「虐待していないのに、『虐待者』として扱われている」
そう説明しても信じてもらえず、否定するほど「加害者が嘘をついている」と解釈される。さらに、その物語が家族の外へ広がり、まだ事情を知らない人からも、最初から悪者として見られてしまう。
これは、僕が長い間向き合ってきた体験です。
2026年9月7日、その体験と、そこから自己認識を取り戻すまでの過程をまとめたKindle本『家族が作った「虐待者の僕」』の販売がAmazonで始まりました。現在、Kindle Unlimitedの読み放題でもお読みいただけます。
最初に大切な範囲をお伝えします。この記事と本書は、虐待の訴えを一律に疑うものでも、現実の暴力や支配を軽く扱うものでもありません。家族の誰かを診断したり、その人間性のすべてを決めつけたりするための本でもありません。
僕自身の記憶、残っている記録、当時の体験、現在の解釈、そして心理学・社会学の研究を分けながら、「僕には何が起きていたのか」を確かめ直した記録です。
「虐待していないのに」と否定しても、終わらなかった
僕は家族の中で、「妹を毎日のように殴っていた人間」という物語を作られました。けれども、僕の記憶と認識では、そのような事実はありません。
本来なら、まず具体的な事実を確かめる必要があります。いつ、どこで、何があり、どのような記録や痕跡があるのか。一つずつ確認すれば、話の整合性も見えてくるはずです。
しかし、僕が置かれていた関係では、否定そのものが「虐待者だから隠している」という意味に変えられていきました。事実を説明する言葉が、事実確認の材料ではなく、僕をさらに疑う材料として使われたのです。
しかも、その物語は家族の中だけにとどまりませんでした。友人、知人、先輩、恋愛関係など、僕にとって大切な人間関係へ入り込み、相手が僕を見るための前提になっていきました。
失われたのは評判だけではありません。「自分の記憶は本当に正しいのか」「自分は自分が思っているような人間なのか」という、自分自身を知るための感覚まで揺さぶられました。
家族のスケープゴートになるということ
「スケープゴート」は、集団が抱えている不安、葛藤、責任、認めたくない問題などを、特定の一人に集中させる構図を表す言葉です。
本書では、僕が家族の中で担わされていたと感じる役割を理解するための視点として、この言葉を使っています。誰かの病名を推測するためでも、家族全員を一つの言葉で裁くためでもありません。
一度「この人が問題の原因だ」という役が固定されると、出来事を見てから人を判断する順序が逆転します。最初に「悪い人」という結論があり、その後に起きることが、すべてその結論に合うように解釈されてしまいます。
説明すれば「言い訳」、傷ついたと伝えれば「被害者ぶっている」、距離を取れば「無責任」。このような関係では、何をしても元の物語へ回収されてしまいます。
僕にとって家族のスケープゴートから抜けることは、家族を言い負かすことではありませんでした。他人が作った人物像と、自分が確かめてきた自分自身を、少しずつ切り分けることでした。
悪者の物語が広がると、自己認識まで削られる
人についての物語は、本人がいない場所でも広がります。先に聞いた説明が強いほど、その後の言葉や行動まで、その枠の中で見られやすくなります。
この体験を考えるうえで参考になった研究があります。
米国の心理学研究者サラ・ハーシー(Sarah Harsey)とジェニファー・フレイド(Jennifer J. Freyd)が2020年に発表した実験研究「DARVOが被害者・加害者の信用評価へ与える影響」では、否認、攻撃、被害者と加害者の立場の逆転を含む反応が示されると、第三者による当事者の信用性や責任の評価が動き得ることが報告されています。
また、米国の認知心理学研究者ヘンリー・ローディガー(Henry L. Roediger III)らが2001年に発表した実験研究「記憶の社会的伝染」では、別の人が伝えた誤った情報が、条件によっては本人の後の記憶報告に入り込むことが示されました。
米国の社会学者ペイジ・スウィート(Paige L. Sweet)は2019年の社会学的研究「ガスライティングの社会学」で、ガスライティングを個人の会話技法だけに縮めず、権力関係や社会的不平等の中で捉える必要があると論じています。
これらの研究が、僕の家族に何が起きたかを直接証明するわけではありません。研究が扱った対象や条件と、僕の体験は同じではないからです。一方で、物語、関係の力、第三者の判断、記憶への影響が、別々ではなく結びつく可能性を考えるための手がかりにはなりました。
