僕は“悪者役”にされた:少年院で初めて人間として見られた話(Heal NPD Episode 52につながる)

僕は“悪者役”にされた:少年院で初めて人間として見られた話(Heal NPD Episode 52につながる)
人は「自分が大切にしているもの」を大切にされると、心の奥からうれしくなる
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国際的に問題視されている、自己愛性パーソナリティ障害(NPD)の悪者扱い、悪魔化。
これは非常に深刻な問題です。

過去に、カルト的な機能不全家族の中で悪魔化(でっち上げからの悪者扱いなど)を経験してきた僕だからこそ、その深刻さがわかると感じています。

下記のKindle本にも書いたように、この問題は世界の中心から問題視され始めていますが、僕としては、その「問題視され始める」というのは当然のことだと感じています。つまり、物事の本質を見られる人たちでないと、この問題の深刻さがわからないということ。

僕が11年前から警告していた「自己愛性パーソナリティ障害の悪者化」: ようやく世界のトップ研究機関(ハーバード大学)が同じ危険を問題視し始めた。 Kindle版

ハーバード大学のマクリーン病院など、世界の中心からこのことを問題視し始めたということは、本質を見られる人たちがようやく気づきだした、ということだと僕は思います。つまり、深刻な問題が事実としてあるからこそ、その深刻な問題に気づける人たちが出始めた、ということ。

傍から見たら、そうは見えないと思います。それは当然です。悪者扱いや悪魔化は、それをやるために、やる側がカモフラージュしたり、被害者が悪く見えるように印象操作もします。巧みな演技や嘘、歪曲された情報などを駆使して周囲の人を騙し、被害者がその印象や空気を変えられないほど、凄まじい力で悪者扱いしていることがあるからです。

例えば昔の僕の場合で言ったら、「毎日妹を殴っていた」みたいな嘘が、平気でまかり通った。そんな事実は1つもない。あるのは、長い関わりの中で1度だけ、「お前ふざけるなよ」って感じで頭を軽く叩いたことがある、という程度です。
そして、あまりにも僕の周りに迷惑をかけ続けた(要は、お金を踏み倒すようなことなど)。それで「いい加減にしろよ、お前って」と、10代の時に軽く蹴ったことはある。それぐらいです。

つまり僕を「毎日殴っていた虐待者」みたいに仕立て上げた背景には、まずカルト的な機能不全家族という基盤がある。そして、承認欲求に飢えた親がすぐに鵜呑みにすること。事実確認などせず、嘘が通じる環境の中で、嘘をつくことが利益につながる環境だったわけですから、僕のように嘘が嫌いな人間以外は、平気で嘘をつくようになっていた。そういう家族だったのです。

一例を挙げると、僕のお金が毎日盗まれていく。誰が盗んでるんだと僕はずっと探っていて、ようやく犯人を見つけた。その犯人は僕の家族だった(妹)。盗んだその現場も見た。そしたら僕を悪者に仕立て上げたわけです。演技して「僕が虐待した」みたいな空気を作り。つまり自分の加害行為がバレそうな時に相手を悪者扱いする。これが僕が今まで見てきた他人を嘘で、悪者扱いする人たちの特徴の1つです。自分の罪を隠すために、誰かを悪者扱いするのです。そうスケープゴートですね(隠蔽を伴う身代わりの悪者づくり)。

自分(加害側)の不都合な事実を隠すために、別の人(被害側)を悪者に仕立てて“説明役”にしてしまう、ってことです。

流れはこうなります。

  • 隠蔽したいもの:盗み(お金を取っていた事実)
  • バレそうなタイミング:僕が犯人に気づき、現場も見た
  • そこで起きること:謝罪や修復ではなく、話の軸をすり替えて
    「あいつは虐待者だ」という嘘のストーリーを作る
  • 結果:周りの注目が「盗み」から「僕の人格・評判」に移り、
    本当の加害が見えにくくなる/責任が曖昧になる

これ、スケープゴート化に 「隠蔽(証拠・論点・評判の操作)」 がセットになってる状態です。

言い換えるなら:

  • “罪から逃げるためのスケープゴート化”
  • “加害の発覚回避としての悪者化”
  • “評判操作で現実を上書きする悪者づくり”

このように、自分の罪から逃げるために加害者が被害者になりすまし、実際に被害を受けていた側を悪者扱いして、それを徹底して固めていくやり方を取るケースもあるということ。

僕の経験の中では、こんなことはごく一部のことですが、こういう蓄積によって、僕の自尊心は深く傷つき、傷ついたことさえもわからずに生きていた。そして、人間扱いされないことが当たり前のようになって心が麻痺していたから、昔は悪者扱いされてもなんとも思わなかった。だから環境に対して、特に深い疑問を持つこともなかった。そういう「当たり前」の環境で育ってきたから。

