菅原隆志人生は長くない。他人のことばかり考えて生きる日々ほど無駄なことはないのかもしれない。SNSで他人の生活や噂話に心寄せて生きて、自分の人生が空っぽにならないように生きたほうがいいと僕は思います。無意識のうちに『他人の人生を見てばかり』になってしまう危うさ……。長いものに巻かれているうちに見失うもの。
自分の物語を創ろう。あなたにはあなただけの唯一無二の物語があります。それを創る生き方が人生の意味を深めます。生きている意味は自分で創るものです。誰かが与えてくれることはありません。
1. 【はじめに】あなたは誰の人生を生きていますか?
スマートフォンを開いて、何気なくInstagramやX(旧Twitter)をスクロールしている。気づけば、他人の華やかな日常、美しい風景、リア充な笑顔が次々と流れてくる。その瞬間、自分の生活が急に色あせて見える――そんな経験、ありませんか?
本来であれば、「他人の幸せ」は「自分の幸せ」とは無関係なはずです。ですが、無意識のうちに心が反応してしまう。「あの人はあんなに楽しそうなのに、私はなぜこんなに不安なんだろう」「自分は何か間違ってるのかもしれない」と、知らず知らずのうちに自分を責めてしまう。
これが現代社会で多くの人が抱える“目に見えない焦り”の正体です。
そして、それこそが「他人の人生を見てばかりいる危うさ」の始まりなのです。
この記事は、そんなあなたに向けて書いています。
誰かの人生の登場人物として生きるのではなく、自分自身の人生の主人公になるために。
今こそ、「自分の物語」を創るという視点を取り戻してみませんか?
2. 無意識のうちに「他人の人生を見てばかり」になってしまう理由とは?
SNSがもたらす“比較の罠”
SNSは、本来はつながりや情報共有のためのツールです。しかし実際は、無意識のうちに「自分」と「他人」を比べる場となってしまっています。
特に目につくのは、“良いところ”だけを切り取った投稿。
恋人との旅行、仕事の成功、友人との笑顔、理想的な暮らし。それらは断片的であるにもかかわらず、まるで「その人の人生全体が輝いている」かのような錯覚を生み出します。
それを見た私たちは、無意識にこう考えてしまいます。
「自分は何か劣っているのではないか」と。
菅原隆志僕にとってはSNSは小さな世界であり、小さな海であり、真実も流れるけれど偽りが多い場所でもあると思っています。そんな中でわざわざ他人と比較ばかりして自分を無価値に感じている人も少なくないと思います。そして、本当は価値があるはずのものや、人、言葉、そういったものに価値を感じられなくなり、自分自身に対してもその見方をすることで自己無価値感を生み出してしまっている場合もあるでしょう。僕はほんの僅かな豊かさと、信じられる存在、そして自分が思うよい環境があれば、それだけで幸せなことだと思っていて、だから敢えてというわけではないのですけど、欲まみれ、煩悩まみれになった人が嫌がるような何もない田舎に好んで住んでいます。これも過去に心理的な防衛のために自然と選んだものでした。つまり僕は過去にカルト的な存在から心理操作系の狡猾なガスライティングなどを受けていて、当時はそれを説明できませんでした。それをしていた側は、以上なほど田舎を嘲笑し、煩悩まみれになっており、詐欺師で、他人の家庭を壊すことを趣味のようにしていたサイコパス的な部分があった人物で、こういった人は常に外部侵食を目論みます。そして孤独に耐えられない人でした。それは常に外部に寄生し、外部から奪うという生き方だったからです。だからその人にとっては、その奪う対象が極端に少ない田舎は無価値だったのです。その人にとっては田舎は生きていけない場所だったのです。人が多く集まる場所だからこそ、詐欺もできるし、心理操作する相手も沢山いる。壊して楽しめる脆弱な家庭も沢山ある。そんなことをしていた人だったので、その人にとっては田舎が苦痛だから住めないのです。その存在はフレネミー的で欺いてくるので僕も騙されていた過去があり、僕への付き纏いが異常なものでした。すごく粘着し、僕の周りに裏から嘘を吹き込み別れさせ工作をしたり、デマを流したりして、僕が悪い奴に見えるように工作をしながら僕には優しい言葉やいいことを言って近寄ってきていたことがあり、見抜けなかった頃はそれで関わって、不快心の傷を負うことに繋がったのです。要は、僕にとっては自然と、自分の心が回復する場所を求めて彷徨っているうちに、何もない田舎にたどり着いたのです。そこには僕にとって有害な存在が寄って来にくい場所だったらです。それでも僕の住んでいるところまでフレネミーとして来て、周辺に嘘の噂を流す行動をとっていたこともあり、それには驚きましたけどね😅簡単に言ったら、過去にこんなことも一部あって、そこから理解を深めて、回復へと向かったのですが、回復過程で自分がどういう状況でどういう目に遭っていたのか、それを正しい知識、心理学や脳科学的な観点からも深く知ったので、その存在に騙されることなく、しっかり切ることができたというわけです。