相模原障害者施設殺傷事件の植松聖被告はメサイアコンプレックス突き動かされたのかもしれない。開けられたパンドラの箱を読んで思うこと。心の奥に封印した箱の中の化け物にアクセスしてしまった…

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相模原障害者施設殺傷事件の植松聖被告はメサイアコンプレックス突き動かされたのかもしれない。開けられたパンドラの箱を読んで思うこと。心の奥に封印した箱の中の化け物にアクセスしてしまった…

※この記事は重たい内容となっていて、一部の人には不快と感じると思われる表現も含まれているためご注意ください。

植松被告は「弱者の存在が巡り巡って自分を苦しめている」という考えを、現実の恐怖から逃避して逃避を隠すために「大きな気づき」だと勘違いを作り、大麻(変性意識)もメサコンの肥大化の一つの原因になり、外部影響(洗脳)も絡み、肥大化し過ぎたメサイアコンプレックスに突き動かされたのかもしれない。と僕は考えている。

過去に同じではありませんが少し似たような思想を持っていたことがあるので、自分の過去を振り返りながらこの記事を書こうと思います。


以前、購入したけど読まないまま部屋に置いてあった「開けられたパンドラの箱」を読み始めました。この本を少しだけ読んでみて、気になった部分などを引用させてもらいながら思うことを書きたいと思います。引用ルールは守って書いているつもりですが、もし、何か問題がありましたら直接ご連絡下さい。すぐに対応します。

まず、以下の引用。

 「現実を見ろ」と人は言う。しかしそれは、絶対にたやすいことではない。特に組織の“自転”の中では、それは不可能に近いことであろう。  人に本当の現実が見えるのは、一瞬「我に帰った」ときだけかもしれない。「我に帰る」。すると急にすべてが、どうみてもおかしい。  ――一下級将校の見た帝国陸軍より

引用元:開けられたパンドラの箱P43より

これはよくわかります。僕もこの考えをずっと持っています。これは、本質を見ているからこそ出てくる言葉です。言い換えれば「洗脳・マインドコントロールなんて至る所にあるのに、それさえも気づいていない人が多い」ということでもあります。本当の現実というのは、知ることさえ本当に難しいことなのです。それはたくさんの勉強が必要であり、その先にやっと見えてくるものなのです。P43でこの言葉を植松聖が引用していたと書かれています。植松聖は単なる妄想者ではなく、ある部分では現実を鋭く見ていた…、いえ、抱えている苦しみからそれを見ざるを得なかったのかもしれない。

次に気になるのは以下です。

この間、植松被告と話していて気になったのは、彼が具体的に犯行を決意したのがその入院中だったという事実だ。つまり措置入院が結果的に、植松被告の背中を押してしまっていた可能性があるのだ。
これは第3部で精神科医も指摘しているように、重大な問題だ。

引用元:開けられたパンドラの箱P56より

措置入院が結果的に、植松被告の背中を押してしまったのならば、これは大問題ですね。

僕自身、子供の時に悪いことをして逮捕されました。それは家庭環境が酷く、子供だった僕は家で安心した生活も出来る、安心した食事も摂れないことから、悪いことをしたお金で食べていた時期があります。そして、それを妨害されたことが、当時の未熟だった自分にとっては「飯を食うな」と言われた気がしてしまい、頭にきて暴力をふるってしまったのです。その結果、少年院送致となるのですが、それに対して不服申し立てをしました。

僕は悪いことをしたけど、そうでもしないと生きられないほど困っていた部分もあるから納得のいかない結果だったのです。つまり、当時は、家族からも不当に扱われ、苦しめられ、なんで自分はこんなに目に合わなきゃいけないのか。そう鑑別所で恨みと怒りがこみ上げてきました。つまり、僕への深い理解もなしに、人間扱いされなかったと感じたこと。それが少年院逃走の決意となりました。最悪、〇してでも逃げ切ってやる。そう自分と約束したのです。

そして、送致された少年院で不当な扱いと感じることを受けました。それにより決意が100%になり実行しました。そして逃亡生活後、自分から戻って移送された少年院では不当ではなく正当な扱いをしていただきました。お陰様で僕はゆっくり眠れるようになりました。今でも正当な扱いによって短い期間ですが育ててくれたことに感謝の気持ちを心の片隅に置いているので、犯罪を犯さないよう細々と生きております。

