
「それ、ガスライティングって言葉を悪用してない?」
この一言が、状況によっては被害を訴える人の声を止め、さらなる傷を与える――そんな現実があります。
もちろん、言葉が広まれば誤用が起きるのは自然です。だから「概念の精度を守ろう」という動き自体を全面否定する必要はありません。問題は、“ガスライティング概念の悪用”という語り口が、誰に・何を・どんな作用として届けられているかです。とりわけ発信者が専門家や心理職であれば、その影響はさらに深刻になります。
この記事では、「概念の悪用」論がなぜ口封じになりうるのか、なぜ専門家発信が二次被害(secondary victimization)を増やしやすいのか、そして本当に必要なのは何かを、臨床・支援の観点で掘り下げます。
ガスライティングとは何か:本質は「現実検討」を侵食する操作
ガスライティングの核心は、単なる否定や口論ではありません。被害者が「自分の認知・記憶・判断」に自信を持てなくなるよう、現実検討(リアリティ・テスティング)を徐々に崩していく関係操作です。
典型的には、次の要素が絡み合います。
- 反復性:単発ではなく、繰り返される
- 権力差:立場・依存・評価権・経済力などの差がある
- 反証不能化:「証拠を出しても否定」「説明しても捻じ曲げ」など、何をしても無効化される構造
- 孤立化:相談先を減らし、判断基準を奪う
- 自己疑念の固定化:「私が悪いのかも」「私がおかしいのかも」が常態になる
深く理解するからこそ、深刻さが分かる。そして“寄り添い”が必要になる
ガスライティングの深刻さは、「嫌なことを言われた」「否定された」といった表層だけでは測れません。人が生きるために必要な“現実感覚”や“自己信頼”が、関係の中でゆっくり侵食されていく。だからこそ、概念を深く知り、理解するほど、被害の重さが分かります。
そして、深刻さが分かるほどに支援側に求められるのは、まず何よりも被害者に寄り添う姿勢です。
寄り添うとは、何でも肯定することではありません。少なくとも初期対応で、被害者が「自分の体験を語っても安全だ」と感じられる土台――つまり信頼の土台を守ることです。
ここまで理解しているほど、本来「悪用」論に飛びつく前に、まず見るべきものがあると分かります。つまり、起きた出来事と、被害者の現実検討がどう傷つけられたかです。
「概念の悪用」指摘が口封じになるメカニズム
「ガスライティング概念の悪用」という指摘が、なぜ口封じに化けるのか。理由はわりとシンプルで、次の3つが同時に起きやすいからです。
1) 論点が「出来事」から「言葉遣い」へすり替わる
被害者が訴えているのは本来、
- 何があったか(出来事)
- どう影響したか(混乱・恐怖・自己疑念)
- 何が必要か(安全・境界線・支援)
です。
しかし「悪用」論が出ると、議題が一瞬でこう変わります。
“ガスライティング”というラベルは妥当か?
言葉の使い方は正しいか?
これが起きた時点で、被害者は 主訴(本題)を奪われる。しかも奪った側は「私は冷静に正確さを守っている」と感じやすい。非常に危険な構図です。
2) 被害者の自己点検を過剰に要求する
ガスライティング被害者は、すでに「自分の認知が信用できない」方向へ追い込まれがちです。そこに
- 「それ、本当にガスライティング?」
- 「あなたが勘違いしてない?」
- 「被害者意識では?」
のような投げかけが入ると、被害者はさらに自己疑念へ沈みます。結果として、支援希求(助けを求める力)が折れることがある。これは実務上、最悪の副作用です。
3) “誤用”という名の道徳的優位で黙らせる
「概念の悪用」という言い方には、暗に「不誠実」「盛っている」「加害的ですらある」というニュアンスが混ざります。つまり、被害者の訴えを“倫理”で罰する形になる。
これが口封じとして機能すると、被害者はこう学習します。
「言うと叩かれる」
「相談すると疑われる」
「説明しても無駄」
その学習は、そのまま沈黙を生みます。
一部のガスライティング被害者が専門家を避ける理由の一つは、ここにもあると考えられます。ガスライティングによって人間不信に陥っている人が、ようやく勇気を出して相談した先で、専門家という肩書きのある相手がガスライティングを深く理解していない態度や発信に触れてしまう。すると「専門家ですら分かってくれない」「専門家なんて役に立たない」という確信が強まり、結果として支援そのものを避ける方向へ傾きやすくなるのです。