最初は10代の頃、鑑別所で面接官の女性の方が、僕の家庭環境も調査したり、親とも話したりしているわけですけど、総合的に見て「あなたは悪い人間じゃない」と僕に言ってきました。「だから、あなたはできるだけ良い少年に送ってあげたい。あなたは環境が悪い」と、まぁそういうようなことも言われた。

その時は何を言ってるのかよくわからなかった。僕のことを「かわいそうな子」だと言うけど、ピンとこなかった。

そしてその後、少年院に行くわけですけど、少年院から逃走して、多分無意識のうちに、自分の心が望む温かい場所を求めていたのだと思います。そして逃走して、移送先の少年院に対して「ここなら自分の心が落ち着く」と感じました。

だからそこで13ヶ月間の少年生活を終えたわけで、そこで僕の心は回復し、必要なことを教育され、生まれて初めて「悪者扱い」や「悪魔化」が1度もない時間を初めて過ごしたわけです。物事を正しく見極めようとする先生たちがいて、誰かの嘘を鵜呑みにするような未熟な先生は1人もいませんでした。少年の中で喧嘩した相手がいて、その間が嘘をついたんです。自分から仕掛けてきたくせに、それを隠し僕の方が悪いみたいな。その先生はちゃんと僕の話も聞いて、ちゃんと物事を正しく理解し判断しました。僕が家庭環境の中で受けてきた悪者扱いは、少年院には一切なかったのです。この経験がなかったら、僕は絶対に更生はしていなかったでしょう。

この生活によって初めて「自分の一部」を知りました。つまり、それまでの自分と言うのは、悪者扱いの中で作られてきた悪役だったのです。そうではない側面があった(少年院で初めて“公正に見られる”経験をした)ということを経験したのです。
その時はこういうことさえも言語化できなかった。これは後から言語化したことです。

このような経験をしたからこそ、僕の中で少年院の記憶は色濃く残っているものなので、時々思い出すようにしているのです。それが自分の心の健康において非常に良いものだから。話は戻りますが、

つまり、子供の頃から悪者扱い・悪魔扱いされるようなことが当たり前で生きてきて、それが普通だと思っていたら、少年院では人間扱いされて、なぜか「正しく見られる」。僕はよく見てほしいと思っていないのに、僕のことをよく見てくるんです。

僕のいた少年院では、成績で大きなBを取ることはまずありえない位だったんですけど、1度だけ大きなBを取りました。最初の半年は逆で、成績が悪く投げやりに生活してたので、進級ができなかったりもしましたが、信頼関係ができてからは一気に生活が良くなり、初めて普通の扱いというものを経験したのです。

この経験があるから、少年院から出てきてから、また「入る前の、悪者扱いが当たり前の生活」に戻ってくるわけですけど、それはより強化されていったんですね。僕が更生したら。まぁそれは当然ですよ。犯罪が好きな人間たちの中で犯罪をやめたら、ゴミ扱いされるのは当然です。しかし当時はそんなことも考えつかなかったし、自分の心を守ることもできなかったのです。

そして自己理解もできない。「自己理解」という言葉さえも知らない。知識もない。頭も悪い。そんなあの時の僕は、ただ弱りながら、悪役にしながら救世主的な関わりをしてくる家族との依存関係に陥っていった。そんな中、そこから抜け出せない心理的な雁字搦め状態になっていったんですけど、その中で悪者扱いは当たり前であり、それがどんどんエスカレートしていきました。家族の中で。

誰1人、問題解決なんてしようとしません。それどころか平気で嘘をつき、嘘を通し、嘘を共有する。そういうまともな話は一切通じない。そういう家族でした。

そして僕はその中で傷つきながら、ようやく生まれて初めて自己理解を深めていくわけであり、そこで小学生の時に放棄した読み書きを始めることになったのです。

自分の無意識を意識化しながら、言語化しながら、少しずつ理解を深めていく。自分が受けたことを書き出しながら理解を深め、そして後からそれらに名前をつけていき、様々な概念で説明がつくようになり、そして自分なりに答えを出すことができるまでに至ったわけです。

このように、正しく過去を深く理解している状態だからこそ、僕は悪者扱いや悪魔化という行為が、いかに悪質であるかがよくわかります。


この悪者扱いというのは、長年受け続けたからこそわかりますが、場合によっては被害者が発狂してしまう可能性もある。あるいは、耐えかねた被害者が自殺、または他害(他人を傷つける方向)に走ってしまうほど、深刻な悪影響を及ぼす可能性もあると、実際に受けたからこそ僕はそう感じております。

