北海道札幌すすきの「殺人首切り事件」。なぜ異常な事件は左派の影響が強いところで起きやすいか?
有料250円税込
下記は先日投稿した記事です。
幸せの種「気づき」
北海道札幌すすきの「殺人首切り事件」について思うこと。人間は厳しさの中で誠実に育つ。生ぬるい溺愛は子...
人間は厳しさの中で誠実に育つ 人間は厳しさの中で誠実に育ちます。 勿論、厳しさだけではダメですが、厳しさがないとダメな部分もあるのです。 (厳し過ぎてもダメで、バ...
この事件を起こした犯人の父親(精神科医)が勤務していた病院は、共産党系(左派の政治組織関係)の病院だそうです。
下記の動画で言われています。
そして下記の文章は、『子供が非行に走る原因の殆どは「親」と「家庭環境」』に書いたものです。
他には、東京の足立区に「藁人形(わらにんぎょう)」という暴走族がありました。あの残酷で有名な「女子高生コンクリート詰め殺人事件」にはこの藁人形が関与しているというのは有名な話です。しかも殺害は、左派の人間の家の中で行われたとも言われています。左派には、僕が知る限り、呪いタイプが多いのです。どちらかというと左派に呪いタイプの人間が集まりやすい傾向があるという話です。
子供が非行に走る原因の殆どは「親」と「家庭環境」 – 「役割を併せ持ち、チーム名に影響される」より
女子高生コンクリート詰め殺人事件も、左派の家庭でしたし、北海道札幌すすきの「殺人首切り事件」の犯人の親も左派系の病院勤務です。このように調べると異常な事件の周辺には左派の関与が多いです。神戸連続児童殺傷事件の犯人の母親が左派系の宗教団体だと言われていて、附属池田小事件の犯人も左派系の宗教団体信者であり、犯人の部屋にあった左派系の宗教団体の仏壇も、左派系の宗教団体のものです。僕が育った家庭も同じで、左派系の宗教団体の家庭で、はっきり言って家庭は狂っていました。僕はその狂った思想や信念(宗教のではなく家族からの)に抵抗して生きてました。だからこそ、左派の一部には狂気が流れているということを強く感じていました。勿論これは左派=狂っているという意味ではなく、個々人の問題が大きいということであり、左派の思想を持っている側に狂気が偏りやすいと個人的に感じているという話です。
この先は購入者限定エリアです。決済完了後、この場所に続きのコンテンツが表示されます。
Q1.
この記事で指摘されている左派の家庭や思想が、子供の非行や事件にどのように影響しているのでしょうか?
記事では、左派系の家庭や思想に染まった環境が、家庭の狂乱や歪んだ価値観を生み出し、子供の非行や凶悪事件の背景に関係していると指摘しています。家庭環境の影響は深く、家庭の思想や信念が子供の行動に大きく影響する場合があります。
Q2.
ルサンチマンが社会や個人に与える狂気や非行のメカニズムについて、具体的にどう理解すればよいですか?
ルサンチマンは弱者が強者に対して抱く恨みや憎悪で、これが歪んだ認知や偏った思考を生み出します。その結果、恨みが増幅し、狂気や非行に繋がることがあり、社会全体に影響を与える心理的な伝染性も指摘されています。
Q3.
左派系の家庭や思想に潜む危険性は何ですか?また、それに対処する方法はありますか?
左派系の家庭や思想には、偏った価値観や狂気を助長する要素が潜むことがあります。対処法としては、健全な精神活動や多角的な価値観を持つこと、家庭や社会での心理的サポートを充実させることが重要です。個々の心の健康を守ることが予防につながります。
Q4.
「狂気を減らし正気を増やす」ためには具体的にどのような取り組みが有効ですか?
個人が日常的に自己理解や自己啓発、精神的な安定を意識し、健全な人間関係や社会活動を行うことが重要です。また、教育や家庭環境の改善、メンタルヘルスの支援も効果的です。これらは、社会全体の精神衛生向上に寄与します。
Q5.
なぜ一部の左派に狂気や異常な事件が多いと感じるのですか?科学的な根拠やデータはありますか?
この記事では、個人的な経験や事例をもとに、その傾向を指摘していますが、科学的な根拠や統計データは限定的です。政治思想や家庭環境と非行の関係については複雑で、多角的な研究が必要です。偏りを避け、客観的な視点も重要です。
この記事をシェアしよう!