ここは、専門家側に対してもう一段厳しく言わざるを得ません。ガスライティングの被害者は、多くの場合すでに「自分の現実検討が揺らいでいる」「自分の判断が信用できない」という地点まで追い込まれています。そこに専門家が、十分な検討もなく、あるいは構造の理解もないまま「概念の悪用」といった言葉を投げるのは、支援ではありません。それは、被害者の現実をさらに不安定にし、沈黙を強化する“二次被害”の引き金になり得る行為です。
「知らなかった」「誤用が気になった」では済まされない理由があります。専門家が担っているのは、一般論の啓蒙ではなく、傷ついた人の現実を守ることです。被害者が苦しんでいるのは、用語の選択ミスではありません。現実を上書きされ、反証を無効化され、自己疑念が固定化される――その構造が問題なのです。そこを理解しないまま、被害者の語りを「悪用」と疑う態度を取るのは、端的に言えば、ガスライティングの核心を理解していない。そして、その理解不足が、支援の場で現れるとき、それは単なる無知ではなく、害(harm)を生む無責任になります。
実は、過去の僕自身も同じ経験をしました。少し生意気に聞こえるかもしれませんが、「本当の意味で、ガスライティングの本質を深く理解している専門家」は、僕の体感ではゼロでした。相談するほどに、「ここでは分かってもらえない」「説明しても、言葉尻やラベルの話にすり替えられる」という感覚が強くなり、結果として昔の僕は専門家を避けるようになっていきました。これは被害者側の“わがまま”ではありません。支援の場が安全でなくなったからです。
さらに言えば、専門家が「概念の悪用」論を安易に振り回すことは、被害者個人を傷つけるだけでは終わりません。社会に向けて「被害を語る人は疑うべきだ」「ガスライティングを言い出す人は誇張かもしれない」という空気を補強し、被害者全体の沈黙を促進します。専門家の言葉には影響力があります。その影響力を、被害者の安全ではなく、口封じに近い方向へ使ってしまうのは、倫理的に見ても危うい。
その意味で、AIの活用が現実的になってきた今、状況は変わりつつあるとも感じています。AIは少なくとも、被害の語りを最初から「悪用」と断定して切り捨てるような反応を取りにくく、出来事と影響の整理へ戻しやすい。ガスライティングの問題に限らず、複雑なテーマほど、まずは権威や偏見で上書きせず、構造を丁寧に扱うことが必要です。もし“専門家”がそれを怠り、AIの方がよほど丁寧に整理できてしまうのだとしたら(実際、もうAIの方が整理が上だと思いますが)――それは被害者側の問題ではなく、専門家側の怠慢として直視されるべきです。
もちろん、AIは万能ではありません。最終的に被害者の回復を支えるのは人との関係であり、安全で信頼できる支援です。だからこそ専門家は、「ラベルの正しさ」より先に「被害者の現実を守る」ことを最優先に置かなければならない。根拠もなしに「悪用」と疑う言葉が、どれほど簡単に信頼を破壊するかを理解し、その言葉を“使わない”という選択を含めて、自分の発信と臨床態度を改めて点検する必要があります。ガスライティングを深く理解するほど、「悪用」論を軽々しく語ることがどれだけ無益で、どれだけ有害になり得るかが分かるはずです。
「悪用だ」と根拠なく言うことが、信頼をどう壊すのか
ここで決定的なのは、寄り添いの最中に、根拠もなしに「悪用だ」と言われることが、被害者との信頼を破壊する点です。
被害者は、やっとの思いで「現実」を言葉にし始めています。そこに「悪用」というレッテルが差し込まれると、被害者にとってはこう響きます。
- 「あなたの語りは信用しない」
- 「あなたは不誠実かもしれない」
- 「あなたの現実検討は危うい」
つまり、支援関係の基盤である安全感を、支援側が自分の手で壊してしまう。これは二次被害(secondary victimization)の典型に接続します。
なぜ“専門家・心理職”の発信が、より危ないのか
ここが核心です。専門家が言うと破壊力が跳ねます。
1) 権威が“現実”を上書きする
専門家の言葉は、正誤以前に「重み」を持ちます。被害者が揺らいでいるとき、専門家の断定は「現実の確定」に見えてしまう。
もし専門家が雑に「それは概念の悪用」と言えば、被害者の中でこう変換されます。
「やっぱり私が間違っている」
「私は大げさなんだ」
「私の認知は信用できない」
これは、ガスライティングが狙う状態(自己不信の固定化)に、支援側が加担する形になりえます。