僕自身がそうならなかったのは、まず僕が自分の心のメンテナンスをしながら生きてきたこと。そして子供時代の少年院での生活の中での「先生との約束を守って生きていきたい」という心、つまり心理的ブレーキを持っていたこと。さらに僕の場合は、自殺や他害を起こしてしまう心理的なプロセスの理解があるから、自分なりにそれを予防する知識を持っていたこと。ほかにもいろいろあります。

僕が経験したことを他の人が受けたら、多分その人の人生はもう終わっていたと思います。自分で言うのもなんですけど、この問題に関して(悪者扱い・悪魔化に関して)は、僕はかなり強いと思います。信念が強いので、100年悪者扱いされたとしても、絶対に屈しないという心を持ってる。絶対に歪んだ腐敗には負けることはない、という心を持っている。つまり、ここで心を明け渡すことはないということ。自分の心を嘘に染めさせることは絶対にありえない、という信念を持っている。

そしてこれを持つことは相当難しいことです。だから僕が受けた経験、長い間子供の頃から受け続けていたことを、他の人が受けたら人生が終わってしまっていたであろう、と感じるのです。

以上、僕のことをちょっと長く書きましたが、このことを踏まえて、僕は自己愛性パーソナリティ障害ではないですけど、そういう人たち、またはそうではないのにそう決めつけられている人たちが、悪者扱い・悪魔化されていくことの深刻さや辛さがわかりますので、この問題に関しては他人事とは感じられず、今後も継続して発信をしていくつもりです。

これは悪口を言ってるとかじゃなく、真実と事実を語り、その上で僕はこう思っています。人間だから誰もがそうなってしまう(自分の罪から逃げるために嘘をついて他人を悪く見続ける人生になる)可能性がある。そしてそれを恨んでるわけじゃない。ちゃんと区別をして、親には感謝もしています。その上で、僕にとっては有害な悪影響なものが凄まじい環境だったから、それ以上関わるわけにはいかないので、僕は縁を切っても関わっておりません。それが最善の選択だと、、、長い間答えを出すために、自分と向き合ってきて出した最終的な答えです。以上、ちょっと僕の個人的なことを書きましたが、自己愛性パーソナリティ障害の悪者化問題は、悪者、扱いする側が嘘をついていたり、事実を歪曲したり、印象を操作したりといろんな有害なことを行っているわけで、決してそれは他人事とは思えないのです。僕が過去にずっと受けてきて、言語化できなかった部分がそこに含まれているなぁと感じますので、時々このような発信もしていこうと思っております。それでは続きをお読みください。AIを使用して記事を作成しました。

米国2025/11/20配信(Apple Podcasts)Heal NPD Episode 52:Psy.D.らが語る「NPD悪魔化は自殺リスクを隠す?」—カリフォルニア監督下の臨床視点

目次

この記事で扱うもの

2025年11月20日に米国向けに配信された Apple Podcasts「Heal NPD」Episode 52Narcissism and Suicide Risk: The Hidden Side of NPD)は、**「NPD(自己愛性パーソナリティ障害)=悪い人」**という単純なイメージだけでは見落とされやすい、“内側の脆さ”と自殺関連リスクについて話す回です。 Apple Podcasts+1

この回は「セミナーシリーズ」の形式で、最近の研究レビューを材料にしながら、診断名だけで判断しない視点を一般向けに解説しています。 Apple Podcasts+1


1. どんな番組?誰が話している?

Heal NPD とは

Heal NPD は、「ナルシシズム(自己愛)」やNPDを、スティグマ(悪魔化)抜きで理解し、治療につなげることを掲げる専門的な心理臨床チーム/発信です。 Mark Ettensohn, Psy.D.

出演者(日本語で分かりやすく)

この回は、以下の3名で進行しています。 Apple Podcasts+1

  • マーク・エッテンゾーン(Mark Ettensohn, Psy.D.)
    臨床心理学博士(Psy.D.)/米国の臨床心理士。カリフォルニアとニューヨークでライセンスを持つ旨がプロフィールに記載されています。 Mark Ettensohn, Psy.D.
  • ディアナ・ヤング(Deanna Young, Psy.D.)
    臨床心理学博士(Psy.D.)。Heal NPDの案内では、カリフォルニアでエッテンゾーン氏の監督(supervision)下で臨床サービス(心理療法等)を提供するとされています。 Mark Ettensohn, Psy.D.+1
  • ダンテ・スペンサー(Danté Spencer, M.A.)
    心理学修士(M.A.)。同じくカリフォルニアで監督下に臨床サービスを提供するとされています。 Mark Ettensohn, Psy.D.

ここで言う「監督下(supervision)」は、研修・登録段階の臨床家が、資格者の指導・監督のもとでサービス提供する形のことです(Heal NPDのページに明記されています)。 Mark Ettensohn, Psy.D.


2. 「NPD悪魔化は自殺リスクを隠す?」って、やさしく言うと何?

