Sound Notes 僕のために泣いた先生〜少年院〜 (Nostalgic Trance Ver.)
「暴力団を消せば、犯罪も消える」
「悪い奴らなのだから、徹底的に排除すればいい」
昔、こういう言葉を何度も目にしました。
でも僕は、ずっと思っていました。
それだけでは終わらない。
悪いことをする人間や組織を取り締まることは必要です。
しかし、「悪い人間」を消すことと、「犯罪を生み出す構造」を消すことは、同じではありません。
僕がそう考えるのには理由があります。
僕自身が、子供の頃に非行に走った人間だからです。
そして少年院に入り、その後、悪いことをやめ、更生しました。
だからこの記事は、犯罪や暴力団を肯定するために書いているものではありません。
むしろ逆です。
犯罪はない方がいい。
暴力も、脅迫も、詐欺も、人を支配するような世界もない方がいい。
被害を受ける人を減らしたい。
そのためには、
「悪い奴を排除すれば終わり」
というところでもう一歩考えるのをやめるのではなく、
「なぜ、そこへ行く人間が生まれるのか」
というところまで見なければいけない。
僕はそう考えています。
僕は暴力団や犯罪を肯定しているわけではない
最初に、ここははっきりさせておきます。
僕は暴力団を肯定しているわけではありません。
犯罪を肯定しているわけでもありません。
犯罪行為は犯罪行為として止めなければいけません。
被害者を守る必要があります。
危険な人間から社会を守ることも必要です。
必要な捜査、逮捕、処罰、組織犯罪対策も当然必要だと思っています。
僕が疑問を持っているのは、その先です。
犯罪をした人間を捕まえた。
犯罪組織を潰した。
暴力団を減らした。
それで、
「なぜ人は犯罪に向かうのか」
という問題まで消えたのでしょうか。
僕は、そこは別だと思っています。
暴力団勢力は大きく減った。しかし犯罪そのものが消えたわけではない
実際、暴力団勢力は大幅に減っています。
全国の暴力団構成員と準構成員等は、2016年末には約3万9,100人でしたが、2025年末には約1万7,600人まで減少しています。
これは非常に大きな変化です。
取締りや暴力団排除の取り組みに意味がなかったという話ではありません。
一方で、犯罪そのものが消えたわけでもありません。
2025年の刑法犯認知件数は77万4,142件で、戦後最少だった2021年から4年連続で増加しました。
ただし、2002年の約285万件と比べれば、長期的には大幅に減少しています。
ここは非常に重要です。
「暴力団を減らしたから犯罪が増えた」
と単純化することもできません。
そんな単純な話を僕はしたいわけではありません。
僕が言っているのは、
暴力団という一つの形を小さくしたとしても、
犯罪を生み出す欲望、怒り、孤立、金銭問題、所属欲求、人間不信、支配欲、心の傷、犯罪を利用して利益を得ようとする人間まで一緒に消えるわけではない、
ということです。
そして現れた「匿名・流動型犯罪グループ」
現在、日本で大きな問題になっているのが、「匿名・流動型犯罪グループ」です。
いわゆるトクリュウです。
警察庁は、従来型の暴力団とは異なり、犯罪収益を吸い上げる中核部分が匿名化され、SNSや求人サイトなどを介して人を集め、役割を細分化し、末端の実行犯を「使い捨て」にしながら犯罪を繰り返すことを特徴として挙げています。
特に僕が重要だと思うのは、
「使い捨て」
という部分です。
犯罪組織そのものに正式に所属していなくてもいい。
必要な時だけ人を集める。
犯罪を実行させる。
捕まれば切り離す。
また別の人間を集める。
警察庁も、青少年がSNS上の犯罪実行者募集に応募し、犯罪グループから都合よく利用され、言わば「使い捨て」にされる実態を指摘しています。
僕は、この変化を非常に重要だと思っています。
「暴力団を減らしたからトクリュウが生まれた」とは言えない
ここは正確に区別しておきたい部分です。
「暴力団を取り締まった結果、トクリュウが生まれた」
という単純な因果関係が証明されているわけではありません。
トクリュウの中には暴力団と関係する集団もあります。
完全に別の世界へ置き換わったわけでもありません。
犯罪の変化には、SNS、通信技術、社会経済状況、人間関係の変化など、さまざまな要因があります。
だから、
「暴力団排除が間違っていた」
という話ではありません。
僕が言いたいのはもっと根本的なことです。
一つの犯罪組織を弱体化させても、
犯罪へ向かう人間、
犯罪を利用する人間、
犯罪を利益に変える人間、
犯罪組織に居場所を求める人間、
そうした人間が生まれる背景まで同時になくなるわけではない。
そこまで見なければ、また別の形が出てくる可能性がある。
僕は昔から、そこを問題だと考えてきました。
僕自身、子供の頃に「悪い側」へ行った
僕がこの問題を考える原点は、自分自身の経験にあります。
僕は子供の頃、非行に走りました。
暴走族にも入りました。
もちろん、今振り返れば間違ったこともしました。