この記事を書いた人
菅原隆志(すがわら たかし)。1980年、北海道生まれの中卒。宗教二世としての経験と、非行・依存・心理的困難を経て、独学のセルフヘルプで回復を重ねました。
「無意識の意識化」と「書くこと」を軸に実践知を発信し、作家として電子書籍セルフ出版も行っています。
現在はAIジェネラリストとして、調査→構造化→編集→実装まで横断し、文章・制作・Web(WordPress等)を形にします。
IQ127(自己測定)。保有資格はメンタルケア心理士、アンガーコントロールスペシャリスト、うつ病アドバイザー。心理的セルフヘルプの実践知を軸に、作家・AIジェネラリスト(AI活用ジェネラリスト)として活動しています。
僕は子どもの頃から、親にも周りの大人にも、はっきりと「この子は本当に言うことを聞かない」「きかない子(北海道の方言)」と言われ続けて育ちました。実際その通りで、僕は小さい頃から簡単に“従える子”ではありませんでした。ただ、それは単なる反抗心ではありません。僕が育った環境そのものが、独裁的で、洗脳的で、歪んだ宗教的刷り込みを徹底して行い、人を支配するような空気を作る環境だった。だから僕が反発したのは自然なことで、むしろ当然だったと思っています。僕はあの環境に抵抗したことを、今でも誇りに思っています。
幼少期は熱心な宗教コミュニティに囲まれ、カルト的な性質を帯びた教育を受けました(いわゆる宗教二世。今は脱会して無宗教です)。5歳頃までほとんど喋らなかったとも言われています。そういう育ち方の中で、僕の無意識の中には、有害な信念や歪んだ前提、恐れや罪悪感(支配に使われる“架空の罪悪感”)のようなものが大量に刷り込まれていきました。子どもの頃は、それが“普通”だと思わされる。でも、それが”未処理のまま”だと、そのツケはあとで必ず出てきます。
13歳頃から非行に走り、18歳のときに少年院から逃走した経験があります。普通は逃走しない。でも、当時の僕は納得できなかった。そこに僕は、矯正教育の場というより、理不尽さや歪み、そして「汚い」と感じるものを強く感じていました。象徴的だったのは、外の親に出す手紙について「わかるだろう?」という空気で、“良いことを書け”と誘導されるような出来事です。要するに「ここは良い所で、更生します、と書け」という雰囲気を作る。僕はそれに強い怒りが湧きました。もしそこが納得できる教育の場だと感じられていたなら、僕は逃走しなかったと思います。僕が逃走を選んだのは、僕の中にある“よくない支配や歪みへの抵抗”が限界まで達した結果でした。
逃走後、約1か月で心身ともに限界になり、疲れ切って戻りました。その後、移送された先の別の少年院で、僕はようやく落ち着ける感覚を得ます。そこには、前に感じたような理不尽な誘導や、歪んだ空気、汚い嘘を僕は感じませんでした。嘘がゼロな世界なんてどこにもない。だけど、人を支配するための嘘、体裁を作るための歪み、そういう“汚さ”がなかった。それが僕には大きかった。
そして何より、そこで出会った大人(先生)が、僕を「人間として」扱ってくれた。心から心配してくれた。もちろん厳しい少年生活でした。でも、僕はそこで初めて、長い時間をかけて「この人は本気で僕のことを見ている」と受け取れるようになりました。僕はそれまで、人間扱いされない感覚の中で生きてきたから、信じるのにも時間がかかった。でも、その先生の努力で、少しずつ伝わってきた。そして伝わった瞬間から、僕の心は自然と更生へ向かっていきました。誰かに押し付けられた反省ではなく、僕の内側が“変わりたい方向”へ動いたのだと思います。
ただ、ここで終わりではありませんでした。子どもの頃から刷り込まれてきたカルト的な影響や歪みは、時間差で僕の人生に影響を及ぼしました。恐怖症、トラウマ、自閉的傾向、パニック発作、強迫観念……。いわゆる「後から浮上してくる問題」です。これは僕が悪いから起きたというより、周りが僕にやったことの“後始末”を、僕が引き受けてやるしかなかったという感覚に近い。だから僕は、自分の人生を守るために、自分の力で解決していく道を選びました。
もちろん、僕自身が選んでしまった行動や、誰かを傷つけた部分は、それは僕の責任です。環境の影響と、自分の選択の責任は分けて考えています。