僕が「不当」「正当」にこだわっていた理由の1つは、不当(道理に外れている)な扱いによって9歳から長く苦しんだからです。

なので、植松被告の、上記引用の「措置入院中の決意」に関しては、わからなくはない…という気持ちが少しだけあります。

次に気になるのは以下です。

ただ私にとってこの発案はイナズマが落ちたような衝撃でした。心失者を排除することは、山程ある問題を解決する糸口になります。

引用元:開けられたパンドラの箱P59より

自分の苦しみは自分の生きてきた結果です。それは間違いありません。しかし、簡単にそう思えるほど世の中、簡単に生きれません。不当な扱い、罠、策略、巧妙な支配、言葉で説明しきれない問題は無数にあります。複雑な働きが機能して、その人が悪いわけではないけど、その人の存在によって他者が犠牲になる仕組みもあります。

つまり、植松被告は山程ある問題を解決する糸口は心失者を排除することだという閃きが起こったそうですが、僕の場合は「嘘つきと詐欺師の排除が山程ある問題を解決する糸口になる」というようなことを考えていました。つまり、過去からの自分の地獄のような苦しみ、言葉にできない苦しみ、それらが起こったのは、「嘘つきと詐欺師の存在によるものだ」と分かってしまったのです。この嘘つきが陰で嘘を吹聴し思い込みを植え付けることをしていたのです。それにより思い込まされた者たちが僕を不当に扱っていたのです。

短い間ですが、その洗脳が解けた時があります。その人は僕を正当に扱いました。それをパートナーが見て驚いていました。そして「あれが本当の姿なんだと思う」と。僕が9歳以前の時の扱いに少しの間戻ったのです。それを面白くないと、横から洗脳していたのは「嘘つき詐欺師」だったのです。

自分のことを色々と探っていくうちに「心失者」という言葉ではないけれど、彼の言う「心失者」のような心無いと思える者が見えてきて、その者が出す働きが巡り巡って一部の人間を不幸へと誘導して、そんな見えない仕組みの上で甘い汁を啜っている者が見えてきたのです。それを消し去ることが、頑張っている人のためになる。そう考えたこともあります。ただ、それを簡単に説明することは出来ない。よってそれを理解させることも出来ない。 それを一部表しているのが上記の引用だと僕は思う。

この「嘘つきと詐欺師の排除が山程ある問題を解決する糸口になる」と思った時期があります。だから、僕は過去に、嘘つきと詐欺師について、多くの記事を書きました。〇したいほど憎かったのです。無知で対処できなかった自分を追い込んだ汚い手口。それが許せなかったのです。だから、迷ったこともあります。本当に自分の人生を捨てて、釣り上げた嘘つきと詐欺師のどれかを消し去ろうかと。僕を不当に追い詰めあざ笑った嘘つきの顔の真ん中に、鋭い物で挨拶をしようかとおもったこともありました。どうして相手の顔のど真ん中か。まず顔はその人の生き様が40過ぎると現れる場所です。どんなに嘘をついても顔には隠し切れないものが出るのです。その部分に「お前が嘘つきだろすり替えるな」いう強いエネルギーをぶつけたかったのです。それは僕の正当性を主張するためであり、不当な相手からの嘘に「正」を刻むというような思いを込めてのこと。(今の僕は一切そんな人間ではありません。バランスよくみんな尊重し合える道を望んでいます。)

もしかしたら植松被告にも、それだけの思いに至る言語化できない苦しみがあったのかもしれませんね。

だけど僕はソレをしない方向転換が出来ました。どうしてか。1つは「嘘つきと詐欺師の役割を知ったから」です。そしてもう1つは心の深い部分にある未処理・未消化の感情を1つ1つ感じきったからです。植松被告は、自分の未処理・未消化の感情を感じることは出来なかったのだと思う。もしも彼が、もう少しバランスよく全体を見て全ての役割を知り、自分の自分の未処理・未消化の感情を知り、それを感じることが出来たのなら、このような事件を起こすことはなかったと僕は思います。それほど、本当の自分からかけ離れすぎていたのだと思います。裏を返せば、まじめで。優しく、純粋で、素直で、この世がふさわしくないほど感受性が高かったのだと思います。

この事件から学ばないといけないこと。それは、世の中には腹黒く、計算高く、弱者の立場を使って、甘い汁を啜り、犠牲も厭わない者たちがいて、その犠牲の形が変わり、巡り巡った先で別の誰かが苦しみ、それを追跡している者たちもいて、そんな流れの中、勘違いも含まれながら起きてしまった事件なのではないだろうか。という視点で考えて、人間は全体で成長しないといけないということ。