だけど、当時の僕の中では、
「悪い道を選んでいる」
という感覚だけではありませんでした。
むしろ逆でした。
自分では、
「こっちの方がまともだ」
と思っている部分さえありました。
なぜ、そんなことが起きたのか。
そこには、それ以前の経験がありました。
やってもいないことまで「お前が悪い」とされる世界
僕は子供の頃、自分がやっていないことをやったと言われたり、自分の本当の意図とは違う意味に受け取られたり、他人側にある問題までこちらへ投げられたりする経験をしました。
今の言葉で表現すれば、「スケープゴート化」に近い部分があったと思います。
ある人自身が抱えている問題。
怒り。
不満。
都合の悪いこと。
そういったものが、別の一人に集められる。
そこへ、
「あいつはこういう人間だ」
という物語ができる。
すると、その人が何をしても、
「ほら、やっぱり悪い奴だ」
という解釈が先に来る。
事実と解釈が混ざる。
誇張が混ざる。
思い込みが混ざる。
時には事実ではないことまで混ざる。
しかし子供だった僕には、
「これはスケープゴートという構造だ」
などと理解できるわけがありません。
ただ、
「なんでこんな理不尽なことをされるんだ」
と思っていました。
僕にとっては「普通の世界」の方が間違っているように見えていた
そういう経験が積み重なると、子供の中に世界観ができます。
僕の場合は、
「普通の大人なんて信用できない」
というような見方が強くなっていきました。
嘘をつく。
決めつける。
こちらの話を聞かない。
自分たちの問題をこちらへ押しつける。
そんな大人が自分の小さな世界の中に何人もいた。
すると、その反対側にいる不良たちの方が、まだまともに見えてくるんです。
これは今考えれば、非常に狭い世界の中で作られた認知です。
でも子供には、自分が見ている世界が世界のほとんどです。
だから僕は、
悪いことをする。
暴走族に入る。
もっと強くなる。
もっと悪くなってやる。
そういう方向が、当時の自分には「正しい側」に見えていた部分がありました。
ここが、非行を外側から見るだけでは分かりにくいところだと思います。
「悪いことをした理由」を理解することと、正当化することは全く違う
こういう話をすると、
「じゃあ家庭環境が悪ければ犯罪をしていいのか」
「傷ついた経験があれば加害していいのか」
という話にされることがあります。
違います。
悪いことは悪い。
責任を負う必要があります。
被害者がいるなら、被害者を守らなければいけません。
でも、
「なぜ、その人がそこまで行ったのか」
を理解することは、犯罪を正当化することではありません。
むしろ再発を防ぎたいなら、そこを理解する必要があります。
火事が起きた時に、
「火は危険だから消しましょう」
だけで終わらず、
「なぜ火事になったのか」
を調べるのと同じです。
原因を調べることは、火事を肯定することではありません。
非行少年の背景に逆境やトラウマが多いことは研究でも確認されている
これは僕一人の経験だけでもありません。
オーストラリアのアデレード大学(University of Adelaide)、グリフィス大学(Griffith University)、メルボルン大学(University of Melbourne)などの研究者らが行った2022年の系統的レビューでは、犯罪・非行で司法制度に関わった若者について124研究が検討されました。
13か国のデータを統合すると、約87%が少なくとも一つのトラウマ的出来事を経験していました。
また、2023年に発表された31研究の系統的レビュー・メタ分析では、累積した逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences:ACEs)が若者の再犯と正の関連を示していました。
もちろん、
「傷ついた子供は犯罪者になる」
という意味ではありません。
逆境を経験しても犯罪をしない人は大勢います。
犯罪には多くの要因があります。
ただ少なくとも、
「犯罪をした本人だけを切り取って見て、その人がそこへ至るまでの人生は関係ない」
とは言えないということです。
僕が少年院で初めて「まともな大人もいる」と思えた
僕の場合、大きな変化が始まった場所は少年院でした。
僕は少年院に約13か月いました。
少年院に入ったから、自動的に反省したわけではありません。
そんな簡単なものではありませんでした。
不良だった当時の感覚で言えば、
少年院に入った程度で、
「はい、分かりました。これから良い人間になります」
なんてなるわけではない。
むしろ、
「もっと悪くなってやる」
という気持ちを持つ人だっています。
僕にもそういう部分がありました。
そんな中で、一人の先生と出会いました。
その人を見て、
「あ、この人はまともだ」
と思ったんです。
僕を変えたのは「正論」ではなかった
その先生から何か魔法の言葉を言われたわけではありません。
正論で論破されたわけでもありません。
