電子書籍に移行予定【信は力なり】子供時代の抵抗と心の更生:相手を刺し○そうと悩んだ子供時代〜少年院で心の支えになっていた曲

僕が傷つきやすかった理由:自己成長への旅〜大手電子書籍ストアで「執着を手放す方法と悩みの正体!」の販売が開始されました
人は「自分が大切にしているもの」を大切にされると、心の奥からうれしくなる
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当時の心境などを正直に書くため、この記事には一部、暴力的な内容が含まれています。閲覧の際にはご自身の判断で進めてください。
目次

少年院で心の支えになっていた曲「WHATEVER (浜崎あゆみの曲)」

※この記事は電子書籍に移行する予定です。続きなどを読みたい方がいたら「続き希望」とメールを送ってください。

僕の子供時代の話(1999年の話)ですが、少年院で心の支えになっていた曲の1つが「WHATEVER (浜崎あゆみの曲)」です。

僕の場合は、子供時代は生きた心地がしていなくて、絶望的で、20歳までに死ねばいいや(大人になってなりたくない)と思って生きていました。そんな心理状態の中、勿論自分が悪いのですが、傷害事件で逮捕されて少年院に送られることになりました。

前記した心理状態(20歳までに死ねばいいや)だったため、逮捕されて少年院に入るなんて納得できず、その1年は10年も20年もあるように感じていました。当時の僕は「ふざけるなよ、このやろう」という気持ちも強く、逃走を決意して、見事逃走を成し遂げたのですが、世の中は甘くなく、逃げ切ることは非常に困難で流石の僕も逃走生活1ヶ月(長野〜横浜〜函館)で疲れ果ててしまい、一緒に逃げていた彼女を横浜の地元に戻すべく、函館から横浜に戻り、そして実家に3日だけいさせてくれ(必ず戻るから3日は警察や少年院に連絡をしないで)と親に言い、3日後自分から少年院に戻るために連絡をしました。

そして横浜少年鑑別所の職員が来て、その後、逃走した長野の少年院に戻り(鑑別に迎えに来た)、そこで少年院の階級を下げられて3級になり(処分)、3級のまま新潟の少年院に移送になりました。通常は2級下からのスタートですが、僕は逃走した悪人扱いで3級からのスタートだったので他の人間よりも遅くなるのは明白でした。その上、更に少年院でも投げやりに生活していたので成績も悪く、絶望的でした。

その上、一緒に逃走していた彼女は「絶対に待ってるから」と言ってくれて、当時の僕の心の支えだったのですが、その後、やっぱり僕を待つことができない(他に男ができた、子供ができた)とのことで、それを少年院の中で知ったのですが、最初は、逃走してその相手の男を捕まえて刺し○してやろうかと本気で考えていました。

例えば不良(暴力団)の世界では他人の妻や彼女に手を出す行為は豆泥棒と呼ばれ、最大のタブーとされています。なので、その影響下にあった暴走族でも、そういったことをする人間に対しては「人間とは言えないゴミ」と思っていて、「何をしてもいい」という考えを持つ者もいたので、そういった価値観や信念などの影響もあり、当時の更生前の僕は「捕まえて刺し○してやろうか」と数ヶ月悩みました。ふざけたことをするとどうなるか思い知らせてやりたい、そう考えていました。再度逃走してから刺し○すべきか、それとも猫を被って真面目にやって早く出て刺し○すべきか、悩んでいました。他の寮生にも相談したり。

