして(-_-;)
    この人、放っておいたらいつか犯罪者になりそうな危うさだったので、少しでも目を覚まさせるため忠告入れようとメールで真面目に話し合ってみたのですが、妄想癖が凄まじいです(だから都合の良い解釈しかしない)。

    • 人それぞれで、一理ある人には一理あるものです。

      その通りでその経験を生かすも殺すも捨てるも取り入れるも全部自由です。
      つまり、記事のように「他者からの背負わせ苦労はどうでもいい」と思うのも自由で、そこに価値があると思うかないと思うかも自由で本人次第です。
      後で役立つようにするかも本人次第です。
      役立たないように捨てても良いのです。

      言っていることはよくわかります。
      私が言いたいことは「自分の苦労」「他者の苦労」きちんと分けて自分の苦労をすることが大事と言うことです。

      相手に期待していくと、相手の苦労を背負わせられて、それに耐えきれなくなり、下に流す。
      で、下に流したことすらとぼける、忘れる、忘れたふりをする人がいます。

      そこが害になるから、課題の分離が必要になるのです。

      [嫌]に感じるモノは避けまくって生きる。のではおかしくなりますが、そうではなく
      「嫌だと感じる他者の苦労や課題」を背負うことをやめればいいということです。

      「嫌だと感じる他者の苦労や課題」を背負うのは見返りを期待しているからです。
      見返りを期待したことが前提での[嫌]に感じるモノはやめたほうがいいということです。
      何故なら見返りが来なかったときに勝手に恨みだすからです。

      Web情報さんが言っている「超快楽主義に育った人物」へ「痛々しい奴」「変な奴」「キモイやつ」とレッテルを貼りたがる人たちがいるんですね。
      そういった人たちはレッテルを貼りやすい人物を察知することが上手で近寄ってまでレッテルを貼っていくので、本当にその人はおかしくなっていくのです。
      つまりその「超快楽主義に育った人物」への周囲の目的は「痛々しい奴」「変な奴」「キモイやつ」とレッテルを貼り安心することになります。

      「放っておいたらいつか犯罪者になりそうな危うさだったので、」

      それはわからないことで、もし危ないのだとして、周囲がそんな目を向けたらますます悪化するだけでしょう。

      「少しでも目を覚まさせるため忠告入れようとメールで真面目に話し合ってみたのですが、」

      Web情報さんはどうして、その人の目を覚まさせたいのですか?
      そこまでする必要はないと思います。

      「妄想癖が凄まじいです(だから都合の良い解釈しかしない)。」

      それは多くのことで傷つき、現実逃避をしているので目を覚まさせようとしても悪化します。

      つまり、Web情報さんが相手に「目を覚ましてほしいという理由で」近寄る。

      結果、やっぱダメだと確信する

      周囲にやっぱヤバいわと言う

      拡散させる

      結果、悪化。

      ここに相手を本当に犯罪者へと追い込んでいくカラクリがあることに気づいてほしいです。

      ほんの少しでも[嫌]に感じるモノは避けまくって生きてた結果の、極端な見本の人ではなく、

      その人は周囲からのマイナス処理係なわけです。

      その方よりひどいタイプを見たことがあります。

      首は切るしストーカーはする。勘違いの連続、妄想が酷い、火をつける。

      この人の周囲を見ていました。

      やはり、寄ってきていました。

      劣等感が酷いレッテル貼りをしたい人が寄ってきて、確認し安心し、話のネタにするために、たくさんのレッテル貼り人間が集っていたのです。

      集っていた人間は言語と非言語メッセージで矛盾したメッセージを送っていました。

      信じ込みやすい素直な人に向けて矛盾を繰り出して悪化させているのですが、

      周囲の集っている人は悪化させていることに気づきません。

      自分たちが、人を馬鹿にし見下し悪化を楽しんでいることを認めたくないのです。

      もしもそうでないのなら、良くする力がないのですから離れるべきだということくらいは理解できるはずですからね。

      「あいつの為、気づいてほしい」という理由で近寄る側に問題があることはよくあることです。

      ですので区別が大事になるのです。

      区別されていけば、異常者と呼ばれる人は減ります。

      Web情報さんはどうして、その人に近寄っていくのですか?