僕の心に届いたのは、その人の態度でした。
熱心でした。
何度も向き合ってくれました。
しつこいくらいでした。
そして僕には、
「この人は仕事だから適当に言っているんじゃない」
と感じられました。
本当に心配している。
本当にこちらを見ている。
本気で向き合っている。
そう感じたんです。
そこで僕の中にあった、
「まともな大人なんていない」
という思い込みに亀裂が入りました。
「人間がいた」
と思ったんです。
まともな人もいる。
信じられる大人もいる。
そう分かった。
そこから少しずつ、
「(変わること、努力することが)楽しい」
という方向へ心が動き始めました。
僕にブレーキをかけたのは、逮捕への恐怖ではなく「人間扱いされた経験」だった
ここは、僕自身の更生を考えるうえで、とても重要なところです。
僕は子供の頃、まず「人間として大切に扱われている」と感じられない環境の中にいました。
そこへさらに、
「あいつが悪い」
「お前が悪い」
という悪者扱いや、事実とは違う決めつけまで重なっていきました。
僕の中では、人間として扱われていないという感覚と、悪者として扱われる経験が重なっていった。
でっち上げ、濡れ衣。
そして僕は非行に走りました。
そこから少しずつ悪化していきました。
当時の不良の世界では、
非行
↓
暴走族
↓
少年院
という流れは、珍しいものではありませんでした。
さらに深く入り込めば、その先に暴力団の世界へ進んでいく人もいました。
僕自身も、その方向へ進んでいても不思議ではなかったと思います。
では、なぜ僕は途中で引き返すことができたのか。
「逮捕されたくなかったから」ではありません。
「少年院に入りたくなかったから」でもありません。
もしそんなことが大きなブレーキになる人間だったなら、そもそも少年院へ行くところまで非行を続けていなかったと思います。
当時の僕は、
「捕まったらどうしよう」
という恐怖より、
「もっと悪くなってやる」
という気持ちの方を持っていました。
だから僕の場合、罰への恐怖だけでは止まらなかった。
問題はもっと内側にありました。
そして、その内側に変化が起きたのが少年院でした。
僕はそこで初めて、
「自分は一人の人間として扱われている」
という感覚を強く経験しました。
もちろん、最初から信じたわけではありません。
僕自身、人を信用していなかったので、
「どうせ仕事だから言っているだけだろう」
「そのうち本性が出るだろう」
というような目で見ていたと思います。
それでも関わりは続きました。
一日や二日ではありません。
僕の場合、本当に信じられるようになるまで、半年くらいはかかったと思います。
それでも先生は変わらなかった。
真剣に向き合ってくれた。
心配してくれた。
一人の人間として扱ってくれた。
そこで僕の中に、
「これは嘘じゃない」
「本当にこういう人もいるんだ」
「自分はちゃんと人間として扱われているんだ」
という実感が入ってきたんです。
これは、頭で理解したというより、体験として分かったという方が近いです。
そして、その経験のあとから、僕の中に少しずつブレーキが戻ってきました。
僕はもともと、小さい頃から人を傷つけることが平気なタイプではありませんでした。
むしろ、人を傷つけることが苦手な方だったと思います。
ところが、自分が何度も傷つけられ、理不尽な扱いを受ける中で、
「こっちも平気で人を傷つけられる人間にならなければ、自分を守れない」
という方向へ少しずつ変わっていった。
今振り返れば、それも一種の防衛だったのだと思います。
実際、非行に深く入り込んでいた時期には、僕自身も短い期間ですが、後輩に恐喝させて金を持ってこさせるようなことまでしていました。
食べるものにも困っていた時期でした。
もちろん、事情があったから許されるという話ではありません。
悪いことは悪いです。
でも、重要なのはその後です。
少年院から出た僕は、そういうことが「できなくなった」のではなく、
「やりたくなくなった」
んです。
バレるかどうか。
捕まるかどうか。
そんなこととは関係ありませんでした。
「そんなことはやりたくない」
「かっこ悪い」
「ダサい」
「人をそんなふうに使いたくない」
と感じる自分になっていました。
我慢して犯罪を抑えていたのではありません。
犯罪そのものに対する自分の感じ方が変わっていた。
僕の中で、何かが戻ってきたんだと思います。
良心だったのかもしれない。
優しさだったのかもしれない。
あるいは、もともと自分の中にあったものが、もう一度表に出てきたのかもしれません。
正確には分かりません。
ただ一つ言えるのは、
「人間扱いされた経験」があった後、僕の心の中で、それまでとは違う変化が起きたということです。
もし僕が少年院であの先生に出会っていなかったら、その後どうなっていたかは分かりません。
もっと犯罪を続けていたかもしれない。
どこかで命を落としていたかもしれない。
あるいは逆に、自分自身が他人を使い捨ての駒として動かし、悪いことをさせる側に回っていた可能性もあったと思います。