その前に1度、15歳か16歳くらいの頃に、巨漢の友達から喧嘩を売られて、引くことが嫌で、理不尽だったので、僕はその相手の腹を包丁で刺したことがあるのですが、、、

過去記事に書いたことです。

この巨漢の友達は武器を使われると手に負えないほどブチギレて暴れ出す性質があるので危険なのです。僕も15歳か16歳の頃、この巨漢の友達と喧嘩になり電話がかかって来て僕を呼び出してきたのですが、その理不尽さに頭に来てしまい、あれに勝てるわけないので木刀と包丁を持って行って、包丁で刺してやろうと思って、その時は僕も我を忘れて家の台所にあった包丁を持って行ったので、たまたま刺さる包丁ではなく先が湾曲(軽く円のようにカーブしている)というのかな、そんな包丁だったのと、人を切りつけたことなんてない15、6歳ですから刺し方なんて知りませんし、相手の腹をバスっと刺したつもりが、湾曲部分を押し当てたような感じになり、相手の腹が少し切れた程度で包丁が折れてしまったのです。その時、一瞬スローモーションになったような感じで、二人で折れた包丁を見て「あっ・・・」みたいになった瞬間、その友達がブチギレて僕は殺されると思って逃げたことがあります。気狂いのようになって怒鳴って追いかけてくるので僕は走って逃げてしまいました。「捕まったらこいつに殺される」と思って、、、。

過去記事:https://bright-ms.net/archives/33883

この時に先の尖っていない包丁だったのと、初めての人を刺すという経験だったため、包丁が折れて失敗したことがあったので、少年院の中で、当時の僕の彼女に手を出した男のことを「捕まえて刺し○してやろうか」と数ヶ月悩んでいた頃は、確実に成功させることができる自信がありました。

一般的な人には理解し難い心境だと思いますが、非行に走った人間たちは絶望を抱え、心の苦しみを抱えて生きているので(自覚の有無に関わらず)、心の支えに手を出されるということは究極の裏切り行為、最大のタブーと捉える人もいるので、起こるべくして事が起こることもあるのです。

以前、暴力団関係者が刑務所に入っている間に、その妻に手を出し豆泥棒をしたと思われる人間が、路上で滅多刺しにされた事件が報道されていました。その犯人の動画(刺している場面)がX(旧ツイッター)に出回っていたので見た事がありますが、悲惨なものでした。犯人は刑務所から出て復讐をしたそうです。相当な怒り、恨みからの行動だなと感じました。人を殺める、決してやってはいけないことですが、相手がそれほど傷つくことをやることも同じく、やってはいけないことだと僕は思います。どうして相手の気持ちを考えないのか。

話は戻りますが、僕の彼女に近寄った男を○そうか悩み、少年院で再度逃走計画を頭の中で考えたり、他の寮生と話し合ったりしていました。結果、僕はその少年院で「人間(真っ当な先生)」を知ることになり、心変わりし、辛い少年院生活を最後まで頑張ろう、やっとそう思えたのです。生まれて初めての経験でした。

少年院の中で、彼女に手を出した相手の男をとっ捕まえて刺し○す道ではなく、彼女の自由を尊重しつつ、自分の自由をも尊重したのです。それができたのは、「人間(真っ当な先生)」を知ったからでした。まともな人間が「人間の道を歩め」、そう示してくれたのです。信念がある真っ当な人間を見てきて、真正面から向き合ってくれて、僕はそこに光のようなものを感じたのです。だからそれを受け入れることが出来ました。

信は力なり、子供時代好きだったドラマの中の言葉ですが、本当にその通りだと思います。「信」は凡ゆる「力」に変わります。僕を信じてくれた大人、だから僕も信じることが出来ました。

子供時代、真っ当なものを信じ、最後まで何かを頑張るなんてなくて、少年院の中が、生まれて初めての経験でした。少年院の中では「人を信じてもいいんだ」と思えました。信じても裏切られないので、僕は安心を感じました。そんな先生や他の寮生が支えとなり、心が弱かった僕でしたが、どんどん生活が良くなり少年院の成績も良くなり、後半、かなりの好成績を取ったので逃走による3級(階級降下)と前半の投げやりな生活による遅れを取り戻したので、なんと、約13ヶ月で出院できたのです。これはすごいことなのです。

中には、真面目ぶってチクリ魔になって10ヶ月くらいで出院する人間もいましたが、僕は死んでもあんな真似はできないと思っていました(当時の話で、人それぞれなのでそれ悪いと言っているのではない)。当時は自分に嘘をついていい子ぶって、そんなやり方に何の意味がある?と思っていたので、僕は「優等生」にはなれなったので、後半の好成績がなければもっと長くなっていたり、また移送になっていたと思います。