      まったく興味を示さなければ、問題はないことかと思います。

      「超快楽主義に育った人物」の人は「他者の苦労を背負いすぎてパンクした」のでしょう;^^

      Web情報さんが言う「超快楽主義に育った痛々しい奴」は私には悲しい話です。
      素直すぎたがため傷だらけになり、それ以上の崩壊を防ごうとして周囲の事を誤って捉えるようになった悲しいことに思えます。

  22. テレビである芸人さんの友人の話しを聴きました。
    彼は、東大に現役合格したそうですが、「俺、努力ってしたことないんだよね。」と芸人さんに打ち明けたそうです。
    ですが友人は、1日10時間勉強していたそうです。
    努力って、本当はこういうものかぁと思いました。

    • 本人にとっては好きなことだから10時間が苦痛ではなく楽しかったということでしょうか?
      そうでしたら素晴らしいと思います(^^)/

  23. なんとなくわかります。
    私の好きな著者の言葉には、仕事で成功する為には苦労しなきゃならないとよく言うけど、苦労なんてする必要ないと。

    本当に自分が無意識で楽しいと思うことだけをしていた方がいいですもんね^^

    • とても良さそうな本ですね(^^)
      本当にそうなんですよね。
      嫌いなことを我慢するために生きているんじゃないですもんね!
      好きなことをやり全うし人生の意味を自分で作る為に生きているのだと思います。

  24. その言葉の「苦労」は「努力」「経験」などを含んだ「自分の為になる苦労」だと思うんですが、しなくてもいい苦労なら是非したくありません!

    例えば、ろくに働かず飲んだくれの父親がいるとします。
    当然奥さんや子どもは苦労しますね。
    子どもは父親についていじめられるかもしれません。
    父親は家族を守り働き養う義務があるのですから、本来負わなくてもいい苦労はできればしたくない。
    まぁ逃れられない苦労が襲う時もあると思うんですが、親や環境が劣悪だとスタートダッシュから出遅れるわけだからかなり損です。

    それとは逆に好きな事をする為に付随する苦手な事が「自分の課題」「自分の苦労」ですね。

    しかし自分が望んでない苦労でも「この苦労は違う!」と気づき、そこから抜け出して乗り越えられたらより強い人間になれると思います。
    とにかく気づかなくては。
    気づく為に知る。経験する。
    無知だと苦労に気づけないから。

    • 父親のせいでいじめられるというのは繋がらない部分です。
      父親がダメだからいじめられたのは間違いで、いじめられた理由を父親のせいにして後で理由付けしているのです。

      ろくに働かず飲んだくれの父親がいるから奥さんが苦労する、というのも離れれば解決です。
      離れないでくっついて奥さんは何もしないで不満を言う。それでは悪化するだけです。

      父親がダメなら進んで楽しんで奥さんが働けば良い。
      楽しめないで苦労と感じるのなら離れたほうが良いかもしれません。

      父親が動けないとき「今まで頑張ってくれたんだもの私がやるわ」という母親。
      それが出来ずに母親は単におんぶしてもらうだけ。
      解決の道に進まない。

      それでは飲んだくれの父親はさらに悪化するだけです。
      苦労を楽しく出来ない場合、潰し合いになるので子供ためにも離れるほうが良いと思います。

      自分が望んでいない苦労は離れて良いものだと私は思います。
      本当に好きで大事な人との苦労は楽しく乗り越えていけるものだと私は思いますよ(^^)/
      潰し合うよりも離れたほうが良い場合もあると思います。

      「苦労」は「努力」「経験」などを含んだ「自分の為になる苦労」だとしても、それを決めるのも選択するのも自分なのです。

      別に若いうちに「努力」「経験」などを含んだ苦労をしなくても良いと思う人には良いのです。

      買ってでもするような苦労の経験では成長しませんでしたが、楽しくやる気が勝手に出たときは自然な苦労が混ざり勝手に成長しました。

      苦労は嫌々が前提にあるので本物じゃないんです。

      価値観にもよりますが買ってでもする必要は全然ないのです。

      自然に起こる苦労は後の楽しみ安心安堵につながるので自然で良いのです。

  25. 私は若いうちは苦労 は必ずしなければ道が開けないだと勘違いしていました。今ある幸せも若い頃頑張った証なんだと思っていました。確かに私はマラソンしていましたが練習で走らされるマラソンと自分から身体を動かしたいが為に走るマラソンとでは気持ちが全然違うなあと気づきました。つまり好きな事は無意識のうちに自分から苦しめるものなんだなあと思いました。「好きこそものの上手なれ」と言う言葉が近いように思います。

    • とても良い例えですね(^^♪
      わかりやすかったです。
      好きこそ物の上手なれがピッタリだと私も思います。

      自分の好きなことは熱心に工夫をするのでどんどん上手になるので苦労が苦労とは感じず楽しくなるんですよね!

      疲れることも楽しくご飯もおいしくですね!