今のトクリュウで問題になっているような、
「自分は表に出ず、別の人間に悪いことをさせる」
という構造の小さなものは、昔の不良の世界にもありました。
だから僕には、その先が想像できます。
僕がそこへ行かなかった理由の一つは、
「悪いことをしたら捕まるから」
ではありませんでした。
心そのものが変わったからです。
ここに、犯罪予防を考えるうえで大きなヒントがあると思っています。
悪いことをする人間を増やさないためには、
罰を重くすることだけではなく、
「変われるきっかけ」を社会の中に増やしていく必要があるのではないでしょうか。
少年院にも。
刑務所にも。
学校にも。
家庭にも。
地域にも。
社会復帰支援の中にも。
人間が、特にスケープゴートタイプの人が、
「自分は人間として見られている」
「この人は本気で自分を心配している」
「自分にも別の生き方があるかもしれない」
と実感できる機会を、もっと増やす。
もちろん簡単ではありません。
僕が出会った先生のような関わりを、制度として大量生産できるとも思っていません。
人と人には相性もあります。
誰にでも同じ方法が届くわけでもありません。
それでも、だからこそ、一人ではなく多くの人が関われる仕組みを作る。
いろいろな場所に「変わるきっかけ」を散りばめておく。
僕は、その数をもっと増やした方がいいと思っています。
犯罪組織が人を集める力よりも、
社会が人をこちら側へ引き戻す力の方を強くする。
犯罪組織が「お前を使ってやる」と近づいてくるより先に、
社会の側から、
「お前を人間として見ている」
と伝えられる人を増やす。
これからの日本に必要なのは、そういう力なのではないかと僕は思っています。
取り締まりで犯罪組織を弱くする。
同時に、人がそこへ行かなくてもいい社会を強くする。
僕自身の経験から考えると、この二つがそろって初めて、本当の意味で犯罪を減らしていけるのではないかと思います。
人が変わる瞬間には「人との関係」が関係することがある
この部分にも研究があります。
オーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)やビクトリア法精神保健研究所(Victorian Institute of Forensic Mental Health)などの研究者らが2022年に発表した系統的レビューでは、司法制度に関わる若者を対象とした23研究を検討し、治療者との良好な関係が、変化を始めるための土台になり得ることが示されています。
ただし研究者らは、治療関係と最終的な治療成績との関連については、まだ確定的な結論を出せないともしています。
ここは僕自身の経験とも重なります。
僕は、
「正しいことを教えてもらったから変わった」
というより、
「この人は信用できるかもしれない」
という経験が先にありました。
そして世界の見え方が変わった。
その後に、自分自身を見ることができるようになっていった。
心の傷が「信念」になってしまうことがある
人間は、傷ついた経験からさまざまな信念を作ります。
「人を信用したら負ける」
「世の中は敵だ」
「弱ければ食われる」
「やられる前にやる」
「金しか信用できない」
「力がなければ何も守れない」
こういう信念です。
これは単なる口癖ではありません。
人によっては、何年、何十年という人生経験の中で作られていきます。
本人にとっては、自分を守るための鎧になっています。
だから、
「犯罪はいけません」
「そんな考えは間違っています」
と言われたくらいでは変わらない場合があります。
本人からすれば、
「その考え方で生き延びてきた」
という感覚があるからです。
僕は、傷が深い人ほど、こうした信念がアイデンティティに近いところまで固まってしまう場合があると思っています。
だからこそ、深いところまで届く支援が必要になります。
厳しくすれば全員が変わるわけではない
犯罪に対して厳しくすることが必要な場面はあります。
自由を制限しなければならない人もいます。
社会から一定期間隔離する必要がある人もいます。
被害者の安全を優先しなければならない場面もあります。
でも、
「もっと厳しくすれば人間は変わる」
とは限りません。
人によっては、
「やっぱり世の中は敵だ」
という信念をさらに強化してしまうことも考えられます。
だから僕は、
厳しさと回復支援は対立するものではない、
と思っています。
悪いことには責任を取る。
同時に、なぜそこへ行ったのかも見る。
この両方です。
暴力団から離脱させるだけではなく「その後」を作る必要がある
実際、現在の制度も単純な「排除だけ」ではありません。
警察庁は2025年、暴力団員の社会復帰、矯正施設との連携、保護観察所などとの協力、暴力団離脱者の安定した雇用の確保、預貯金口座開設支援などについて複数の通達を出しています。
2025年中には、警察や都道府県の暴力追放運動推進センターなどの援助によって約230人が暴力団から離脱したとされています。