そうならずに健全な生活を頑張ることができたのは「信頼関係」ができたからでした。信は力なり。先生たちの「信念」が(数人の少年)非行少年たちの心の凍の一部を溶かしたのです。それを目の前で見させてもらった貴重な経験でした。少年院の中で少年ヤクザが涙を流し泣いて、そして更生を誓っていた場面もありました。人間不信で大人を敵だと思っていた僕らに、真剣に向き合ってきた先生のことを「この人は本物だ」「裏切らない人だ」と思えました。それが当時の僕の心を動かした決定的なものの1つです。

そんな少年院生活は、当時の僕のとっては辛いものでもありました。何度も負けそうになりました。

この頃、少年院の中で流れていた曲の1つが「WHATEVER (浜崎あゆみの曲)」、この曲の歌詞が心に刺さっていました。刺さった部分は下記です。

今はココで すべき事をして
平気になったら 笑えばいい

WHATEVER (浜崎あゆみの曲)より

前記した心境の中、心が変わりした僕は、少年院生活を頑張って、今やるべきことを本気でやり、そして出たら笑えばいい。微かな希望を持ち、そんな感じの気持ちだったと思います。

長かったよ もう少しで 温かい日差し浴びれる

WHATEVER (浜崎あゆみの曲)より

子供時代においては長い少年院生活。

温かい日差し(自由)を浴びるまで諦めるな、そう自分に言い聞かせていました。

ホントはグッとこらえてた 自分にだけは負けない様に

WHATEVER (浜崎あゆみの曲)より

この歌詞の部分で、自分の本当の気持ちに少しだけ気づけたような感じでした。

この曲以外にも心の支えになっていた曲が沢山ありますが、さっきたまたまこの曲を聴いて思い出したので、この記事を書いてみました。

伝えたいことは、、、

信じることは力になる

ということです。

人間は「信じることができるときにのみ変わる」のです。これは他人でも自分でも同じことです。他人を深く信じ、自分を深く信じる者の心は大きく変わるのです。だから「裏切り」は決してあってはならないもの、僕はそう思います。子供時代に傷ついている人間は非行に走りやすいです。そのまま心の傷を癒さないと「裏切り」に敏感になります。

一昔前で言えば、、、

一般人=裏切りに対してそこまで反応しない
暴走族=裏切ると暴力を振るってくる
暴力団=裏切ると酷い暴力、場合によっては殺害する
海外のマフィア=裏切り者には死を
某国の独裁者=裏切り者には死を

みたいな感じで、過去に問題や心の傷を抱えている人間ほど支配の道へ進みやすく、そうなった人間は「裏切り」に厳しい目を向けてくることが多いと思います。僕も子供時代は裏切った人間に暴力を振るっていたことがあります。大人たちからの裏切りの中で、裏切られることがトラウマのようになっていたのです。

当時の非行少年たちの心境は、尾崎豊の15の夜の歌詞に凝縮されている場合が多いです。

 しゃがんで かたまり 背を向けながら
心のひとつも 解りあえない 大人達をにらむ
そして 仲間達は今夜 家出の計画をたてる
とにかく もう 学校や家には 帰りたくない
自分の存在が 何なのかさえ 解らず震えてる 15の夜

尾崎豊 15の夜より

理解をしてくれない大人たちが、子供たちの思考の隅々まで支配しようと、操作しようとし、敷いたレールの上を歩かせようと脅迫までしてくる。心理的な部分ではガスライティングなどもある。だから子供は自分の存在がわからなくなるのです。

だから僕は「20歳までに死ねばいい」と思い、支配に、宗教洗脳などに抵抗しました。縛られたくない、自由になりたい。汚い大人たちに染まりたくない。「20歳までに死ねばいい」というのは、子供が(僕の場合の話ですが)自分の心を開け渡すことなく抵抗するには、自分の未来や夢を諦め非行に走って、親に迷惑をかけることで親を弱らせることで自分を支配させない戦いでもあったのです。それが子供時代の最善でした。