そしてその存在は、ものすごい力で僕に自己無価値感を植え付ける働きかけをしてくる存在でした。それによって僕は過去、自己無価値感で苦しんだことがあるのですが、そこから何もない田舎で、綺麗な空気、多くの人が無価値に見る単なる山、道、田舎の人、そういったところにも素晴らしい価値があり、それぞれの人にも過去があり、人生のドラマがあるのだとわかり、それまで知れなかった価値を感じることができるようになったのです。この変化を通して僕は自分の人生全体を俯瞰して思い出したのです。子供の頃は何にでも価値を感じていた時代があった。そこから大人たちの支配の中で心がひねくれ、荒み、攻撃的になっていくうちに関係のない人のことまで無価値なゴミとみなすことで、自分の心がそれ以上傷つかないように守っていたんだと。そして自分でこの世界を、この世界の人々を無価値なゴミと見るようになって、灰色の世界を見ていたんだと。そんな状態から、田舎でコスモスの種を植えてみて、自分で蒔いた種が、こんなにも綺麗な花を咲かせるんだと、感動したことことがありました。そこにものすごい価値を感じたのです。何もない田舎で、誰も見向きもしない場所。そんなところにコスモスが育とうが誰も気に留めないようなもの。しかしそこに、僕にとってはものすごい価値や、綺麗さ、美しさ、育つ楽しみや喜び、などがあったわけです。SNSで見る他人の成功、お金、自慢している何か、そういったものを見ても、僕はうらやましいとか思わないのです。僕にとっての価値は、心理的な成長や変化、そして、今の自分の生活にあることです。飼い猫はもう13歳です。あとどれだけ生きられるかわかりません。この13年間の記憶の中には、数えきれないほどの感謝もあります。猫という存在は思っている以上に優しい存在で、それを深く知れた13年でもあります。例えば今10億やるからその猫との記憶を消して、猫も捨てて。そしたら10億あげると言われても、僕は迷うことなくその10億を受け取ることはしません。僕にとっての飼い猫はそんな価値ではないのです。田舎で、飼い猫に対して、10億以上、いや比較できない価値を感じている自分がいる。しかし過去の煩悩まみれだった頃の僕は今の僕を理解できない。一番心が腐っていた時期なら、「何がコスモスだこのやろう。花なんて気持ちわりーやつが好むもんだろ」と思っていたはずです。実際過去に、そういう心だった時期もありました。
つまり、今書いたことは、僕の物語の一部であり、テーマは「価値」です。僕は無価値を知り、無価値に傷つき、苦しみ、そして「新しい価値」を感じられる自分へと変わったということです。
「人生は長くない。無意識のうちに『他人の人生を見てばかり』になってしまう危うさ:自分の物語を創ろう」の続きが購入後に読めます。
漫画で理解(30秒)
※AI生成画像です。内容は記事本文を元にしています。
よくある質問 AI生成
この記事に関連するよくある質問をAIが自動生成しました
Q1. SNSで他人の幸せや成功を見て、自分が劣っていると感じたとき、どう対処すれば良いですか?
SNSは断片的な情報であり、他人の幸せが自分の価値を左右するわけではありません。自分の人生の価値や幸せは、自分自身の内側にあります。自己肯定感を高め、リアルな価値観に基づき、自分だけの物語を創ることが重要です。
Q2. 自分の人生の主人公になるために具体的にどんな行動を取れば良いですか?
自分の価値観や夢を明確にし、小さな目標から始めて積み重ねることです。日常の中で自分が本当に望むことに意識を向け、他人の期待や比較を避けて、自分の選択を尊重しながら行動することが、人生の主人公になる第一歩です。
Q3. 他人の噂や比較に振り回されず、自分の価値を見つける方法はありますか?
自分の内面を見つめる時間を持つことが大切です。日記や瞑想、趣味に没頭することで、自分の本当の気持ちや価値観を見つけやすくなります。外部の評価に左右されず、自分だけの価値を認めることが、自己肯定感を育てます。
Q4. 過去に傷ついた経験を乗り越え、自分を取り戻すにはどうしたら良いですか?
心理学や自己啓発の知識を学び、自分の経験を整理し理解することが効果的です。専門家のサポートや自己反省を通じて、過去の傷と向き合い、自己肯定感を高めることが回復への道です。また、自然や身近な環境に価値を見出すことも助けになります。
Q5. 自分の人生の意味や価値はどのように見つければ良いですか?
自分の内側にある「やりたいこと」「大切にしたいこと」に耳を傾けることが重要です。人生の意味は他者や社会から与えられるものではなく、自分で創り出すものです。日々の小さな喜びや感謝を積み重ねることで、人生の価値や意味が見えてきます。


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