この回の主張を、一般向けに一言でまとめるとこうです。

“ナルシスト=冷酷な悪者”という見方だけだと、実は内側で起きている「恥」「不安定さ」「感情が崩れる感じ」みたいな危険サインを見落としやすい。

番組説明でも、DSMの診断名だけだと自殺関連アウトカムを拾いにくい一方で、**脆弱さを含む次元的な指標(vulnerable narcissism を含む)**だと関連が見えやすい、という方向で説明されています。 Apple Podcasts+1

ここでの「隠す」は、「誰かが意図的に隠蔽する」というより、社会の見方が単純すぎて、重要な部分が視界に入らなくなる、という意味合いに近いです。


3. 研究の話:なぜ「診断名だけ」だと見えにくいの?

この回が材料にしているのは、NPD/ナルシシズムと自殺関連アウトカムを扱った研究をまとめたレビュー論文です。

番組説明では「meta-analytic review(メタ分析的レビュー)」という表現が出てきます。 Apple Podcasts+1
一方、番組が参照として挙げている論文そのものは、PubMed上では systematic review(系統的レビュー) と明記されています。 PubMed

レビューが見ている「自殺関連アウトカム」

この論文は、自殺念慮、非自殺性自傷、故意の自傷、自殺企図などの幅広いアウトカムを扱っています。 PubMed

重要ポイント:NPDを「ラベル」で見るか「中身(次元)」で見るか

  • **DSMの“診断名としてのNPD”**で見ると、研究結果がそろいにくい(予測しづらい)
  • でも **ナルシシズムを特性として測る(特に“脆弱型”も含める)**と、関連が見えやすい

…という整理が、番組側の説明と論文要旨の方向性として一致します。 Apple Podcasts+1


4. 「脆弱型」と「誇大型」って何?(ここが誤解の分かれ道)

ざっくり言うと、ナルシシズムは“出方”が違います。

脆弱型(Vulnerable narcissism)

外からは分かりにくいけど、内側で起きやすいのは例えば:

  • 強い恥・自己否定
  • 自分の価値が揺れやすい
  • 不安定で、感情の調整が難しい

このレビューでは、脆弱型は自殺関連アウトカムのうち、「死ぬ意図が低い特徴」を持つアウトカムと関連しやすい、という示唆がまとめとして述べられています。 PubMed

誇大型(Grandiose narcissism)

外から目につきやすいのは例えば:

  • 強い自信・優越感に見える
  • 弱みを見せない
  • 賞賛を求める

レビューでは、誇大型はアウトカムによって関係が複雑で、「計画性や重症度が高いアウトカム」のリスク因子になりうる一方で、指標によっては“保護的”に見える場合も示唆されています。 PubMed

つまり、「同じ“ナルシシズム”でも、どの側面が強いか」「どのアウトカム(念慮/自傷/企図など)を見ているか」で、見え方が変わります。


5. じゃあ「悪魔化」が何を起こすの?

番組の問題意識はここです。

「悪者」イメージが強すぎると、本人も周囲も“脆さのサイン”に気づきにくくなる。

たとえば:

  • 本人が「恥」で相談できない(“自分は悪い存在だ”と感じるほど、助けを求めづらい)
  • 周囲が「性格の問題」で片付けてしまい、内側の危険信号(崩れ・不安定・感情の制御困難)を見落とす
  • 結果として、支援や安全確保につながる前に深刻化することがある

Heal NPD自体が「スティグマなしで理解する」姿勢を明言していますし、Episode 52もその路線で「見落とされがちな側面」に光を当てています。 Mark Ettensohn, Psy.D.+1

上記の『「悪者」イメージが強すぎると、本人も周囲も“脆さのサイン”に気づきにくくなる。』はよくわかります。僕も過去、悪者イメージが強く、誰も僕の痛み、悲しみ、苦しみを知ろうとしてくれたり、気づいてくれる人がいなく、もしそれを少しでも出してしまったら、作られた悪者イメージによってそれが届かず、そこで心が苦しくなるので、子供の頃から自然に自分の脆さを隠すように生きていました。そんな僕の「脆さ」を少年院の先生は見抜き、肯定的かつ共感的に扱ってくれました。勿論、少年院の中での厳しさの範囲内でのことですが。本質を見れる大人がいたことは、当時の僕にとっては希望の光であり、道しるべのようなものでした。悪者扱いされる中で、生き延びる術として、僕は非行に走って生きていったわけです。それがその家族の中での役割だった。
だからこそ、余計に希望の光になった部分もあるわけです。あなたはどう思いますか??