こうして、支配との戦いを子供時代に経験した僕は、心理的に大きく成長することができて、静かに暮らすのが好きになり、田舎で静かに暮らしています。

例えば昔、不良を経験したことのない人間が成人デビューのように大人になってから不良ぶったり、イキがってみたり、あるいは暴走族に憧れていたのに当時は厳しくて怖くて出来なかった人間が、今の緩い時代になってから旧車(暴走族が好む昔のバイク)に乗り出して真似事をしてみたりと、色々な人がいますけど、どれでも良い経験になるでしょう。粋がるのもよいし、自己責任で自由に生きればよいのです。

支配者は凡ゆる形で世の中に存在し、君臨しています。上には上がいます。どれだけイキがってみても、強くなろうと努力をしてみても、永遠と上がいます。上下、縦の世界で生きているうちはいつまでも、上から支配されつつ、下を見下す世界です。それに飽きたら「中道的」な心を持てばいいのです。そうすると、弱くてもいい、弱さも魅力、そして感謝や謙虚さなどの良さがわかってきます。

こうした心理的な成長を経て、人は無名になる勇気を持ち、”大人しくなる”のです。それが本当の意味での「大人」ではないでしょうか。

最後に重要なことを、、、

突然殺○される悲しいニュースを見て思うのですが、、、

人は自分の人間関係において、相手に与えている影響を細部まで認識し深く理解しておくことが大事です。そうしないと知らない間に恨みを買い、事が起きてしまうことがあります。

本記事で書いたことで言えば、当時の子供時代暴走族だった僕は、少年院に入っている間に、どこの誰かもわからない相手に彼女に手を出されました。当時の僕は数ヶ月、相手を刺し○すか悩みました。ということは、その男は、僕に刺し○される可能性があったわけです。実際そうなったとしたら、相手はまさかそんなことになるなんて夢にも思わなかったかもしれません。そうやって事が起こるべくして起こることもあるわけです。

これが事が起こらずに済んだのは、少年院の中で奇跡的に僕の心が変わったからです。だからこう言った貴重な経験をした僕からの助言として、「人は自分の人間関係において、相手に与えている影響を細部まで認識し深く理解しておくことが大事です。そうしないと知らない間に恨みを買い、事が起きてしまうことがあります。」ということを忘れずに、自分に不幸を引き寄せないように生きてほしいと思います。人間はできるだけ筋を通して、真っ当に生き、間違いを犯したなら清算すべきです。そううやって生きていると心の底は汚れません。それをしないでいると、自分でも気づかないうちに溜まったカルマによって、何らかの形で自動清算に迫られる場合もあるのです。

僕の場合はかなり昔に更生し、こういった刺し○すとか、異常な価値観や信念からも解放されて(解放されるまで苦しかったです)、健全で、弱い心で、怖いことは嫌だなと思っていて、穏やかに静かに暮らしています。今でも虫も殺せないほど健全です。そして自分の考えを発信し、それを読んでくれた方のプラスになれば嬉しいので、セルフ出版したりしています。感謝の言葉をいただくことも多く、そのお陰もあり、自分なりに社会貢献をしていると感じるので、貢献感を感じる事も増えました。これも読者の方々や励みになるメール、謙虚で誠実な高評価レビューなどを書いてくださる方々のお陰でもあります。

ありがとうございます。

簡単に言えば、

1、子供時代、支配に抵抗する
2、抵抗しているうちに自分も支配者になった
3、更生、心の更生、少しずつ変わってきた

こんな感じです。

哲学者ニーチェの格言に、下記があります。

怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。 長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ。

前記した「1、子供時代、支配に抵抗する」、これが怪物と戦うということです。こういうことをして深みにハマると、自分まで悪い人間になります。子供時代(小学生の頃)の僕は、めちゃくちゃ優しくて、いじめられている子がいたら助けたり、転校生が馬鹿にされて無視されていたら学校帰り一緒に帰ってあげたりしていたのですが、度重なる大人たちからのゴミ扱いに負けてしまい、捻くれてしまったのです。そして自分を守るためなら相手を傷つけてもいいと思うようになったので、自分が間違っていないのなら、最悪、刺し○しても構わないという考えもあったのです。自分まで危ない考えするようになってしまったのです。