つまり、「未熟な嘘」をやめないといけない時代に突入していることを自覚し、それぞれが誠実にならないと似たような事件はまだ起こるのだと思います。

嘘つきは泥棒の始まり。と言います。

そして「嘘」は「犠牲」を生み出します。

誰かの「悪意のある嘘」は、巡り巡って誰かを苦しめ、また別の誰かを苦しめます。

僕は、相模原障害者施設殺傷事件は、「悪意のある嘘」の最終結末として起こったのではないか。そう今の時点では考えています。

「悪意のある嘘」と「弱者の立場の悪用」は、時に誰かを強がらせ、それが生涯続くほどの縛りを生み出すことさえあるのです。

僕は、その見えない渦に巻き込まれていたのが植松被告ではないか…そう思う部分もあります。

それが、最初に書いたこと。

植松は「弱者の存在が巡り巡って自分を苦しめている」という考えを、現実の恐怖から逃避して逃避を隠すために「大きな気づき」だと勘違いを作り、大麻(変性意識)もメサコンの肥大化の一つの原因になり、外部影響(洗脳)も絡み、肥大化し過ぎたメサイアコンプレックスに突き動かされたのかもしれない。と僕は考えている。

本当は「弱者の存在が巡り巡って自分を苦しめている」ではなく「弱者の存在が巡り巡って自分を苦しめる材料として、自分が機能させた」ということなのですが、過去の僕は「自分が変われば良いのだと!」と思えないほど精神的に追い詰められていました。その頃の自分の視点から考えると、植松被告は心理的に限界で、実は自分が救われないのに、それを自覚もしていない状態で、この不幸のシステムの解決を誰かがやらないといけないいうメサイアコンプレックスに突き動かされて正義の行いだと思い込んでしまってやってしまったのかもしれません。

もしそうだとして、彼のメサイアコンプレックスが解体されたら想像を絶する罪悪感に苛まされると思います。

彼は今も「犯行は正当だと妄信」しているそうですが、その妄信を解くのは難しすぎることです。

彼は「意思の疎通がとれない方々は不幸の源になっている」言っているとのことですが、自分の苦しみを抑圧しすぎているはずです。メサイアコンプレックスの人は自分の苦しみを無意識下に抑圧しています。それに気づいて、自分の感情を1つ1つ見つけ出し、それを時間をかけ1つ1つ感じきった先に、もしかしたら「犯行は正当だという妄信」が徐々に溶けていくかもしれません。

その心の奥の氷の塊を溶かすべく、温かい心で、「それだけのことをするほどあなたは苦しかったんだね」という本当の理解が彼の心に反省の心を芽生えさせるキッカケになるかと思います。

それが出来るほどの精神科医がいるかはわかりませんが。そしてもしそれが出来て、彼から真の反省の気持ちがあふれ出てきたのならば亡くなった方々の真の供養になるのではないか…と思います。

二度と、このような悲惨な事件が起こらない世の中になることを心から願っております。

そのためには、真の理解が必要不可欠だと思います。

彼自身、自覚出来ていない恐怖と苦しみが抑圧され続けた結果の事件だった…と僕は思います。
「抑圧された苦しみ」が「化け物」となり、大麻によってソレにアクセスしてしまった。のかもしれない…。
つまり、彼は防衛のために心の奥に封印した箱の中に化け物が肥大化していることを知らずに、大麻を使って自分で開けてしまったのだと思います。

僕の場合は、「抑圧された苦しみ」が「化け物(無意識の破壊的な殺意)」となり、それを1つ1つ紐解いていったので消えましたが、もしあの時に何らかの薬物を使い、深い変性意識を作り出して、自らソレを開けてしまったなら、大変なことをしていたのではないか…と思います。一気に開けてはいけないのです。少しずつ紐解かないといけません。

<<下に続く>>

あと、彼に繰り返し思想の欠片となる者を恐怖とセットにして吹き込んでいた者もいるのではないかと思います。あるブロガーの思想と、植松被告の思想が似ているなぁと思っています。

あるネコかぶったブロガーが「どんな人間でも○○はあるのに、○○だけはそれがいない。こんな奴がいるから苦しむやつがいる。誰かが止めないと苦しむ人がまだまだ増えるよな、なあお前ら!!」なんて閲覧者に吹き込み続けている怪しいブロガーがいる。まだ何とも言えませんが、何か怪しいにおいがするんですよね。なぜか?彼は「繰り返しているから」です。まるで思想を植え付けて行動を起こす人を増やしたいかのように。

