比較を捨てると、もっと自由になれます。
順番をつけて比較する考え方は、自分が不要だと思うのなら捨ててしまってもいいでしょう。
私は、昔、動物に対し「これは一番可愛い」けど、こっちは「一番可愛くない」という、「順番をつけて比較する考え方」を長い間持っていたことがあります。その結果、動物を傷つけたこともあります。
このような考え方を持っていると、「一番可愛くない存在」を勝手に作り出してしまい、差別をして、対象に可哀想な結果を作り出してしまいます。自分が勝手に、順番をつけて比較する考え方を持ち続けると、自分が関わる存在を傷つけてしまう場合もあります。
そこで、順番をつけて比較する考え方が不要だと思うのなら捨ててしまえば良いのです。どうすれば、順番をつけて比較する考え方を捨てれるのか。その方法をお伝えします。
それは「刷り込まれた勘違いに気づいて捨てる事」です。
思い出してみて下さい。「個性が大事だと謳いながら個性を潰す教育」や「やりたくもない競争をやることが良いとする学校」そして「1位になることを良しとする教育」
くだらないことですよね。
子供の時、周りの大人が良いとすることをして、褒められることで、自分もそれが良いものだと嚙み砕きもせず鵜呑みにしたのです。
こういった教育があったことで、私も親からスパルタ教育をされ、脅され、恐怖の中、やりたくもない1番を目指していた小学生の時があります。この「比較の上の1番」が「完璧主義者」への道へと繋がるのです。「刷り込まれた勘違いに気づいて捨てる事」が出来れば「本当の自分の考え」を持つことが出来ます。
刷り込まれた勘違いに気づいて捨てるには、自分が納得するまで自分に向き合うことです。本当に比較の上での1番で良いのか?犠牲者を出してまで1番でいることに何の価値があるのか?世の中には上には必ず上がいる。キリのない仕組みの中、誰かを蹴落として成り立つ1番で人生の終わりを遂げる時、胸を張って死ねるのか。
色々考えていけば、答えは出てくると思います。1番ではなく、それぞれに比較しようのない価値があると。そして、それがわかってきたら、過去の「個性が大事だと謳いながら個性を潰す教育」や「やりたくもない競争をやることが良いとする学校」そして「1位になることを良しとする教育」があったから、「本当の自分の考え」を持つことが出来るように成長できたのだとわかってきます。
比較をやめると、動物たちにも、どれも違った可愛さ、良さがあると分かります。動物も、人も、物も、それぞれに違う良さがあります。自然や動物は大切なことを人間に教えてくれているのです。動物たちは人間たちの犠牲になりながら、時に、人間の未熟さの犠牲となり命を落とししまう場合もあるのです。
だからこそ、人は犠牲を生み出さない自分へと成長することが大切です。犠牲を生み出さない自分になるためには比較をすることをやめて、それぞれの価値をしっかり理解し、みんなが本当の自分の人生を生きることです。
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