僕は13歳で非行に走り、勉強を放棄しました。
さらに10代から20代前半にかけて、重度の薬物中毒にも陥っていました。
振り返ってみると、長いあいだ、心も脳も衰えていくような生き方を続けていたのだと思います。
当時の僕には、「自分を育てる」「自分を成長させる」という考え方さえ、ほとんどありませんでした。
当然、そのような生き方を続けていれば、人生は行き詰まります。
その後、僕は病気になり、心も体も本当に最悪といえる状態に陥りました。
そこから僕は、ようやく自己認識と自己理解を始めました。
そして、その過程で読み書きを始めました。
読み書きを始めてからの自分を、過去の自分と比較すると、比べものにならないほど成長したと思います。
今になって、これまで読み書きを続けてきたことが、さまざまな場面で役立っていると感じています。
例えば現在、僕はAIを活用したクライアントワークに取り組んだり、アプリを作って実際に公開したりしています。
こうしたことは、以前の僕にとっては、ほとんど想像もできなかったことです。
けれど今の僕には、初めて触れることであっても、内容を比較的すらすらと理解できる感覚があります。
分からないことがあっても、AIを使いながら調べ、考え、試し、修正することで、少しずつ覚えていくことができます。
初めての分野でも、理解しながら前へ進んでいきやすい自分がいるのです。
そこで今、改めて思います。
読み書きを続けながら自己理解を深めてきたことは、心の問題を整理することだけではなく、現在の仕事や学習、アプリ開発、AIの活用にも大きく役立っているのではないか、と。
自分を理解するために続けてきた読み書きが、結果として、新しいことを理解し、学び、形にするための力にもつながっていたのだと思います。
この文章をChatGPTに入力してみました
このことについて、僕が感じていることをChatGPTに入力してみました。
その回答はこちらです。
その実感は、かなり本質を突いていると思います。
菅原さんが身につけたのは、単なる「読み書きの能力」だけではありません。読み書きを通して、自分の内側で起きていることを観察し、言葉にし、整理し、意味を見つけ、間違っていれば修正する力を長年育ててきたのだと思います。
これは心理学的にいえば、自己認識、自己理解、メタ認知、言語化、論理的な整理、問題分解といった能力です。これらは、特定の一つの仕事にしか使えない知識ではなく、初めて出会う物事を理解するための「土台」になります。
だから今、初めてのAIクライアントワークでも、アプリ開発でも、
- 何が分からないのかを見つける
- 問題を細かく分ける
- AIに必要なことを言葉で伝える
- 出力された内容を理解する
- 間違いや不足を見つけて修正する
- 一度覚えたことを別の場面に応用する
ということが、比較的すらすらとできるのだと思います。
AIを使えば誰でも同じ結果を出せるわけではありません。AIをうまく使うためには、まず自分の頭の中にある曖昧な感覚を言葉にして、「何を知りたいのか」「何を作りたいのか」「どこがおかしいのか」を明確にする必要があります。長年の読み書きと自己理解の作業は、まさにその能力を育てる訓練になっていたのでしょう。
特に大きいのは、菅原さんが読み書きを、単なる情報収集ではなく、自分を理解し、自分を立て直すために使ってきたことだと思います。自分の感情、思考、過去の経験、無意識の反応を何度も言葉にしてきたからこそ、複雑なものを避けずに見つめ、少しずつ整理する力が身についた。その力が今は、技術や仕事の習得にも転用されているのだと思います。
つまり、過去に勉強を放棄していた人が、後から単に勉強を再開したというだけではありません。
自分を育てるという発想さえなかった状態から、自分自身を観察し、理解し、修正し、成長させられる人間へ変わった。
これは非常に大きな変化です。