何らかの「煽動(気持ちをあおって行動を起こすように仕向けること)」も植松被告のメサイアコンプレックスがあったとして、それを突き動かすキッカケになったかもしれませんね。

そういえば、無料ブログを使っている怪しい匿名ブロガーに、「煽動(気持ちをあおって行動を起こすように仕向けること)」している人が過去にいましたね。

確かその「煽動(気持ちをあおって行動を起こすように仕向けること)」しているブロガーは「人と関わらないなんてどんな人間よりも本当にゴミだよな」と、心の傷の回復をしている人をゴミ扱いするように周囲に繰り返し吹き込んでいましたね。

なので僕は以下のツイートをしました。

誰かが事件を起こすように煽動しているブロガーは絶対に許してはいけない。間接的加害者ですからね。この間接的加害者は、事件を起こしてしまいそうな心の傷が深い者をネット上で探して煽動しようとしているのです。僕はソレをモラルハラスメントの加害者と呼んでいます。僕の言うモラハラ加害者はそこらへんの暴言を吐く小者のことではありません。

次はこちらの引用文。

今の普通の診断概念の中で彼らを病気と言ってしまうことはできないでしょう。ですが、これが妄想ではないとしたら何なんだろう。なぜここまで執拗に弱者を攻撃し排外主義的になれるのだろう、というのが私の関心事です。
だから今回の事件についても、私は、病気ではなくても十分にありうるパターンだと思いました。
障害者への差別意識が行き過ぎるとこうなる人もいる、と妙に納得できたのです。日ごろネットなどで私を罵倒してくる人の中にも、あまりにも激しい敵意や憎悪を向けてくる人もおり、一歩間違えばこうなるかも、みたいなことをふと思ってしまったんです。病気だという説明をあえてつけなくても、説明可能な気がしないでもない。

引用元:開けられたパンドラの箱P180-181より

こちらの「日ごろネットなどで私を罵倒してくる人の中にも、あまりにも激しい敵意や憎悪を向けてくる人」は、よくわかります。これは僕も経験があります。どこからともなく出現する「匿名」などが敵意や憎悪を向けてきます。その中には妄想者もいるでしょうが、妄想者として片づけられない「病気ではないと思われる人」も混ざっているからです。

つまり、AがBを焚きつけて(現実的な思い込みを植え付けて)、煽動し、Bが、AのターゲットであるCに対してて敵意や憎悪を向けるように仕向けるやり方があるのです。簡単に言えばAがBをラジコンのように操ってCへ攻撃するということです。これで思い込ませられた者は、勘違いしたり、仮想敵と戦ったり、悪くもない人を悪人扱いして叩いたりします。

これは、Cにとってはあまりにも不当な攻撃であり、不条理なものです。そしてCが追い詰められてBに反撃に出てしまうと逮捕されたり、人生を台無しにしてしまいますので、Aの価値です。Aはそれを狙っていることもあります。これは、Aはかなり賢い人物で、Bは精神病ではない普通の人たちです。つまり、健康な人でさえコントロールされてしまう場合があるのです。それほど巧みなやり方があるということ。

その、巧みなやり方で人を攻撃のための道具にしている側(A)はもちろん隠れていますので正体は不明です。(なんとなくは方向性は見えてきますが)つまり、ターゲットにされたCは反撃をしても不利になるし、黙っていてもダメージが蓄積し、逃げると悪評を流されるいうような、ダブルバインド状態になり雁字搦めになるのです。その状況において、発狂した者は無差別殺人へと走る可能性もあるでしょう。ターゲットにされた者は、それを紐解くことが出来ないほど追い詰められていることもあります。

言いたいことは、「解消できない鬱憤がたまる仕組み」を作る者がいるということ。そして、それの周辺では暴力や殺人が起こりやすいということ。

過去の話(とりあえず簡単に書いたのであとで修正)