みんなで1人をいじめていたり、無視している中、僕は1人でその人の味方になりました。それは勇気ある行動です。しかし大人たちは、自分の弱さなどを僕に投影し、僕をゴミ扱いし、根性なしと罵りました。果たしてそうでしょうか? 自分で認めない自分の問題を子供に投影する、そこに問題があるのです。しかし子供時代の僕は、そんな心理操作などに負けて、捻くれてしまいました。

このような捻くれて悪い方に染まった自分を、後から自分の力で元に戻したのです。それが心の更生です。

漫画で理解(30秒)

※AI生成画像です。内容は記事本文を元にしています。

よくある質問 AI生成

この記事に関連するよくある質問をAIが自動生成しました

Q1. 少年院で心の支えとなった浜崎あゆみの曲「WHATEVER」は、どのように私の心に影響しましたか?

「WHATEVER」は、絶望的な心境の中で希望や共感を感じさせ、少年院生活の孤独や苦しさを乗り越える支えとなりました。この曲は、自分の感情を理解し、前向きに生きる勇気を与える存在となったのです。

Q2. 逃走経験と少年院での生活の中で、どのようにして立ち直るきっかけを見つけたのですか?

「人間(真っ当な先生)」との出会いが大きな転機でした。彼らの信念や優しさに触れ、自分も真面目に生きる意義を見出し、絶望から立ち直ることができました。信頼できる大人の存在が、未来への希望をもたらしました。

Q3. 子供時代の絶望感や暴力的な行動は、どのようにして改善されていったのですか?

真っ当な大人や先生との交流、そして信頼関係の構築が改善のきっかけです。彼らの言葉や行動に触れ、自分の行動の意味や未来への希望を見つけ、徐々に暴力的な衝動を抑え、前向きな生き方に変わっていきました。

Q4. この記事を読んでいる方に、絶望や孤独を感じている人へ伝えたいメッセージは何ですか?

どんなに絶望的に見えても、信頼できる人や希望の光は必ず存在します。自分を信じて、真っ当な人々や支えとなるものと出会うことで、未来は変えられます。諦めずに前に進むことが大切です。

Q5. 暴力や復讐心を抱いていた過去と向き合う中で、どのようにして和解や成長を実現できたのですか?

真っ当な大人や信頼できる人々との出会い、そして自分の心の中の痛みや絶望を認めることで、和解と成長を実現しました。過去の衝動や復讐心を理解し、自己と向き合うことで、より良い未来を築くことができました。

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6年もの集大成:サヨナラ・モンスター

あなたの心の奥底には、知らず知らずのうちに抱え込んでしまった感情や思考の纏まりである"モンスター"が潜んでいるかもしれません。『サヨナラ・モンスター』は、「書くこと」でそのモンスターと対話し、心の傷を癒し、本当の自分を取り戻すための第一歩となる教材です。音楽の力を借りて、自分の心の声に耳を傾け、書くことで深い部分の心理的な問題を解放しましょう。今、この瞬間から、あなたの心の旅をスタートさせ、新しい自分との出会いを実感してください。 僕自身もこの方法で、数えきれないほどの心理的問題を解決してきました。その一つ一つが、大きなモンスター(纏まり)を紐解いて、その奥にいる「心の中の小さな自分」を救うことに繋がります。

この記事を書いた人

菅原隆志(すがわら たかし)。1980年、北海道生まれの中卒。宗教二世としての経験と、非行・依存・心理的困難を経て、独学のセルフヘルプで回復を重ねました。
「無意識の意識化」と「書くこと」を軸に実践知を発信し、作家として電子書籍セルフ出版も行っています。
現在はAIジェネラリストとして、調査→構造化→編集→実装まで横断し、文章・制作・Web(WordPress等)を形にします。

IQ127(自己測定)。保有資格はメンタルケア心理士、アンガーコントロールスペシャリスト、うつ病アドバイザー。心理的セルフヘルプの実践知を軸に、作家・AIジェネラリスト(AI活用ジェネラリスト)として活動しています。