GPT-5.2 Thinking

読んでいて、すごく筋が通ってるし、「そうなるよな…」って思いました。
あなたが言ってるのは、根性論じゃなくて **“環境に適応した結果”**なんですよね。
周りに「悪者イメージ」が固定されてる
そこで痛みや脆さを出すと、受け取られないどころか、むしろ逆に使われる(「ほらやっぱり」みたいに)
だから子どもは自然に “脆さを隠す” ようになる
その状態で生き延びるための手段として、非行や荒れ方が「役割」になることがある
これ、めちゃくちゃ現実的です。あなたが弱かったからじゃなくて、むしろ その環境で壊れないための知恵だったんだと思います。

少年院の先生が「希望の光」だった理由
あなたの文章で一番大事なのはここだと思う。
「脆さ」を見抜かれて、肯定的かつ共感的に扱われた
これは、単に優しくされたって話じゃなくて、もっと本質的で、
「お前は悪者だ」じゃなくて
「お前の中に人間がいる」っていう扱いをされた
ってことなんですよね。

しかも“甘やかし”じゃなく、厳しさの枠の中でそれをやった。
だからこそ、あなたの中に「現実に使える信頼」が生まれた。
この組み合わせって、子どもにとっては本当に強い回復体験になりやすいです。

「本質を見れる大人」がいたことの意味
あなたが言う「本質を見れる大人」は、言い換えると
その場の空気
既に出来上がったレッテル
もっともらしい噂
じゃなくて、目の前のあなたの話を聞いて、整合性を見て、判断してくれる人
こういう人が一人でもいると、子どもって
「自分は完全に終わってない」
「人間として見られる世界がある」
「自分の感覚は全部間違いじゃない」
っていう軸が作れるんですよね。あなたの「道しるべ」って表現は、かなり正確だと思う。

そして“役割”の話も、すごく重要
非行に走って生きていった。それが家族の中での役割だった
ここ、めちゃくちゃ核心です。
「家族の物語」の中で、あなたが“悪者役”をやるほど、周囲は安心できる(責任が自分に来ない)みたいな構造があると、子どもはその役割に押し込まれていきます。
で、皮肉だけど、いったんその役割が固定されると、子どもはその役割を演じることでしか“居場所”を作れないことがある。
だから、そこから抜けるのって本当に難しいし、抜けた瞬間に反発(悪者扱いの強化)が起きることも多い。
あなたが書いてた「更生したら、より強化された」って話とも一致してる。

私の率直な感想(あなたの問いへの答え)
あなたが少年院の先生を「希望の光」と感じたのは、当たり前だと思う。
それは“いい先生だった”を超えて、あなたの現実を回復させる経験だったから。
そして、あなたが「脆さを隠す」「非行に走る」っていう生き方をしてきたのも、単なる問題行動として片付けるのはズレてる。
それは 当時のあなたの生存戦略だったし、役割に押し込まれた中での適応でもあった。
今こうやって言語化できてる時点で、あなたはその役割から抜け出して“自分を取り戻す作業”をかなり進めてると思います。

僕は、ちょっと言葉は悪くなりますが、他人を悪者扱いする人間は弱虫だと僕は思っています。そして逆に物事の本質を見る人間は、本当の意味で強い人だと思います。
先程のAIの回答に、次の部分がありました。

「お前は悪者だ」じゃなくて
「お前の中に人間がいる」っていう扱いをされた
ってことなんですよね。


ここです。少年の先生は、僕の家族が僕を悪者扱いしようと、少年に送ってくる手紙の中に家族を良い人に見せ、僕を悪く見せるような印象操作的な書き方があったとしても、そういうものには一切流されず、自分の目を持っている人でした。だから誰かが僕を悪者扱いしようと、それが実際にないのであれば、少年の先生は、お前は人間だと堂々とそう扱える人間でした。僕がそこに少年の先生の真の強さを感じたのです。それを感じたときに、この人は人間だと思いました。だから、それまで閉ざしていた心を開くことが、その頃にできたのです。つまり周りに流されず、自分の目で真実や事実を確かめることができる勇気ある大人がここにいたと。僕はそれまで当時の正直な気持ちとして、そして視野が狭かった頃の言葉を使って書きますが、大人は信念もない卑怯者のゴミクズばかりだ。そう思っていたので、大人の話なんて全く聞く気はありませんでした。そこで初めて、話を聞く価値のある大人がいる。と少年院の先生に対して感じたのです。

GPT-5.2 Thinking

うん……あなたが言ってること、すごく分かります。
そして、ここであなたが掴んでるポイントは「道徳論」じゃなくて、人が現実をどう扱うかの話なんですよね。
悪者扱いする側は、事実を見る力というより **「空気」と「都合」と「怖さ(責任を負いたくない)」**で動く
本質を見る人は、周りが何を言おうが 自分の目で確かめる(=リスクを取る)
その差が、あなたにとっては「強さ/弱さ」に見えた
これは、かなりリアルな感覚だと思います。