  26. 自分に必要な苦労は、自然とやってきて、それを自分も受け入れる事が出来るという事でしょうか。
    必要無い苦労まで背負う必要はないのですね。
    親、子供間の癒着が原因で背負ってしまう事もありかねないので、意識して日々過ごしたいです。

    • 自分に本当に必要な苦労は「楽しくて受け入れやすい」ものです。
      他者からの背負わせ苦労は心のどこかで「受け入れにくいし嫌だ」と感じることがあります。
      自身の必要な課題や苦労でも自分が逃げてしまうとそれは大きくなってきます。
      そんな状態で他者の課題や苦労まで背負うとパンクしてしまうんです。

      他者の苦労、課題に介入してしまうとトラブルになるので必要以上には介入しないことも大事です。
      介入せずサポートするほうが良い方法です。

      親が自分の課題から逃げていると、子供にそれを背負わせようとする場合があり「苦労は買ってでもしろよ」と押し付けることがあります。
      それを受けた子供は自分のものではない課題や苦労などを背負ってしまったので苦しんでいきやすいのです。

      その間、親は子供に背負わせて自身の課題から逃げているのです。
      アドラー心理学で言う「課題の分離」や「区別」はとても大事なことです。

  27. 私も自然に訪れる苦労は、向かっていかなければなりませんが、自ら買ってでもとは思いません。

    • 自然に訪れる苦労は、乗り越えられないものはないのだと思います。

      自ら買う苦労の背景には「背負わせる」ことがあることがありますので分析し区別が大事ですよね!

  28. 苦労は買ってでもしろ、そうですね、人から苦労しろと言われてするものではないですね。

    自分が目指す物に到達するまでの苦労とは意味が違いますものね。

  29. 子どもの頃、周りの大人によく言われてました。
    子どもながら、苦労ってお金を出してまで買わないと偉くなれないの?って思ってました。
    人って、生きてる限り、苦労って自然としているものだと思います。
    だから、無理に背負う必要はないんですよね。

    • ほんとそうですよね(^^♪

      私も「苦労ってお金を出してまで買わないと偉くなれないの?じゃあいらない」って子供のころに思いました(笑)

      無理に背負わなくても自然に訪れる自分の課題をクリアするのが大事ですね。

  30. 昔は苦労は買ってでもしろと言われた気がします。
    私は、正直な気持ち、好きなことや自分に必要なことなら買ってでもすると思います。

    自分のことだけでもいっぱいなのに買う必要は無いと思います。

    苦労とは、与えられた課題や試練だと思っています。

    • 自分の苦労は与えられた課題や試練です。
      他者の苦労は責任転換による苦労です。

      ですので「苦労は買ってでもしろ!」に対し「はい!」と言う他人の苦労を受けるのです。

      自分の与えられた課題や試練をクリアすれば良いのです。

  31. 苦労って言っても、、
    この場合、チャレンジ、冒険っていう意味じゃない?

    若いうちなら失敗して高い授業料払う羽目になってもやりたいことやれば良いじゃない。っていう意味だと思います。

    大人の決めつけた、楽だ、正しいんだ、、という事だけやらなくてもいいんだよ。それで失敗して苦労しても、それはそれで良いでしょう

    そういう話かと。思ってます

    • >この場合、チャレンジ、冒険っていう意味じゃない?

      いえ、違います。

      文字通り「苦労」についての話です。

      チャレンジと冒険の場合は「チャレンジや冒険は買ってでもしろ」と言えば良いわけで、
      苦労は買ってでもしろと言っている人が言葉の使い方を間違えている場合もあるのでしょう。

      言葉の使い方を間違えているとおかしなことになるんですよ。

      誰かに何かを「しろ」ということ自体不要なのです。
      「しろ」の背景には「劣等感の押し付け」があるからです。

      何かしらのため込みを流したがっているんですよ。

      それぞれが自分がしたいことをすればよいだけですよ(^^♪

  32. 苦労を苦労と思わないことが大事、ものは考えようです。

  33. もし言われたら先ずは買ってまで苦労しなくても生きていれば誰でも苦労はあると(自然に)…で、色々と経験をしていくと思うので『買ってまで』とは違うかなぁ〜 …が感想です。今苦労している人がいたら努力している訳ですから『若いうちの苦労は上手くいかなくてもいつか良くも悪くも身になるから』と言いたいです。

  34. 苦しいと分かって、やる奴は馬鹿だろ

    と、返答しますね

    もちろん、私がMなら別ですが

    苦労を買うくらいなら、努力を買う

    苦労は報われないが
    努力は報われるから

  35. 年齢関係なく、苦労は苦労です。

    体験は買ってでもしろ、と思いますけどね。

  36. 私は父親に「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言われて育ったのでそれが当たり前と思ってました。

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