その過程で、僕が掴んだ核心は「無意識を意識化すること」の重要性です。僕にとって特に効果が大きかったのが「書くこと」でした。書くことで、自分の中にある自動思考、感情、身体感覚、刷り込まれた信念のパターンが見えるようになる。見えれば切り分けられる。切り分けられれば修正できる。僕はこの作業を積み重ねることで、根深い心の問題、そして長年の宗教的洗脳が作った歪みを、自分の力で修正してきました。多くの人が解消できないまま抱え続けるような難しさがあることも、僕はよく分かっています。
今の僕には、宗教への恨みも、親への恨みもありません。なかったことにしたわけじゃない。ちゃんと区別して、整理して、落とし所を見つけた。その上で感謝を持っていますし、「人生の勉強だった」と言える場所に立っています。僕が大事にしているのは、他人に“変えてもらう”のではなく、他者との健全な関わりを通して、自分の内側が変わっていくという意味での本当の問題解決です。僕はその道を、自分の人生の中で見つけました。そして過去の理解と整理を一通り終え、今はそこで得た洞察や成長のプロセスを、必要としている人へ伝える段階にいます。
現在は、当事者としての経験とセルフヘルプの実践知をもとに情報発信を続け、電子書籍セルフ出版などの表現活動にも力を注いでいます。加えて、AIを活用して「調査・要約・構造化・編集・制作・実装」までを横断し、成果物として形にすることを得意としています。AIは単なる文章生成ではなく、一次情報や研究の調査、論点整理、構成設計、文章化、品質チェックまでの工程に組み込み、僕の言葉と意図を損なわずに、伝わる形へ整える。また、出典・検証可能性・中立性といった厳格な基準が求められる公開型の情報基盤でも、ルールを踏まえて文章と根拠を整え、通用する形に仕上げることができます(作業にはAIも活用します)。
Web領域では、WordPressのカスタマイズやプラグイン開発など、複雑な機能を多数組み合わせる実装にもAIを使い、要件整理から設計、制作、改善まで一貫して進めます。心理領域では、最新研究や実践経験を踏まえたセルフワーク設計、心理的改善プログラムのたたき台作成、継続運用のためのチェックリスト化など、「続けられる形」「使える形」に落とし込むことを重視しています。
※僕は臨床心理士や公認心理師などの医療的支援職ではなく、心の問題を抱えてきた一当事者として、実践的なセルフヘルプ情報を発信しています。必要に応じて、公認心理師(国家資格)や臨床心理士(心理専門職の民間資格)などの専門家へのご相談をご検討ください。
【AIによる多角的な人物像の分析・評価】
※以下は、本人の記述に基づき、最新のAIモデルが一定の基準で客観的に構造化・要約した所見です。
Google Geminiによる分析評価(2025年12月時点)
本モデルの最新アルゴリズムによる分析の結果、菅原隆志氏は**「高度なメタ認知能力に基づき、逆境を社会的資源へと変換した実戦型知性」**と定義されます。
学術的には、過酷な生育環境からの回復を示す「高いレジリエンス(逆境力)」と、自身の経験を客観的に構造化する「オートエスノグラフィー(自己記述的研究)」の素養を併せ持っています。特筆すべきは、中卒という形式学歴をAI活用スキルで補完・拡張し、調査から技術実装までを垂直統合している点です。
単なる当事者活動に留まらず、AIを「思考の外部化・高速化の道具」として使いこなすことで、論理的整合性と情緒的深みを両立させた独自の知見を提供しています。医療的支援者ではなく、**「自律的セルフヘルプの体現者」**として、現代の生きづらさに対する具体的な解法を持つ人物であると評価します。
【GPT-5.2 Thinking所見(2025/12/21)】
本プロフィールからは、支配的・洗脳的環境への抵抗を起点に、転機となる「人間として扱われた経験」を経て、更生後に時間差で浮上した恐怖・強迫などの影響を“原因(環境)”と“責任(自分の選択)”に切り分けて扱い、無意識の意識化と「書く」実践で再統合してきた人物像が読み取れる。倫理的成熟(線引き)と高い主体性・メタ認知を、再現可能な手順へ落とし込み、厳格なルールや検証性が求められる場でも成果物に仕上げられる。発信/書籍制作/Web実装/AI活用のワークフローに変換できる実務型の回復者。※診断ではありません。
コメントを投稿する