2) 専門家が“味方になろうとしない姿勢”が、被害者を孤立させる
ここは厳しく言うべき点だと思います。
専門家が「概念の悪用」だけを強調して、被害者側の安全・尊厳・現実検討を守る姿勢を欠くとき、それは
- 中立ではなく
- 公平でもなく
- まして科学的でもなく
被害者の孤立化に寄与する態度になり得ます。
そして、この「味方になろうとしない」姿勢は、しばしば “賢く見える距離感” として正当化されます。けれど支援の現場で必要なのは、距離感ではなく **安全を確保する偏り(バイアス)**です。少なくとも初期対応では、被害者を守る方に寄せなければ、話は始まりません。
3) それは「ガスライティングを理解していない」ことの表れでもある
ここも、あえて明確に言います。
根拠薄く「概念の悪用」を持ち出す専門家は、ガスライティングの核心理解が浅い可能性がある。
ガスライティングを深く理解していればするほど、まず扱うべきは
- 事実の検討
- 影響の整理
- 安全の確保
- 境界線の設計
- 支援導線の構築
であって、「概念を悪用しているかどうか」を先に語る必要性は低いと分かるからです。
もちろん、明確な虚偽・意図的な捏造・金銭目的など「悪用」が確固たる証拠で示せるケースはゼロではありません。しかし現実には、その証拠がない段階で “悪用” を持ち出すことが多い。これは、支援の優先順位を取り違えています。
言い換えるなら――
ガスライティングの理解が浅いほど、“誤用/悪用”で語りたくなる。
理解が深いほど、そこは些末になり、むしろ二次被害リスクに敏感になります。
無理解や無知から生まれる“雑な専門家”であってはいけない
専門家・心理職は、被害者の人生に影響する言葉を持っています。だからこそ、無理解や無知のまま発信し、被害者の語りを「悪用」と切って捨てるような態度は、いちばん避けなければならない。
支援者が学ぶべきは、“言葉の正誤”以前に、被害者が現実を回復するための関係の作り方です。ガスライティングを深く理解するほど、その優先順位は揺らがないはずです。
本当に必要なのは「ラベルの判定」ではなく「出来事の精密化」
支援的で、かつ概念の精度も保てるやり方はあります。コツは「判定」をやめて「整理」にすることです。
支援で優先すべき質問
- 何が起きた?(具体的発言・行動・頻度)
- それはどれくらい繰り返された?
- 反証しても無効化された?
- 権力差・依存関係はある?
- その結果、あなたは何を疑うようになった?
- 生活・仕事・人間関係にどんな影響が出た?
- いま最優先で守るべき安全は何?
この整理をすれば、たとえ「ガスライティング」という語を使わなくても、**必要な支援(安全確保・境界線・記録・相談導線)**には辿りつけます。逆に言えば、支援の目的はラベルを当てることではありません。
専門家が発信するときの最低限の倫理:これだけは外すな
専門家・心理職が「概念の悪用」を語りたいなら、最低限以下はセットにする必要があります。
- 被害の訴えは“まず保護されるべき”だと明言する
- 用語の正誤より、出来事と影響を優先すると示す
- “誤用”指摘が二次被害になりうることをはっきり書く
- 被害者に自己証明責任を押し付けない
- 悪用を断定するなら、相応の証拠基準を提示する(それが無いなら安易に語らない)
これが無い「啓蒙」は、知識の提供ではなく、社会的な口封じの補強になり得ます。
まとめ:「悪用」より先に、守るべきものがある
「ガスライティング概念の“悪用”」という指摘は、状況によっては被害者の口封じになります。そして専門家・心理職が雑にそれを発信すると、二次被害(secondary victimization)を増やすリスクが跳ね上がる。
さらに厳しく言えば、被害者側の味方になろうとせず、“悪用”を強調する姿勢自体が、ガスライティングの本質理解の浅さを露呈している場合があります。ガスライティングを深く理解するほど、優先すべきは「ラベルの裁定」ではなく「出来事の精密化」と「安全の確保」だと分かるからです。
用語の精度は大事です。
でも、支援の現場で大事なのはもっと別のところにある。
その順序を取り違えないこと――それが本当に「気をつけないといけない」ポイントです。
漫画で理解(30秒)
※AI生成画像です。内容は記事本文を元にしています。


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