一方で、社会復帰対策協議会に登録された協賛企業は1,726社ありながら、同協議会を通じて2025年中に就労した人は13人でした。
この数字を見るだけでも、
「辞めさせれば終わり」
ではないことが分かります。
辞めたあと、その人はどこで生きるのか。
仕事はあるのか。
住むところはあるのか。
銀行口座は持てるのか。
誰と付き合うのか。
一般社会に居場所を作れるのか。
そこまで含めて考えなければ、本当の意味での離脱にはつながりにくいと思います。
僕がNPDの「悪魔化」と重ねて見ている部分
僕は最近、自己愛性パーソナリティ障害(Narcissistic Personality Disorder:NPD)のスティグマや悪魔化についても調べ続けています。
これは犯罪や暴力団とNPDを同一視しているという意味ではありません。
全く別の話です。
僕が共通していると感じているのは、
「一度、その人を“悪い存在”として見る枠組みができると、その後の出来事までその物語の中で解釈され始める」
という部分です。
2025年、米国ハーバード大学(Harvard University)心理学部のエレン・F・フィンチ(Ellen F. Finch)氏とエミリー・J・メレン(Emily J. Mellen)氏は、NPDの治療経験を持つメンタルヘルス臨床家9人への質的インタビュー研究を発表しました。
参加した臨床家らは、NPDについて一般社会だけでなく医療・臨床現場にも強いスティグマが存在すると報告しています。
さらに2026年には、スイスのカライドス応用科学大学(Kalaidos University of Applied Sciences)の応用心理学研究者マイケル・P・ヘンガルトナー(Michael P. Hengartner)氏らが、主にスイスの大学生からなる414人を対象に、NPDという概念が必要以上に広く解釈される「概念拡張(concept creep)」を調べています。
これらの研究は、
「NPDの人は誰も他人を傷つけない」
と示しているわけではありません。
そうではなく、
診断名やラベルを見ただけで、その人の行動すべてを「悪意」「計算」「支配」と解釈してしまうことには注意が必要だ、
という問題につながっています。
見るべきなのは、ラベルそのものではなく、具体的に何をしたのかです。
僕自身が子供の頃に経験したことにも、
「先に悪者という(嘘の)物語を作られ、その物語の中から自分を見られる」
という部分がありました。
だから僕には、この構造が非常に気になります。
書籍1で伝えたかったのも「非行になる前を見てほしい」ということだった
僕は2022年6月4日に、次のKindle本を出版しました。
『子供が非行に走る原因の殆どは「親」と「家庭環境」: 過去に非行に走った僕だからわかること。非行予防と対策 非行・更生』
この本で僕が伝えたかったことの一つも、
非行に走った子供だけを見て、
「悪い子供だ」
と終わらせないでほしいということでした。
その前に何があったのか。
家庭で何が起きていたのか。
学校では何があったのか。
本人は何を感じていたのか。
どこで心を閉ざしたのか。
なぜ「悪い側」の方に居場所を感じるようになったのか。
悪くなる前に何があったのか。
そこを見る必要があります。
そして書籍2では、同じ問題を暴力団とトクリュウまで広げた
2026年9月13日には、次のKindle本を出版しました。
『暴力団を消せば、犯罪も消えるのか: 元非行少年が見た「裏社会の秩序」と、半グレ・トクリュウ時代に考える必要悪と社会統制』
このタイトルだけを見ると、
「暴力団を必要悪として擁護しているのか」
と思われる人もいるかもしれません。
違います。
僕が考えたかったのは、
「暴力団という存在を消した後、その暴力団を生み出してきた社会的・心理的・犯罪的な条件まで消えたのか」
という問題です。
暴力団という看板が消えても、
金を求める人間はいる。
支配したい人間もいる。
犯罪で利益を得たい人間もいる。
孤立した人間もいる。
居場所を求める人間もいる。
怒りや恨みを抱えた人間もいる。
そこを放置したままなら、別の形が出てくる可能性があります。
現在の匿名・流動型犯罪グループを見ると、少なくとも犯罪組織の形が変化していることは明らかです。
僕が昔から危惧していたのは「より見えにくくなること」
昔の暴力団は、良くも悪くも分かりやすい部分がありました。
組織名がある。
事務所がある。
組長がいる。
上下関係がある。
構成員がいる。
警察から見ても、市民から見ても、
「ここが犯罪組織だ」
と比較的把握しやすい。
ところが現在問題になっている匿名・流動型犯罪グループは、その逆方向です。
中核は見えない。
末端だけ入れ替わる。
SNSで募集する。
本人同士が直接会わない場合もある。
誰が本当の指示役なのか分かりにくい。
僕が昔から怖いと思っていたのは、この方向です。
