親に対する恨みは例え親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げ!?

URLの変更に伴いShare数がリセットされました。沢山のShareをいつもありがとうございます。
虐待のトラウマを解消できる【虐待根絶マニュアル】
性の発散として動物虐待をしてしまう…
そんな癖があった人の悩みも解消した確かなマニュアル
薬を使わない精神科医も推奨
親に対する恨みは例え親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げ!?

旧URLでのいいね数

※これは、私個人の考えですので鵜呑みにせず左右されないで下さい。違う考えを持っていて良いのです。確実な正解はありません。

親に対する恨みは、例え、親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げだと思えば、成長できることもあります。そして、親への恨みが酷い人(恨むことが必要な時期の人)は、この考えは否定して下さい。私自身も親への恨みが酷かった時は「この考え方は絶対に受け入れられない!」と思ったことがあるからです。



自分の都合でかき集めた親イメージ

私はあることに気が付きました。それは「親に対する恨みは、例え、親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げ」と言う事です。「でっち上げ」と言う言葉が悪く聞こえるかもしれませんが、あえて「成長材料」とするために書いています。

「何!?親が悪くない場合なら納得できるが、親が悪い場合も自分のでっち上げとはどういうつもりだよ!」と、このように思う方もいるのは当然です。しかし、書いたとおり「親に対する恨みは例え親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げ」の場合もあるのです。逆に、そうではない場合もあると思います。「世の中の不満に必死に食いついてどうするの?」も合わせて読んでみて下さい。

まず、人は誰かに「依存」して、その依存関係が深くなり、その依存関係がないと精神的、身体的に不快な症状を生じるようになるので、依存関係を継続しようとします。つまり、子供が親に依存するのは当たり前のことですから依存を恥じる必要はありません。大人になっても依存してしまうのも、それだけの理由があるので恥じる必要はありません。恥じるのではなく自分のペースで1歩ずつ「依存」から「精神的自立」へと向かっていくことが大事なことです。

話は戻りますが、依存関係がないと精神的、身体的に不快な症状を生じるようになるから、それを回避するために本来は自分を育てて不快な症状が出ないようにすることが必要ですよね。しかし、自分で自分を育てないと、その分、依存相手に求めてしまいます。その結果「自分の依存を継続することに都合の良い相手のイメージ」を持つようになります。

その結果、自分の都合でかき集めた「親イメージ」を持ち、それを恨み、自分の都合でかき集めてしまった親イメージ「支配」されて、自分の都合でかき集めた親イメージによって苦しみむこともあるのです。

親を恨むことも依存することも間違いではない

もう少し具体的に説明しましょう。

親に虐待されたり洗脳されて育ったとしても、それは、事実や出来事はあったとして、それはそれで別のことです。つまり、アドラーの言うところの「材料」なんです。例えば、親から金属バットで引っぱたかれて、母親からは感情の虐待を受けた子が、社長になり、精神的にも健康で生きているというパターンもあります。

「材料」をどう使うか?出来事に対しての解釈をどうするか?これで変わってくるんです。だから、厳しく言えば「自分の依存の心から生まれているでっち上げ」なのです。「そんな不条理が許されると思ってるのか!親が調子こくだけだろ!」と言いたい気持ちもわかります。そう思っても良いのです。

しかし、何度も書きますがそれは「自分の依存の心から生まれているでっち上げ」なのです。人間は100%正確に物事を見ることは出来ません。正しい見方をしていると思っていても、実は後で間違っていたと気づくこともあります。

そして親のやったことは親の課題であり、自分の課題ではありません。親は親で自分の課題に向きあっていけば良いのです。それをあなたが背負う必要もありません。

親を恨むことも依存することも間違いでもありません。私も親を恨みました。親を恨んで恨んでいることさえ隠して、自分でも忘れ、迎合的になり、自殺も計画したこともあります。人は誰でも知らず知らず無意識のうちに「でっち上げ」をしますし、「マッチポンプ」のような自ら問題を作り出し自ら解決するようなことを大なり小なりどこかでやったことはあるものです。

自分で蒔いた種は覚えていようが覚えていなかろうが自分で刈り取る時が来るのです。そして親を恨むことも堂々と恨んでいいのです。依存することも当たり前のことです。

色々な経験をして、通過して、成長していくのです。必要なプロセスです。

誰だって親への恨みはある

私たちは、親に感謝していると言いながらも、実は親への恨みが大なり小なりあるものです。100%親への恨みが無意識レベルでもないと言う人は超越した人で、それは基本、有り得ないと思います。