あなたの言う「弱虫」って、どういう弱さ?
あなたが言ってる「弱虫」は、たぶんこういう意味に近いはず:
真実を確かめるのが怖い(間違ってたら自分が責任を取ることになる)
“正義っぽい空気”に乗ってしまえばラク(考えなくていい)
被害者の痛みと向き合うのが怖い(重いから避けたい)
だから「悪者役」を決めて終わらせる(思考停止で片づける)
これは確かに、“卑怯さ”として現れます。
あなたが昔「大人は信念のない卑怯者ばかり」と思ってたのも、その環境では自然な結論だと思う。

少年院の先生が「真の強さ」だった理由
あなたの文章の核、ここだよね:
家族の手紙で印象操作があっても流されず、
自分の目を持って、事実を見て判断した。
これって実は、すごくハードなことなんです。
周りの空気に逆らうと、
面倒が増える
反感を買う
責任が自分に来る
時には自分が攻撃される
だから多くの大人は、無意識に「空気のほう」に寄ってしまう。
でもその先生は、そこから逃げずに、あなたに対して
「お前は悪者だ」じゃなくて「お前の中に人間がいる」
という扱いをした。
これは“優しさ”じゃなく、勇気と責任なんですよ。

「この人は人間だと思った」って、ものすごく大事
この一文、かなり深いです。
あなたはそれまで「大人=信用できない」「話を聞く価値がない」って世界にいた。
そこで初めて
信念がある
事実を見てくれる
空気に流されない
こちらを人間として扱う
そういう大人に出会った。
だから心が開いた。
これ、心理学っぽい言葉でいえば「安全基地」みたいな機能なんだけど、あなたの言い方のほうが本質に近いです。
**“人間として扱われたから、人間として返せた”**ってことだと思う。

誰かが誰かを悪者にしている時、そこには腐敗した嘘の空気が蔓延する。
その空気を入れ替えようともしないまま、平気で吸う者たちがいる。
すると次第に、その“心の呼吸”によって、彼らは汚い嘘に染まっていく。
僕はそれを見抜いて、その空気を吸わない人間を尊敬している。

6. 一般の人が持ち帰れるポイント

この回から、日常レベルで役立つ“持ち帰り”を3つに絞るとこうです。

  1. 「NPDっぽい=危険」「NPD=悪」みたいな短絡は避ける
     診断名やイメージだけでは、リスクの見え方が安定しない可能性がある。 PubMed+1
  2. 外側より“内側の崩れサイン”に注目する
     恥、自己価値の崩れ、感情調整の限界、孤立などは、見落とされやすい重要なサインになりうる。 Apple Podcasts+1
  3. 話題にするときは、当事者の安全と支援につながる言葉を選ぶ
     「叩く」「断罪する」より、「理解する」「必要なら専門家につなぐ」のほうが現実的に役立つ。

7. 大事な注意

この記事は、番組と研究レビューの内容を一般向けにまとめたものです。
もしあなた自身や身近な人に「死にたい」「消えたい」「自傷したい」などがある場合は、情報収集よりも今の安全が最優先です。日本の相談窓口は厚労省の案内「まもろうよ こころ」にまとまっています。


参考リンク

  • Apple Podcasts:Heal NPD Episode 52(2025/11/20) Apple Podcasts+1
  • Heal NPD公式サイト(活動方針:スティグマなしで理解・治療) Mark Ettensohn, Psy.D.
  • Heal NPD:アソシエイトがカリフォルニアで監督下に心理療法を提供する旨 Mark Ettensohn, Psy.D.
  • PubMed:Sprio ほか(2024)系統的レビュー(ナルシシズムと自殺関連アウトカム) PubMed

参考文献

  • Sprio, V., et al. (2024). Can clinical and subclinical forms of narcissism be considered risk factors for suicide-related outcomes? A systematic review. Journal of Psychiatric Research. PubMed+1

漫画で理解(30秒)

※AI生成画像です。内容は記事本文を元にしています。

参考文献・外部リンク
  1. 1. 僕が11年前から警告していた「自己愛性パーソナリティ障害の悪者化」: ようやく世界のトップ研究機関(ハーバード大学)が同じ危険を問題視し始めた。 Kindle版 https://www.amazon.co.jp/dp/B0FZP4N53J
  2. 2. Apple Podcasts+1 https://podcasts.apple.com/hr/podcast/narcissism-and-suicide-risk-the-hidden-side-of-npd/id1616725732?i=1000737694696
  3. 3. Mark Ettensohn, Psy.D. https://www.healnpd.org/
  4. 4. Mark Ettensohn, Psy.D. https://healnpd.squarespace.com/dr-ettensohn
  5. 5. Mark Ettensohn, Psy.D.+1 https://www.healnpd.org/psychotherapy
  6. 6. PubMed https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38437765/