悪いものがなくなるのではなく、
地下へ潜る。
見えなくなる。
別の名前になる。
普通の社会の中へ入り込む。
そして、一見すると犯罪組織とは関係のなさそうな人間まで実行役として利用される。
そういう方向です。
「ドパガキ」の問題も、僕には別の話には見えない
少し前に、「ドパガキ」という言葉について別の記事を書きました。
「ドパガキ」は医学的な診断名ではありません。
僕が問題だと感じているのは、言葉そのものではなく、
短く、
強く、
刺激的で、
興奮する情報に次々と引っ張られ、
立ち止まって考える時間が減っていく状態です。
なぜこれが犯罪の話につながるのか。
現在の犯罪組織は、SNSを使って人を探すからです。
「高額」
「簡単」
「すぐ稼げる」
「誰でもできる」
こういう刺激に反応したところから接点が生まれる。
そして犯罪に引き込まれる。
警察庁も、青少年が犯罪実行者募集へ応募し、指示されるまま犯罪に加担した後、報酬さえ支払われず使い捨てにされる事例を取り上げています。
だからこれからは、
「何に反応するか」
「どこで立ち止まれるか」
「感情を動かされた時に考えることができるか」
という能力自体が、一種の防犯能力になっていくと思います。
「詐欺師」はお金だけを奪うとは限らない
この問題については、僕はこちらの本でも書いています。
『詐欺師はあなたの“興奮”を狙っている』
ここでいう「詐欺師」という言葉は、狭い意味でのお金を騙し取る詐欺犯だけをイメージしてほしくありません。
人間から奪えるものは、お金だけではありません。
時間を奪う。
判断力を奪う。
人間関係を奪う。
自分で考える力を奪う。
人生の方向そのものを奪う。
そういう人間もいます。
怒りを刺激する。
恐怖を刺激する。
興奮させる。
「敵」を作る。
本人が自分自身で判断したと思う形で、少しずつ行動を誘導する。
そう考えると、犯罪組織が人間を「使い捨ての駒」にしていく問題ともつながります。
僕が次に警戒しているのは「使い捨ての駒」が重大な暴力へ使われること
ここから先は、現在すでに起きていることを断定しているのではありません。
僕自身の予測、危機管理上の問題提起です。
僕は、
「トクリュウの次には必ずテロが起きる」
と言っているわけではありません。
いつ、どこで、どの程度の規模で起きるかなど分かりません。
ただ僕が警戒しているのは、
現在、金銭目的の犯罪で使われている、
「中核は姿を隠し、別の人間を実行役として使う」
という構造が、さらに重大な暴力へ接続する可能性です。
本人が直接手を下さない。
別の人間を探す。
その人が抱えている怒り、不満、孤独、金銭問題などにつけ込む。
そして本人自身の動機であるかのような形で、危険な行動へ向かわせる。
このような人間操作を危機管理上無視しない方がいいと僕は考えています。
これは大量にテロが起きるという意味ではありません。
未来を予言しているわけでもありません。
ただ、
犯罪が「組織に所属している人間が自分で実行する」形から、
「匿名の人間が別の誰かを実行役として利用する」形へ変化している以上、
その先に、金銭目的だけではない重大な暴力が接続する可能性も想定しておく必要があるのではないか。
僕はそう考えています。
起きてから、
「こんな使われ方をするとは思わなかった」
となるより、先に考えておいた方がいい。
それが危機管理だと思います。
だから一番重要なのは「使い捨ての駒」を作らないこと
犯罪組織を捕まえる。
指示役を捕まえる。
資金を止める。
犯罪募集を削除する。
SNS上の違法情報を取り締まる。
全部必要です。
でも同時に、
「なぜ、使い捨ての駒になる人が次から次へと出てくるのか」
を考えなければいけない。
何が使い捨ての駒を量産をしているか。
僕はそこが重要だと思っています。
家庭に居場所がない。
学校にも居場所がない。
社会にも居場所がない。
誰にも認められない。
お金がない。
孤独。
怒りがある。
世の中を信用していない。
脳の衰え。
自分なんかどうなってもいいと思っている。
そういう時に、
誰かから、
「こっちへ来い」
「簡単に稼げるぞ」
「お前を認めてやる」
と言われる。
そこから人生が変わってしまう人もいます。
だから犯罪予防は、警察だけの仕事ではないと思います。
もっと手前にあります。
非行になる前、犯罪者になる前に何ができるか
僕は、
非行少年になってからではなく、その前を見る必要があると思っています。
犯罪者になってからではなく、その前です。
暴力団に入ってから。
トクリュウに利用されてから。
強盗をしてから。
詐欺をしてから。
そこから初めて対処するのでは遅い。
もちろん、起きた後の対応も必要です。
でも本当の犯罪予防という意味では、
そのもっと前です。
家庭で傷ついている子供。
いじめられている子供。
孤立している子供。
大人を信用できなくなっている子供。
自分なんてどうでもいいと思っている子供。
「まともに生きても意味がない」
と思い始めている子供。