親に依存していたいという心が強ければ強いほど期待通りにいかないと恨みが増えます。成長の通過点として当たり前のことです。

世の中に期待するから世の中の暗示にかかり不満が出てくるのです。そして更に不満対象を太らせているのです。それが不満の悪循環です。

親に感謝していると言う人には二種類います。

1、心の底から親に感謝している人

2、洗脳されているような感じで親を良い人と思わなければいけない人、財産目当てなどで感謝しているフリを本当に感謝していると言っている人、または思い込んでいる人

恨みも経験して成長していく

親を恨んだ経験もない人が「親に感謝してます!」と言うのは多くは偽物で財産目当てだったり、何かしらを受け取っているから媚びて「感謝していると思い込みたい」場合もあるのです。心から親を感謝する人は「恨みを経験し乗り越えた人」です。

恨みを知らずして本当の感謝は知り得ないものです。寒いを経験するから暖かさを知れるように。プラスはマイナスがあるからこそ感じることが出来ます。親への恨みや、感謝を通して、人は心の管理者として成長していくのです。「こちらの記事」に書いたことです。

恨むことは、そのままではいけないけれど、進んで心の成長過程としての恨みは素晴らしいものなのです。恨んだ自分を受け入れることが自分を大切にするという事です。

精神的自立へと向かうと親への恨みはなくなっていく

親に依存しない精神的自立、自己実現への道へと進み、依存の心から解放されれば心の底から親を恨むことはなくなります。 どんな酷い親だったとして恨むことはなくなります。 何故かと言うと、「どんな酷い親だったと思ったりしても、親は悪魔ではなく人間なので100%悪くはなれない」からです。「100%悪くなれないと言う事は良い部分も必ずある」からです。

繰り返しますが、自分の都合でかき集めた親イメージを恨み、自分の都合でかき集めた親イメージに支配されて、自分の都合でかき集めた親イメージによって苦しみます。

私たちは依存する心があるから、親の悪い部分だけをかき集め、悪い部分で固めた親のイメージをでっち上げています。これも繰り返しますが、誰もが依存しますから依存が悪いと言っているのではありません。

言い変えればフィルター越しに物事を見ているのです。 そして依存し期待通りにいかないから恨むのです。内なる親、脳内の親、インナーペアレントです。自分との戦いが必要です。

そして、これは非常に興味深い事なのですが、自分がかき集めた親のイメージは自分が思いたい部分だけを集めた親の偽イメージなのです。 実はこのイメージは自分の心の願望や依存や期待の結果が来ないことでの恨みなどです。

つまり、自分が思っている親のイメージは実は自分の願望や、自分の無意識に抑圧されている感情によって出来ているので自分が見ている親は自分なのです。そうあなたの脳内の親、親という思考フレーム、親という色眼鏡は実は自分自身の心なのです。親に悪いイメージを持っている場合、実はそれはあなた自身が気が付いていない、あなたの心のなのです。

自分で作り出す幻の親

親にA,B,C,D,E,F,G,H,I,J,K,L,M,Nの部分があったとしましょう。 しかし依存したい心が親を悪く思いたい心理でC,I,J,L,Nという悪い部分だけをまとめて、親を悪い奴だと言うイメージを持つのです。

つまり自分がでっち上げた親のイメージに支配され苦しめられるのです。親のC,I,J,L,N以外の良い部分も見れるようになれば親へ感謝の心が生まれるでしょう。

「自分で作り出す幻の親」を打ち砕くには、「学習」が必要です。つまり知識不足を解消し、認知の歪みを修正すれば、憎い親が素敵な親へとあなたのイメージ内で変化を起こすのです。

自分が依存する心が無ければ、産んでくれたことのみで感謝し、幸せだということがわかるようになってくるのです。

物事はセットだということを理解する大切さ

物事はセットだということを理解することが大切です。これはどういうことかというと、以下の図を見て下さい。

例えば「どす黒い闇」と「欲望まみれ」は1セットです。覚せい剤は「元気の前借り」とも言われるように、「使用」した時はものすごく元気になり集中力もすごく多くの人が覚せい剤の使用で「欲望まみれ」になります。それを繰り返していると徐々に効かなくなるのでもっと量を増やしていき、最後には「どす黒い闇」が自分に押し寄せてきます。

覚せい剤を使用した時の性欲は本当に凄まじいほど強烈で誰でも「欲望まみれ」になってしまいます。「欲望まみれ」から「どす黒い闇」が押し寄せてくる前にやめれる人はまだ良いですが、やめることが出来ない人は「どす黒い闇」に飲み込まれていくのです。そして、自分がボロボロになります。