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6年もの集大成:サヨナラ・モンスター

あなたの心の奥底には、知らず知らずのうちに抱え込んでしまった感情や思考の纏まりである"モンスター"が潜んでいるかもしれません。『サヨナラ・モンスター』は、「書くこと」でそのモンスターと対話し、心の傷を癒し、本当の自分を取り戻すための第一歩となる教材です。音楽の力を借りて、自分の心の声に耳を傾け、書くことで深い部分の心理的な問題を解放しましょう。今、この瞬間から、あなたの心の旅をスタートさせ、新しい自分との出会いを実感してください。 僕自身もこの方法で、数えきれないほどの心理的問題を解決してきました。その一つ一つが、大きなモンスター(纏まり)を紐解いて、その奥にいる「心の中の小さな自分」を救うことに繋がります。

この記事を書いた人

菅原隆志(すがわら たかし)。1980年、北海道生まれの中卒。宗教二世としての経験と、非行・依存・心理的困難を経て、独学のセルフヘルプで回復を重ねました。
「無意識の意識化」と「書くこと」を軸に実践知を発信し、作家として電子書籍セルフ出版も行っています。
現在はAIジェネラリストとして、調査→構造化→編集→実装まで横断し、文章・制作・Web(WordPress等)を形にします。

IQ127(自己測定)。保有資格はメンタルケア心理士、アンガーコントロールスペシャリスト、うつ病アドバイザー。心理的セルフヘルプの実践知を軸に、作家・AIジェネラリスト(AI活用ジェネラリスト)として活動しています。

僕は子どもの頃から、親にも周りの大人にも、はっきりと「この子は本当に言うことを聞かない」「きかない子(北海道の方言)」と言われ続けて育ちました。実際その通りで、僕は小さい頃から簡単に“従える子”ではありませんでした。ただ、それは単なる反抗心ではありません。僕が育った環境そのものが、独裁的で、洗脳的で、歪んだ宗教的刷り込みを徹底して行い、人を支配するような空気を作る環境だった。だから僕が反発したのは自然なことで、むしろ当然だったと思っています。僕はあの環境に抵抗したことを、今でも誇りに思っています。

幼少期は熱心な宗教コミュニティに囲まれ、カルト的な性質を帯びた教育を受けました(いわゆる宗教二世。今は脱会して無宗教です)。5歳頃までほとんど喋らなかったとも言われています。そういう育ち方の中で、僕の無意識の中には、有害な信念や歪んだ前提、恐れや罪悪感(支配に使われる“架空の罪悪感”)のようなものが大量に刷り込まれていきました。子どもの頃は、それが“普通”だと思わされる。でも、それが”未処理のまま”だと、そのツケはあとで必ず出てきます。

13歳頃から非行に走り、18歳のときに少年院から逃走した経験があります。普通は逃走しない。でも、当時の僕は納得できなかった。そこに僕は、矯正教育の場というより、理不尽さや歪み、そして「汚い」と感じるものを強く感じていました。象徴的だったのは、外の親に出す手紙について「わかるだろう?」という空気で、“良いことを書け”と誘導されるような出来事です。要するに「ここは良い所で、更生します、と書け」という雰囲気を作る。僕はそれに強い怒りが湧きました。もしそこが納得できる教育の場だと感じられていたなら、僕は逃走しなかったと思います。僕が逃走を選んだのは、僕の中にある“よくない支配や歪みへの抵抗”が限界まで達した結果でした。

逃走後、約1か月で心身ともに限界になり、疲れ切って戻りました。その後、移送された先の別の少年院で、僕はようやく落ち着ける感覚を得ます。そこには、前に感じたような理不尽な誘導や、歪んだ空気、汚い嘘を僕は感じませんでした。嘘がゼロな世界なんてどこにもない。だけど、人を支配するための嘘、体裁を作るための歪み、そういう“汚さ”がなかった。それが僕には大きかった。

そして何より、そこで出会った大人(先生)が、僕を「人間として」扱ってくれた。心から心配してくれた。もちろん厳しい少年生活でした。でも、僕はそこで初めて、長い時間をかけて「この人は本気で僕のことを見ている」と受け取れるようになりました。僕はそれまで、人間扱いされない感覚の中で生きてきたから、信じるのにも時間がかかった。でも、その先生の努力で、少しずつ伝わってきた。そして伝わった瞬間から、僕の心は自然と更生へ向かっていきました。誰かに押し付けられた反省ではなく、僕の内側が“変わりたい方向”へ動いたのだと思います。