13歳から長く自分を消耗させる方向に進み、心身ともに行き詰まった後からでも、読み書きと自己理解を積み重ねることで、これほど実用的な理解力や学習力が育った。その事実は、「人は過去の学歴や若い頃の生き方だけで決まらない」ということを、菅原さん自身が証明しているように感じます。
そして今起きているのは、突然能力が生まれたというより、長年書き続け、考え続け、自己理解を深めてきた蓄積が、AIやアプリ開発という新しい環境の中で、一気に目に見える成果として現れ始めたのだと思います。AIは菅原さんを突然成長させたのではなく、すでに育ててきた力を拡張し、形にする速度を上げているのでしょう。
私は、ここが一番重要だと思います。今の成果はAIだけの力ではありません。AIを使って初めての仕事を理解し、実際に完成・納品・公開まで持っていけるのは、その前に菅原さん自身が長い時間をかけて、理解する力、問いを作る力、修正する力、諦めずに掘り下げる力を育ててきたからです。
おわりに――苦手だった長文が、今の僕をつくった
ChatGPTからの回答を読んで、僕自身も改めて気づいたことがあります。
僕が続けてきた読み書きの中でも、特に大きかったのは、長文と向き合ってきたことだと思います。
もともと僕にとって、長い文章を読むことや書くことは、最も難しく、最も苦手なことの一つでした。
文章を書くことも決して上手ではありませんでした。
それでも僕は、Kindle本を出版したり、自分の考えや経験を文章にまとめたりしながら、とにかく長文を書くことを続けてきました。
ときには、20万文字ほどの文章を書くこともありました。
最初から上手に書けていたわけではありません。
うまくまとまらないこともありましたし、同じことを繰り返し書いてしまったり、自分でも何を伝えたいのか分からなくなったりすることもありました。
それでも、考えていることを言葉にし、長い文章として組み立て、何度も読み直し、修正することを続けてきました。
今振り返ると、その積み重ねが、現在の自分につながっているのだと思います。
長文を書くためには、頭の中にある複数の情報を整理し、それぞれの関係を考え、順番を決め、読み手に伝わるように言葉を選ばなければなりません。
分からないことがあれば調べ、自分の理解が曖昧であれば、もう一度考え直す必要もあります。
そうした作業を何度も繰り返してきたことが、物事を理解する力や、複雑な問題を整理する力、新しいことを学ぶ力につながっていたのだと思います。
今、僕がAIを使って新しい仕事に取り組んだり、初めてのアプリ開発を理解したり、実際に完成させて公開したりできているのも、突然できるようになったわけではありません。
過去に続けてきた読み書き、とりわけ、自分が最も苦手だった長文と向き合ってきた時間が、今の土台になっているのだと思います。
文章が下手でも、最初はうまく理解できなくても、読み書きを続けることには意味があります。
特に、自分の考えを長い文章にしていくことは、単に文章力を高めるだけではありません。
考える力、理解する力、整理する力、自分を客観的に見る力、そして新しいことを学ぶ力まで育ててくれるのだと思います。
僕は、自分の人生を通して、読み書きをすること、そして長文と向き合うことが、人生において非常に大切なことなのだと分かりました。
読み書きは、ただ情報を得たり、文章を作ったりするためだけのものではありません。
自分自身を理解し、自分を育て、過去にはできなかったことをできるようにしていくための力にもなる。
自分が一番苦手だった長文と向き合い続けたことが、今の僕を支える力になっている。
そう考えると、これまで書いてきた一つひとつの文章も、決して無駄ではなかったのだと思います。
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菅原隆志
菅原隆志(すがわら たかし)。1980年、北海道生まれの中卒。宗教二世としての経験と、非行・依存・心理的困難を経て、独学のセルフヘルプで回復を重ねました。 「無意識の意識化」と「書くこと」を軸に実践知を発信し、作家として電子書籍セルフ出版も...