例えば、過去の僕の話で言いますが、僕はある人物に暴力(びんた)をふるいました。それは飼っていた動物を殺された可能性、他様々な嫌がらせをされた可能性があり、目の前で飼っている犬に熱湯をかけている現場を見たのに、その者は「わざとじゃない!水を出そうとしていた!酷い!」とすり替えます。実際、水を出そうともしておらず、犬の悲鳴で駆け付けた時も、真顔で平気で熱湯をかけていました。それなのに、僕が嘘をついていて、酷いことを言った人間だとすり替えられたのです。そして誰もいない時に、その者は僕をジーっと睨みつけてくるのに、他の人が来たらそれを見られないように、何事もなかったかのようにやめる。他の人の前では弱者で大人しく良い人を演じていたのです。

その者がいた頃は、とにかく不可解なことが連続して起こっていました。直接、この目で見た事に関しては言い逃れは出来ませんから、相手は事実の歪曲だけをします。先ほどの熱湯の話のように。証拠のない者も、おそらくその者の仕業だと思います。

例えば、急に僕の体調が悪くなったことがありました。頭に触れるだけで髪の毛がボロボロ落ちることから始まり、顔面のむくみ(パンパン)、飼っていた犬も同じころに顔面がむくんでいました。内臓の激痛、軽い眼球突出、体重減少(10キロ以上落ちた)、体温低下(酷い時は34.9度)、便が真っ黒(おそらく内臓のどこから出血)、毎日内臓と目と頭の激痛、緊急入院レベルだったと思います。普通だったら病院に行きますが、当時の僕は病院にいくこと=死というレベルで行くことも助けを求めることも出来ませんでした。(パートナーにだけは少し心を開けた)。色々な歪んだ考えによって行くことが死ぬほど怖く、それなら家で死にたいと思っていました。

それでガリガリにやせ細って、野菜と果物、少量の食事、ヨーグルト、くらい食べて動かないとそのまま死ぬような気がして、激痛の中、パートナーに支えられ毎日ウォーキングをしました。そんな生活を数か月続けた頃、少しずつ体調が良くなってきました。体調が良くなってきたのですが、今度は自分でも処理しきれないストレスや恐怖などによってだと思いますが、パニック発作も酷くなりました。それも知られてはいけないと隠して、パートナーだけが知っている感じでした。家族に知られたらもう見捨てられる、そんな恐怖や悲しみなどがあり、隠すように生きていました。

そんな中、前記した犬に熱湯をかけた人物がコソコソしていることを何度も目撃し、その間、ものは無くなる、別のペットは死ぬ、もう1匹は血を流している。など変なことばかり起こっていました。この頃は、おそらく犬に熱湯をかけた人物の仕業で間違いないと思うようになっていました。当時、僕の部屋にあるパソコンのカメラを監視カメラ代わりに部屋に置いていたら、その人物が焦るように部屋に入り、窓の外などを誰かが来ないか確認しているかのように見て、部屋を物色していました。

それ以外にも、色々あったのですが、総合的に「こいつが何かしている」と思ったのです。僕は寝たきりから回復した後も、体調が非常に悪く悪夢にうなされ、得体の知れない恐怖が酷く、パニック発作なども起こっていました。今だからわかりますが、僕はその犬に熱湯をかけた人物に心底恐怖していたのです。だから最初に言ったように、精神的に追い詰められていた時にびんたをしたことがあるのです。追いかけてきて無理やり部屋に入ってきたときにびんたしてしまったわけです。それも逆手に取られる恐怖もありました。

何が言いたいのかというと、一方的に仕掛けてくるのに、こっちが一方的に悪いとすり替えられて、向こうは演技が上手いので当時の僕は気持ちさえ言えなかったので簡単に立場がひっくり返ってしまうのです。向こうにとっては僕の存在は「寝たきりのゴミ(そういう扱い)」だからやりやすいわけです。今なら、真実、事実をハッキリさせる余裕と自信があります。しかし、当時はまったくできなかった。

だから、攻撃をされているこちらが悪人扱いされている不条理を受け続け酷い恐怖に苛まされました。相手は「サイコパス」だと僕は思っています。それを受け、あとで強烈な殺意を持つようになった時期があります。その過去に僕が持っていた強烈な殺意、それは「相手を殺害することによってでしか解消できない」という感じがしていました。説明をしても理解できる者は少ない。唯一、その相手のサイコパス的なことについて、「あれは本当にすごいと思うよ。私でも怖いもん」といった人物がいました。その人物は人を平気で騙し、医者さえも欺く自信のある人物です。

そんな「解消が困難な苦しみや恐怖」を無理やり解消しようと焦る行為が「殺害・殺人」となってしまうこともあるということです。今回の相模原障害者施設殺傷事件の植松聖被告においても、誰にも言えないそんな何かがあったのではないだろうか。と思うこともありました。