そこへ届くことができれば、犯罪になる前に進路が変わるかもしれない。
僕自身がそうだったから、そう思います。
僕を変えた先生がいなかったら、どうなっていたか分からない
僕は少年院で、たった一人でも、
「この人は信用できる」
と思える大人に出会いました。
もしあの人に出会っていなかったら。
もし、
「やっぱり大人なんてみんな同じだ」
という結論のまま出院していたら。
自分がその後どうなっていたのかは分かりません。
もっと悪くなっていた可能性だってあったと思います。
だから僕は、
本気で人間と向き合う人が社会に必要だと思っています。
これは単なる優しさではありません。
悪いことを、
「いいよ、いいよ」
と許すことでもありません。
悪いことは悪い。
ダメなものはダメ。
でも、
「それでも、お前という人間そのものまで捨てたわけではない」
という姿勢です。
僕は、それが人間を変えることがあると思っています。
「形だけの支援」では届かない人もいる
心を強く閉ざした人に対して、
マニュアル通りに話す。
時間になったから終わる。
仕事として決められたことだけをする。
それだけでは届かない場合もあると思います。
もちろん専門家の仕事を否定しているわけではありません。
心理支援には専門知識も必要です。
倫理も必要です。
技術も必要です。
しかし、その上で、
本人が、
「この人は本当に自分を人間として見ている」
と感じられることが重要な場合があります。
司法制度に関わる若者についての研究でも、治療関係は変化を開始するための重要な土台になり得ることが示唆されています。
僕が少年院で経験したことも、まさにそれだったと思っています。
「悪い人間」を消す発想だけでは、別の悪役を探し続けることになる
社会には、分かりやすい悪役を作りたくなる心理があります。
「あいつらさえいなくなればいい」
そう思うと、話が簡単になります。
でも実際の人間社会は、そんなに単純ではありません。
暴力団を減らした。
次に半グレが問題になる。
トクリュウが問題になる。
闇バイトが問題になる。
では今度は、
トクリュウを全部捕まえれば終わるのでしょうか。
もちろん捕まえるべき犯罪者は捕まえなければいけません。
でも、それだけで次の形が出てこない保証はありません。
だから僕は、
悪役の名前が何であるかより、
「なぜ、その構造が何度も作られるのか」
を見るべきだと思います。
取り締まりと回復は「どちらか」ではない
僕の結論は、
犯罪者に優しくしましょう、
ということではありません。
厳しく取り締まるか、
優しく支援するか、
その二択でもありません。
両方です。
犯罪は止める。
被害者を守る。
責任を問う。
危険な人から社会を守る。
犯罪収益を奪う。
組織を壊す。
その一方で、
なぜそこへ行ったのかを見る。
過去を理解する。
本人にも過去を理解してもらう。
自分の感情や信念を理解してもらう。
必要な治療につなげる。
トラウマや心の問題があるなら、それにも対応する。
仕事につなげる。
住居につなげる。
人間関係を作る。
一般社会の中に居場所を作る。
そこまでやる。
それが本当の意味での再犯防止や犯罪予防につながるのだと思います。
「犯罪になる前」を見る社会へ
僕自身、かつては非行少年でした。
今の僕から見れば、
当時の自分の考え方には間違っていたところがたくさんあります。
でも当時の僕には、それが分かりませんでした。
自分では正しいと思っていた部分さえありました。
そして僕の世界観を変えたのは、
「お前は間違っている」
という言葉だけではありませんでした。
一人の大人でした。
本気で向き合ってくれた人でした。
その経験が、
「世の中にはまともな人もいる」
という新しい事実を僕の中に作った。
そこから僕は変わり始めました。
だから今でも思います。
犯罪が起きてから犯罪者を責めるだけではなく、
その人が犯罪へ行く前に、
何ができたのか。
そこを見る社会になった方がいい。
悪い行為は否定する。しかし人間そのものを「悪」にして終わらせない
悪い行為は悪い。
これは変わりません。
犯罪被害を受けた人を守ることも重要です。
でも、
悪いことをした人間を、
「悪そのもの」
として固定して終わらせる必要はないと思っています。
人間には過去があります。
傷があります。
勘違いがあります。
思い込みがあります。
間違って作られた信念があります。
そして、それが変わることもあります。
僕自身がそうでした。
だから僕は、
「悪い人間を消せば犯罪が消える」
とは考えません。
犯罪を生み出す構造を見る。
犯罪へ向かうまでの人生を見る。
人が変わる条件を見る。
そして、犯罪者になる前に介入する。
僕は、そこまで含めて「犯罪予防」と呼ぶべきだと思っています。
暴力団。
半グレ。
トクリュウ。
闇バイト。
これから別の名前の何かが出てくるかもしれません。
名前は変わります。
形も変わります。
しかし、人間の心の中にある問題と、社会の中にある問題を放置していれば、また別の形で表面化する可能性があります。