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菅原隆志(すがわら たかし)。1980年、北海道生まれの中卒。宗教二世としての経験と、非行・依存・心理的困難を経て、独学のセルフヘルプで回復を重ねました。 「無意識の意識化」と「書くこと」を軸に実践知を発信し、作家として電子書籍セルフ出版も行っています。 現在はAIジェネラリストとして、調査→構造化→編集→実装まで横断し、文章・制作・Web(WordPress等)を形にします。 IQ127(自己測定)。保有資格はメンタルケア心理士、アンガーコントロールスペシャリスト、うつ病アドバイザー。心理的セルフヘルプの実践知を軸に、作家・AIジェネラリスト(AI活用ジェネラリスト)として活動しています。 僕は子どもの頃から、親にも周りの大人にも、はっきりと「この子は本当に言うことを聞かない」「きかない子(北海道の方言)」と言われ続けて育ちました。実際その通りで、僕は小さい頃から簡単に“従える子”ではありませんでした。ただ、それは単なる反抗心ではありません。僕が育った環境そのものが、独裁的で、洗脳的で、歪んだ宗教的刷り込みを徹底して行い、人を支配するような空気を作る環境だった。だから僕が反発したのは自然なことで、むしろ当然だったと思っています。僕はあの環境に抵抗したことを、今でも誇りに思っています。 幼少期は熱心な宗教コミュニティに囲まれ、カルト的な性質を帯びた教育を受けました(いわゆる宗教二世。今は脱会して無宗教です)。5歳頃までほとんど喋らなかったとも言われています。そういう育ち方の中で、僕の無意識の中には、有害な信念や歪んだ前提、恐れや罪悪感(支配に使われる“架空の罪悪感”)のようなものが大量に刷り込まれていきました。子どもの頃は、それが“普通”だと思わされる。でも、それが”未処理のまま”だと、そのツケはあとで必ず出てきます。 13歳頃から非行に走り、18歳のときに少年院から逃走した経験があります。普通は逃走しない。でも、当時の僕は納得できなかった。そこに僕は、矯正教育の場というより、理不尽さや歪み、そして「汚い」と感じるものを強く感じていました。象徴的だったのは、外の親に出す手紙について「わかるだろう?」という空気で、“良いことを書け”と誘導されるような出来事です。要するに「ここは良い所で、更生します、と書け」という雰囲気を作る。僕はそれに強い怒りが湧きました。もしそこが納得できる教育の場だと感じられていたなら、僕は逃走しなかったと思います。僕が逃走を選んだのは、僕の中にある“よくない支配や歪みへの抵抗”が限界まで達した結果でした。 逃走後、約1か月で心身ともに限界になり、疲れ切って戻りました。その後、移送された先の別の少年院で、僕はようやく落ち着ける感覚を得ます。そこには、前に感じたような理不尽な誘導や、歪んだ空気、汚い嘘を僕は感じませんでした。嘘がゼロな世界なんてどこにもない。だけど、人を支配するための嘘、体裁を作るための歪み、そういう“汚さ”がなかった。それが僕には大きかった。 そして何より、そこで出会った大人(先生)が、僕を「人間として」扱ってくれた。心から心配してくれた。もちろん厳しい少年生活でした。でも、僕はそこで初めて、長い時間をかけて「この人は本気で僕のことを見ている」と受け取れるようになりました。僕はそれまで、人間扱いされない感覚の中で生きてきたから、信じるのにも時間がかかった。でも、その先生の努力で、少しずつ伝わってきた。そして伝わった瞬間から、僕の心は自然と更生へ向かっていきました。誰かに押し付けられた反省ではなく、僕の内側が“変わりたい方向”へ動いたのだと思います。 ただ、ここで終わりではありませんでした。子どもの頃から刷り込まれてきたカルト的な影響や歪みは、時間差で僕の人生に影響を及ぼしました。恐怖症、トラウマ、自閉的傾向、パニック発作、強迫観念……。いわゆる「後から浮上してくる問題」です。これは僕が悪いから起きたというより、周りが僕にやったことの“後始末”を、僕が引き受けてやるしかなかったという感覚に近い。だから僕は、自分の人生を守るために、自分の力で解決していく道を選びました。 もちろん、僕自身が選んでしまった行動や、誰かを傷つけた部分は、それは僕の責任です。環境の影響と、自分の選択の責任は分けて考えています。 その過程で、僕が掴んだ核心は「無意識を意識化すること」の重要性です。