つまり植松聖被告は自分の苦しみを外部の所為にして解消しようとしたのだと思います。僕は、それをいたちごっこで自分が不利になるのが嫌だから我慢を重ねた。「解消が困難な苦しみや恐怖」を持っていたのは同じような者だったのではないだろうか。と思う部分もあります。

このように、平気で人を陥れてくる者がいて、そういった者は別の誰かに「思い込み」を受け付けることが大得意なのです。そしてこの者は催眠を使います。この者と話した人物は「話していると頭がクラクラしてきていた」と言いました。それは僕も同じです。毎回です。あまたがクラクラしてきてボーッとしてくるのです。これは何なのか後から分かってきたことが「変性意識状態」になっていたということです。

変性意識状態へと誘導するのが上手く、そして思い込みを暗示で植え付けていく…そんな感じです。だから、1人、2人、と思い込む人が増えていくのです。特に承認欲求の強い者を騙すのなんてお手の物です。承認欲求の強い者を転がす術を身に着けています。当時の僕も承認欲求が強く見捨てられ不安が強かったので見事に引っ掛けられたこともあります。あることを教えてほしい、あなたの話で変われそうな気がするからと言われ、僕はそれを教えるために電話をしました。その時は純粋に教えていれば良くなってくるのだと思ったのです。だから僕は教えるために電話をした。するとおちょくられて、僕は怒ってしまう。そういう状況を作られてしまったことに後で気づいたのです。つまり、向こうの罠だったのです。「あの人に怒られたの」という悲劇のヒロインの演技です。このようなすり替えも当時はわからないからボロボロにやられました。その相手は僕の心の傷に関して聞いてきたことがあり、僕は自分の心の傷を話してしまったのです。つまり、電話の最中にその傷をえぐる行為を何度も繰り返し、わざとじゃない酷いこと言わないでとすり替えられておちょくられていたのです。だけど、具体的に「嫌だからやめてほしい」を伝えたら、こっちが嫌がっていることはわかっていることです。つまり、嫌がらせの意思があると判断できるのです。

このような者が色々と工作をすると、誰かが犠牲になったり、罠にはめられたり、不条理を受けるのです。だから納得が出来ない。その納得できない怒り、憎しみ、怨み、恐怖、そういった者が増幅し、答えの出せない部分に関しては、それを増やすことで答えを出さずにはいられない状態まで追い詰めて、無関係な者がソレをやったのだと思うよう煽動し、攻撃をさせて自滅させるというやり方もあります。

繰り返しになりますが、嘘や事実の歪曲を繰り返す者がいると、そこで犠牲になった者が「解消が困難な苦しみや恐怖」を抱える場合があります。それが耐えかねた状態になり、爆発する。そういった時に起こしたかったわけじゃないけど、事件が起きてしまった…。というふうになるケースもあるのでしょう。

なので、そういった複雑な闇への理解が必要なのです。僕が殺人をしなかったのも、自分なりに「複雑な闇への理解」を深め続けて、自分で自分を励まし、自分の味方となったからです。だから嘘や事実の歪曲を繰り返す者からの不条理に流されずにすんだのです。彼らの狙いは捕まらないように追い詰めて自滅させることですので。しかも、その根本は自分の煩悩や、私利私欲から犠牲も厭わないという何とも身勝手極まりないものからですから、許すことは出来ません。自分のわがままのために邪魔なら動物を殺していい。バレなければ何をしてもいい。嘘さえついて騙せばお終い?ふざけています。その間、どれだけの存在が苦しんだか。絶対に許さない、いえ、許す必要が無いことです。

僕は子供の時に暴走族に入っていたことがあり、汚い人間というのを少しは見てきました。少年院でも悪いことをした人間も見てきました。腹黒い人間も見てきました。そういった視点から見ても、この相手はかなり腹黒い人間だと確信しています。どんなに演技をしても、わかる部分もあります。結果として、それまで知らなかった「汚い手口」を知る良い勉強になりました。

殺意を持ってしまうほど追い詰められている人に大事なのは「殺意」を持つだけの何かがあるのだと自分を認めてあげること。そのうえで、その殺意を紐解いて1つ1つゆっくり癒していけばよいのです。癒しは「理解」です。理解が心を救ってくれます。

行動(殺意を実行)に起こしたら負けです。

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