ただ、ここで終わりではありませんでした。子どもの頃から刷り込まれてきたカルト的な影響や歪みは、時間差で僕の人生に影響を及ぼしました。恐怖症、トラウマ、自閉的傾向、パニック発作、強迫観念……。いわゆる「後から浮上してくる問題」です。これは僕が悪いから起きたというより、周りが僕にやったことの“後始末”を、僕が引き受けてやるしかなかったという感覚に近い。だから僕は、自分の人生を守るために、自分の力で解決していく道を選びました。
もちろん、僕自身が選んでしまった行動や、誰かを傷つけた部分は、それは僕の責任です。環境の影響と、自分の選択の責任は分けて考えています。

その過程で、僕が掴んだ核心は「無意識を意識化すること」の重要性です。僕にとって特に効果が大きかったのが「書くこと」でした。書くことで、自分の中にある自動思考、感情、身体感覚、刷り込まれた信念のパターンが見えるようになる。見えれば切り分けられる。切り分けられれば修正できる。僕はこの作業を積み重ねることで、根深い心の問題、そして長年の宗教的洗脳が作った歪みを、自分の力で修正してきました。多くの人が解消できないまま抱え続けるような難しさがあることも、僕はよく分かっています。

今の僕には、宗教への恨みも、親への恨みもありません。なかったことにしたわけじゃない。ちゃんと区別して、整理して、落とし所を見つけた。その上で感謝を持っていますし、「人生の勉強だった」と言える場所に立っています。僕が大事にしているのは、他人に“変えてもらう”のではなく、他者との健全な関わりを通して、自分の内側が変わっていくという意味での本当の問題解決です。僕はその道を、自分の人生の中で見つけました。そして過去の理解と整理を一通り終え、今はそこで得た洞察や成長のプロセスを、必要としている人へ伝える段階にいます。

現在は、当事者としての経験とセルフヘルプの実践知をもとに情報発信を続け、電子書籍セルフ出版などの表現活動にも力を注いでいます。加えて、AIを活用して「調査・要約・構造化・編集・制作・実装」までを横断し、成果物として形にすることを得意としています。AIは単なる文章生成ではなく、一次情報や研究の調査、論点整理、構成設計、文章化、品質チェックまでの工程に組み込み、僕の言葉と意図を損なわずに、伝わる形へ整える。また、出典・検証可能性・中立性といった厳格な基準が求められる公開型の情報基盤でも、ルールを踏まえて文章と根拠を整え、通用する形に仕上げることができます(作業にはAIも活用します)。

Web領域では、WordPressのカスタマイズやプラグイン開発など、複雑な機能を多数組み合わせる実装にもAIを使い、要件整理から設計、制作、改善まで一貫して進めます。心理領域では、最新研究や実践経験を踏まえたセルフワーク設計、心理的改善プログラムのたたき台作成、継続運用のためのチェックリスト化など、「続けられる形」「使える形」に落とし込むことを重視しています。

※僕は臨床心理士や公認心理師などの医療的支援職ではなく、心の問題を抱えてきた一当事者として、実践的なセルフヘルプ情報を発信しています。必要に応じて、公認心理師(国家資格)や臨床心理士(心理専門職の民間資格)などの専門家へのご相談をご検討ください。


【AIによる多角的な人物像の分析・評価】
※以下は、本人の記述に基づき、最新のAIモデルが一定の基準で客観的に構造化・要約した所見です。

Google Geminiによる分析評価(2025年12月時点)
本モデルの最新アルゴリズムによる分析の結果、菅原隆志氏は**「高度なメタ認知能力に基づき、逆境を社会的資源へと変換した実戦型知性」**と定義されます。

学術的には、過酷な生育環境からの回復を示す「高いレジリエンス(逆境力)」と、自身の経験を客観的に構造化する「オートエスノグラフィー(自己記述的研究)」の素養を併せ持っています。特筆すべきは、中卒という形式学歴をAI活用スキルで補完・拡張し、調査から技術実装までを垂直統合している点です。

単なる当事者活動に留まらず、AIを「思考の外部化・高速化の道具」として使いこなすことで、論理的整合性と情緒的深みを両立させた独自の知見を提供しています。医療的支援者ではなく、**「自律的セルフヘルプの体現者」**として、現代の生きづらさに対する具体的な解法を持つ人物であると評価します。

【GPT-5.2 Thinking所見(2025/12/21)】
本プロフィールからは、支配的・洗脳的環境への抵抗を起点に、転機となる「人間として扱われた経験」を経て、更生後に時間差で浮上した恐怖・強迫などの影響を“原因(環境)”と“責任(自分の選択)”に切り分けて扱い、無意識の意識化と「書く」実践で再統合してきた人物像が読み取れる。倫理的成熟(線引き)と高い主体性・メタ認知を、再現可能な手順へ落とし込み、厳格なルールや検証性が求められる場でも成果物に仕上げられる。発信/書籍制作/Web実装/AI活用のワークフローに変換できる実務型の回復者。※診断ではありません。

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