だから、
「誰を消すか」
だけではなく、
「なぜ生まれるのか」
を考える。
僕が2022年の書籍より前から言いたかったことも、結局ここです。
そして今、その重要性はさらに増していると感じています。
関連書籍
書籍1
『子供が非行に走る原因の殆どは「親」と「家庭環境」: 過去に非行に走った僕だからわかること。非行予防と対策 非行・更生』
2022年6月4日
書籍2
『暴力団を消せば、犯罪も消えるのか: 元非行少年が見た「裏社会の秩序」と、半グレ・トクリュウ時代に考える必要悪と社会統制』
2026年9月13日
書籍3
『詐欺師はあなたの“興奮”を狙っている』
関連記事
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主な参考資料
警察庁『令和6年版 警察白書』「匿名・流動型犯罪グループに対する警察の取組」。匿名化された中核部分、SNS等を通じた犯罪実行役の募集、末端の実行犯を「使い捨て」にする構造などについて。
警察庁『令和7年版 警察白書』。匿名・流動型犯罪グループを組織犯罪対策上の主要課題として扱っています。
警察庁「住まいる防犯110番」。2025年の刑法犯認知件数77万4,142件、2021年から4年連続増加したこと、および2002年の約285万件から長期的には大幅に減少していることについて。
愛知県警察「暴力団総合対策」。全国の暴力団構成員・準構成員等が2016年末約3万9,100人から2025年末約1万7,600人へ減少したことについて。
Malvaso, C. G. et al.(2022)オーストラリア・アデレード大学(University of Adelaide)等。「犯罪・非行で司法制度に関わった若者における逆境的小児期体験とトラウマ」に関する124研究の系統的レビュー。『Trauma, Violence, & Abuse』。13か国の統合データで、約87%が少なくとも一つのトラウマ的出来事を経験していました。
Astridge, B. et al.(2023)「若年犯罪者における逆境的小児期体験(ACEs)の有病率と再犯との関連」に関する31研究の系統的レビュー・メタ分析。『Child Abuse & Neglect』。
Papalia, N. et al.(2022)オーストラリア・スウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)等。「司法制度に関わる若者の治療同盟」に関する23研究の系統的レビュー。『Clinical Child and Family Psychology Review』。
Finch, E. F. & Mellen, E. J.(2025)米国ハーバード大学(Harvard University)心理学部。「自己愛性パーソナリティ障害(NPD)のスティグマ」を扱った臨床家9人への質的研究。『Personality and Mental Health』。
Hengartner, M. P., Eymir, A., & Haslam, N.(2026)スイス・カライドス応用科学大学(Kalaidos University of Applied Sciences)、チューリヒ応用科学大学(Zurich University of Applied Sciences)、オーストラリア・メルボルン大学(University of Melbourne)。414人を対象にNPD概念の拡張(concept creep)を検討した研究。『Acta Psychologica』。
警察庁「組織犯罪対策部の施策を示す通達」。暴力団員の社会復帰、矯正施設・保護観察機関との連携、離脱者の雇用、預貯金口座開設支援などについて。
参考文献・外部リンク
- 01. Amazonでこの本の詳細を見る https://www.amazon.co.jp/dp/B0B3766C6Y
- 02. Amazonでこの本の詳細を見る https://www.amazon.co.jp/dp/B0H98FNKNY
- 03. Reading Note 今になって「ドパガキが増えた」と言われている。僕は2020年から「SNSは海、餌には釣り針がある」と書いていた――だから長文を読め、書け、歩け | 【公式】恐怖克服「サヨナラ・モンスター」 最近、SNSで「ドパガキ」という言葉をよく目にするようになりました。 「ドーパミン中毒のガキ」を縮めたネットスラングで、ショー… 【公式】恐怖克服「サヨナラ・モンスター」 Open https://sayonara-monster.com/archives/13211
- 04. Amazonでこの本の詳細を見る https://www.amazon.co.jp/dp/B0F1R9MPDJ



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