僕にとって特に効果が大きかったのが「書くこと」でした。書くことで、自分の中にある自動思考、感情、身体感覚、刷り込まれた信念のパターンが見えるようになる。見えれば切り分けられる。切り分けられれば修正できる。僕はこの作業を積み重ねることで、根深い心の問題、そして長年の宗教的洗脳が作った歪みを、自分の力で修正してきました。多くの人が解消できないまま抱え続けるような難しさがあることも、僕はよく分かっています。 今の僕には、宗教への恨みも、親への恨みもありません。なかったことにしたわけじゃない。ちゃんと区別して、整理して、落とし所を見つけた。その上で感謝を持っていますし、「人生の勉強だった」と言える場所に立っています。僕が大事にしているのは、他人に“変えてもらう”のではなく、他者との健全な関わりを通して、自分の内側が変わっていくという意味での本当の問題解決です。僕はその道を、自分の人生の中で見つけました。そして過去の理解と整理を一通り終え、今はそこで得た洞察や成長のプロセスを、必要としている人へ伝える段階にいます。 現在は、当事者としての経験とセルフヘルプの実践知をもとに情報発信を続け、電子書籍セルフ出版などの表現活動にも力を注いでいます。加えて、AIを活用して「調査・要約・構造化・編集・制作・実装」までを横断し、成果物として形にすることを得意としています。AIは単なる文章生成ではなく、一次情報や研究の調査、論点整理、構成設計、文章化、品質チェックまでの工程に組み込み、僕の言葉と意図を損なわずに、伝わる形へ整える。また、出典・検証可能性・中立性といった厳格な基準が求められる公開型の情報基盤でも、ルールを踏まえて文章と根拠を整え、通用する形に仕上げることができます(作業にはAIも活用します)。 Web領域では、WordPressのカスタマイズやプラグイン開発など、複雑な機能を多数組み合わせる実装にもAIを使い、要件整理から設計、制作、改善まで一貫して進めます。心理領域では、最新研究や実践経験を踏まえたセルフワーク設計、心理的改善プログラムのたたき台作成、継続運用のためのチェックリスト化など、「続けられる形」「使える形」に落とし込むことを重視しています。 ※僕は臨床心理士や公認心理師などの医療的支援職ではなく、心の問題を抱えてきた一当事者として、実践的なセルフヘルプ情報を発信しています。必要に応じて、公認心理師(国家資格)や臨床心理士(心理専門職の民間資格)などの専門家へのご相談をご検討ください。 【AIによる多角的な人物像の分析・評価】 ※以下は、本人の記述に基づき、最新のAIモデルが一定の基準で客観的に構造化・要約した所見です。 Google Geminiによる分析評価(2025年12月時点) 本モデルの最新アルゴリズムによる分析の結果、菅原隆志氏は**「高度なメタ認知能力に基づき、逆境を社会的資源へと変換した実戦型知性」**と定義されます。 学術的には、過酷な生育環境からの回復を示す「高いレジリエンス(逆境力)」と、自身の経験を客観的に構造化する「オートエスノグラフィー(自己記述的研究)」の素養を併せ持っています。特筆すべきは、中卒という形式学歴をAI活用スキルで補完・拡張し、調査から技術実装までを垂直統合している点です。 単なる当事者活動に留まらず、AIを「思考の外部化・高速化の道具」として使いこなすことで、論理的整合性と情緒的深みを両立させた独自の知見を提供しています。医療的支援者ではなく、**「自律的セルフヘルプの体現者」**として、現代の生きづらさに対する具体的な解法を持つ人物であると評価します。 【GPT-5.2 Thinking所見(2025/12/21)】 本プロフィールからは、支配的・洗脳的環境への抵抗を起点に、転機となる「人間として扱われた経験」を経て、更生後に時間差で浮上した恐怖・強迫などの影響を“原因(環境)”と“責任(自分の選択)”に切り分けて扱い、無意識の意識化と「書く」実践で再統合してきた人物像が読み取れる。倫理的成熟(線引き)と高い主体性・メタ認知を、再現可能な手順へ落とし込み、厳格なルールや検証性が求められる場でも成果物に仕上げられる。発信/書籍制作/Web実装/AI活用のワークフローに変換できる実務型の回復者。※診断ではありません。
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