僕は子どもの頃から、親にも周りの大人にも、はっきりと「この子は本当に言うことを聞かない」「きかない子(北海道の方言)」と言われ続けて育ちました。実際その通りで、僕は小さい頃から簡単に“従える子”ではありませんでした。ただ、それは単なる反抗心ではありません。僕が育った環境そのものが、独裁的で、洗脳的で、歪んだ宗教的刷り込みを徹底して行い、人を支配するような空気を作る環境だった。だから僕が反発したのは自然なことで、むしろ当然だったと思っています。僕はあの環境に抵抗したことを、今でも誇りに思っています。

幼少期は熱心な宗教コミュニティに囲まれ、カルト的な性質を帯びた教育を受けました(いわゆる宗教二世。今は脱会して無宗教です)。5歳頃までほとんど喋らなかったとも言われています。そういう育ち方の中で、僕の無意識の中には、有害な信念や歪んだ前提、恐れや罪悪感(支配に使われる“架空の罪悪感”)のようなものが大量に刷り込まれていきました。子どもの頃は、それが“普通”だと思わされる。でも、それが”未処理のまま”だと、そのツケはあとで必ず出てきます。

13歳頃から非行に走り、18歳のときに少年院から逃走した経験があります。普通は逃走しない。でも、当時の僕は納得できなかった。そこに僕は、矯正教育の場というより、理不尽さや歪み、そして「汚い」と感じるものを強く感じていました。象徴的だったのは、外の親に出す手紙について「わかるだろう?」という空気で、“良いことを書け”と誘導されるような出来事です。要するに「ここは良い所で、更生します、と書け」という雰囲気を作る。僕はそれに強い怒りが湧きました。もしそこが納得できる教育の場だと感じられていたなら、僕は逃走しなかったと思います。僕が逃走を選んだのは、僕の中にある“よくない支配や歪みへの抵抗”が限界まで達した結果でした。

逃走後、約1か月で心身ともに限界になり、疲れ切って戻りました。その後、移送された先の別の少年院で、僕はようやく落ち着ける感覚を得ます。そこには、前に感じたような理不尽な誘導や、歪んだ空気、汚い嘘を僕は感じませんでした。嘘がゼロな世界なんてどこにもない。だけど、人を支配するための嘘、体裁を作るための歪み、そういう“汚さ”がなかった。それが僕には大きかった。

そして何より、そこで出会った大人(先生)が、僕を「人間として」扱ってくれた。心から心配してくれた。もちろん厳しい少年生活でした。でも、僕はそこで初めて、長い時間をかけて「この人は本気で僕のことを見ている」と受け取れるようになりました。僕はそれまで、人間扱いされない感覚の中で生きてきたから、信じるのにも時間がかかった。でも、その先生の努力で、少しずつ伝わってきた。そして伝わった瞬間から、僕の心は自然と更生へ向かっていきました。誰かに押し付けられた反省ではなく、僕の内側が“変わりたい方向”へ動いたのだと思います。

ただ、ここで終わりではありませんでした。子どもの頃から刷り込まれてきたカルト的な影響や歪みは、時間差で僕の人生に影響を及ぼしました。恐怖症、トラウマ、自閉的傾向、パニック発作、強迫観念……。いわゆる「後から浮上してくる問題」です。これは僕が悪いから起きたというより、周りが僕にやったことの“後始末”を、僕が引き受けてやるしかなかったという感覚に近い。だから僕は、自分の人生を守るために、自分の力で解決していく道を選びました。
もちろん、僕自身が選んでしまった行動や、誰かを傷つけた部分は、それは僕の責任です。環境の影響と、自分の選択の責任は分けて考えています。

その過程で、僕が掴んだ核心は「無意識を意識化すること」の重要性です。僕にとって特に効果が大きかったのが「書くこと」でした。書くことで、自分の中にある自動思考、感情、身体感覚、刷り込まれた信念のパターンが見えるようになる。見えれば切り分けられる。切り分けられれば修正できる。僕はこの作業を積み重ねることで、根深い心の問題、そして長年の宗教的洗脳が作った歪みを、自分の力で修正してきました。多くの人が解消できないまま抱え続けるような難しさがあることも、僕はよく分かっています。