20年以上かけて、「自分について知る権利」を取り戻した
25歳から26歳ごろの僕は、どこへ行っても同じ物語が追いかけてくるように感じ、出口を失っていました。自分がいなくなることまで考えるほど、追い詰められていました。
そこからすぐに答えが見つかったわけではありません。僕が続けたのは、書くことでした。
誰が何を言ったのか。僕は何を覚えているのか。記録から確認できることは何か。当時の感情は何だったのか。今の僕はどう解釈しているのか。研究が示していることと、まだ仮説にとどまることは何か。
これらを一つに混ぜず、何度も分け直していくうちに、他人の物語と自分自身の境界が少しずつ見えるようになりました。
自己理解は、自分に都合のよい物語を作ることではありません。間違っていた部分は認めながら、していないことまで自分の一部として背負わないことです。僕にとってそれは、「自分について知る権利」を取り戻す作業でした。
終わらせるべきだったのは、僕ではなかった。
終わらせる必要があったのは、僕の命ではなく、他人が作った物語の中で生き続けることでした。
本書では「事実・記憶・解釈・仮説」を分けています
この本では、強い体験を強い断定へ変えないために、次のものを意識して分けました。
- 記録などから確認できる事実
- 僕自身が覚えていること、当時感じていたこと
- 20年以上を経た現在の解釈
- 心理学・社会学の研究で示されていること
- 複数の資料と体験をつないで考えた仮説
研究用語を家族へ当てはめれば、それだけで真相が確定するわけではありません。だからこそ、集団的ガスライティング、DARVO、スケープゴーティング、関係性攻撃、認識的不正義、記憶の社会的伝染、真実性錯覚、三角関係化、親子間ガスライティング、逃げ場のなさといった概念を紹介しながら、それぞれが説明できる範囲と限界も記しました。
この本は、こんな経験を整理したい方へ
- 家族の中で「問題のある人」「悪い人」という役を背負わされてきた
- していないことを否定しても、説明を信じてもらえなかった
- 家族が作った話が、友人や知人など別の人間関係へ広がった
- 長く否定されるうちに、自分の記憶や感情まで疑うようになった
- 家族と離れた後も、頭の中で家族の評価が聞こえるように感じる
- 誰かを悪魔化するのではなく、記録と研究を手がかりに体験を整理したい
似た経験があっても、背景や事実は一人ひとり違います。本書は読者の状況を診断するものではありません。ただ、自分の中で絡み合っているものを分け、自分の目で確かめ直すための視点をお渡しできればと思っています。
「虐待していないのに」と検索して、このページに来た方へ
「虐待していないのに」という言葉で検索する方の中には、児童相談所への通告、学校や近隣からの疑い、警察への相談など、現在進行中の切迫した問題を抱えている方もいると思います。
本書は、そうした制度上・法律上の手続を解説する本ではありません。僕が扱っているのは、家族内で「虐待者」という役を作られ、その物語が人間関係へ広がった体験と、そこから自己認識を取り戻していく過程です。
現在進行中の通告や法的問題への対応が必要な場合は、この本だけで判断せず、事実と経過を記録したうえで、状況に合う公的相談窓口や法律の専門家へ相談してください。そのうえで、「疑われた経験によって自分自身の見方まで揺らいでいる」「家族の中で悪者の役から抜けられない」という部分を整理したいとき、本書がお役に立てるかもしれません。
Kindle版『家族が作った「虐待者の僕」』
- 書名:家族が作った「虐待者の僕」
- 著者:菅原隆志
- 発売日:2026年9月7日
- 形式:Kindle版・311ページ
- 価格:980円(2026年9月7日時点)
- Kindle Unlimited:読み放題対象
購入前に、Amazonの商品ページにある内容紹介と無料サンプルをご確認ください。文章の雰囲気や、本書が扱う範囲をご自身で確かめてからお読みいただけます。
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本書には、著者が過去に希死念慮や自殺の計画を抱えていた時期についての記述があります。現在の希死念慮を表すものではありませんが、心身の状態に合わせて無理のない範囲でお読みください。
この記事と本書は、著者個人の記録と考察、および心理学・社会学研究の紹介を目的とするもので、医療・法律上の診断や個別の助言に代わるものではありません。



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