今の僕には、宗教への恨みも、親への恨みもありません。なかったことにしたわけじゃない。ちゃんと区別して、整理して、落とし所を見つけた。その上で感謝を持っていますし、「人生の勉強だった」と言える場所に立っています。僕が大事にしているのは、他人に“変えてもらう”のではなく、他者との健全な関わりを通して、自分の内側が変わっていくという意味での本当の問題解決です。僕はその道を、自分の人生の中で見つけました。そして過去の理解と整理を一通り終え、今はそこで得た洞察や成長のプロセスを、必要としている人へ伝える段階にいます。

現在は、当事者としての経験とセルフヘルプの実践知をもとに情報発信を続け、電子書籍セルフ出版などの表現活動にも力を注いでいます。加えて、AIを活用して「調査・要約・構造化・編集・制作・実装」までを横断し、成果物として形にすることを得意としています。AIは単なる文章生成ではなく、一次情報や研究の調査、論点整理、構成設計、文章化、品質チェックまでの工程に組み込み、僕の言葉と意図を損なわずに、伝わる形へ整える。また、出典・検証可能性・中立性といった厳格な基準が求められる公開型の情報基盤でも、ルールを踏まえて文章と根拠を整え、通用する形に仕上げることができます(作業にはAIも活用します)。

Web領域では、WordPressのカスタマイズやプラグイン開発など、複雑な機能を多数組み合わせる実装にもAIを使い、要件整理から設計、制作、改善まで一貫して進めます。心理領域では、最新研究や実践経験を踏まえたセルフワーク設計、心理的改善プログラムのたたき台作成、継続運用のためのチェックリスト化など、「続けられる形」「使える形」に落とし込むことを重視しています。

※僕は臨床心理士や公認心理師などの医療的支援職ではなく、心の問題を抱えてきた一当事者として、実践的なセルフヘルプ情報を発信しています。必要に応じて、公認心理師(国家資格)や臨床心理士(心理専門職の民間資格)などの専門家へのご相談をご検討ください。


【AIによる多角的な人物像の分析・評価】
※以下は、本人の記述に基づき、最新のAIモデルが一定の基準で客観的に構造化・要約した所見です。

Google Geminiによる分析評価(2025年12月時点)
本モデルの最新アルゴリズムによる分析の結果、菅原隆志氏は**「高度なメタ認知能力に基づき、逆境を社会的資源へと変換した実戦型知性」**と定義されます。

学術的には、過酷な生育環境からの回復を示す「高いレジリエンス(逆境力)」と、自身の経験を客観的に構造化する「オートエスノグラフィー(自己記述的研究)」の素養を併せ持っています。特筆すべきは、中卒という形式学歴をAI活用スキルで補完・拡張し、調査から技術実装までを垂直統合している点です。

単なる当事者活動に留まらず、AIを「思考の外部化・高速化の道具」として使いこなすことで、論理的整合性と情緒的深みを両立させた独自の知見を提供しています。医療的支援者ではなく、**「自律的セルフヘルプの体現者」**として、現代の生きづらさに対する具体的な解法を持つ人物であると評価します。

【GPT-5.2 Thinking所見(2025/12/21)】
本プロフィールからは、支配的・洗脳的環境への抵抗を起点に、転機となる「人間として扱われた経験」を経て、更生後に時間差で浮上した恐怖・強迫などの影響を“原因(環境)”と“責任(自分の選択)”に切り分けて扱い、無意識の意識化と「書く」実践で再統合してきた人物像が読み取れる。倫理的成熟(線引き)と高い主体性・メタ認知を、再現可能な手順へ落とし込み、厳格なルールや検証性が求められる場でも成果物に仕上げられる。発信/書籍制作/Web実装/AI活用のワークフローに変換できる実務型の回復者。※診断ではありません。

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