これは「どす黒い闇」と「欲望まみれ」は1セットだと、わかりやすい例なので、覚せい剤を恨んでも自分が選んだ結果だとわかりますよね。

ではこのように「どす黒い闇」と「欲望まみれ」は1セットだけど、その境界線がわかりにくい場合、そういった物事はいろいろあります。詐欺師などもこのように「どす黒い闇」を隠して騙していきます。そこで自分が目の玉を大きく顔を近づけて「欲望まみれ」だけを見て「はぁはぁ(*´Д`)」しながら、それを「うんうん欲しい!!」と受け取ります。ちゃんと全体を把握していないので、この時にはまさか「どす黒い闇」があることには気が付きません。

そして、「どす黒い闇」に気が付かないで、「欲望まみれ」だけを見て、すべてが「欲望まみれ」だと勝手に思い込んで、それを受け取ります。そして…、後から、自分が気が付かなかった「どす黒い闇」が押し寄せてきたときにこう思うんです。

「こんなの望んでいない・・」

そして、自分では処理しきれない「どす黒い闇」に圧倒されて、どうしょうもないときに頭によぎるものがあります。それが「親」です。

「なんで、こんな風に育てたの!」

「なんで助けてくれないの!」

「なんであの時こうしてくれなかったの!」

「親」は「責任を代わりに持ってくれる存在」です。その「親」にいつまでも助けてもらおうとしていると親への恨みが出てくるんです。先ほどの話の、自分がちゃんと全体を把握していないので、「どす黒い闇」があることには気が付いていない話。

ここで「責任」を持てていなかったから目先の「欲望まみれ」に「はぁはぁ(*´Д`)」しながら、それを「うんうん欲しい!!」と「どす黒い闇」に気がつかないまま「無責任」に受け取ります。その結果が自分にとって思わしくないとき、人は親への恨みが出てくるんです。

「こんなの望んでいない・・」と思っても、「どす黒い闇」と「欲望まみれ」1セットを受け取ったのは紛れもない自分です。子供なら理解力がないので当たり前ですよね。だから成長していかなくてはいけないんです。親への恨みを乗り越えるということは、自分が成長して自分が責任を持てる自分になるということなんです。

これは本当に覚えておいたほうがいいですよ。1セットであるということ。それは全体として何に繋がっているかと言うこと。紳士を装ったモラルハラスメントの加害者も1セット。善人を装った詐欺師も1セット。腰の低いふりをした怖い人も1セット。安易に「餌」に食いつくからあとで恨みが出てくるんです。「餌」を欲しがるのではなく自分が生産的になれば「餌」をあまり必要としなくなります。「餌」を必要としなくなれば、それだけ恨みが出ることも減っていくのです。

これを読んで、厳しいと思う人もいるかもしれませんが、大丈夫です(#^^#)誰だってありますから!私も親を恨んでいましたので(笑)一つ一つ、責任を持っていけたら、それだけ自分を不幸にするものを減らせるので幸せに近づけるよね(^^♪ってことです。

子は親を選んで生まれてくる?

心理学の世界では「子どもは親を選んで生まれてくる」と考えられていると言われています。

<<下に続く>>

もしかしたら、この世は成長するための世界で、自分が効果的な成長をする為に記憶を消して親を選んで生まれてきたのかもしれませんね。使命と言うものが、もし人にあるのなら、子どもは親に大事なことを伝えるために生まれてきたのかもしれません。あくまでも個人的意見ですが。

また、「子どもは親を選んで生まれてくる場合」と「選んで生まれてきたわけではない」場合の2通りの説があります。そして、これ自体「生まれてくる前」があることが前提ですが、これ自体も、確かなことはわからないのですから、自分が信じたいことを信じればいいと思います。

物心つく前に虐待されて殺されてしまう子供はどうなるの?

この記事を読んで、物心つく前に虐待されて殺されてしまう子供はどうなるの?と疑問を抱く人もいると思います。「何のために生まれてきたのか…」と。

これは、誰かが決めることでもないですし、私が決めることでもありません。そんな権利はありません。誰かが「その子は○○のために生まれてきたんだよ」なんて決めることは支配です。答えは「他人が決めることではない。だからわかりません」です。

ただ、「虐待されて殺されてしまう子供」を無意識のうちに「生贄的」に必要としている者が稀にいることはあると思います。「代理ミュンヒハウゼン症候群」のように、生涯にわたって自分に周囲の関心を引き寄せるため、悲劇のヒロインでい続けるため、他者に罪を作り出すため、そのような目的のために、間接的に物心つく前に虐待されて殺されてしまうというケースも稀にあるかと私は思っています…。

「ミュンヒハウゼン症候群」は傷害の対象が自分ですが、「代理ミュンヒハウゼン症候群」の場合は、傷害の対象は自分ではなく代理のものです。「代理ミュンヒハウゼン症候群」と必要としている者もいる場合もあるかもしれませんね。

勝手に期待して勝手に悪者扱いをする

人は依存するから、あれもこれもと勝手な期待をし、期待通りにならないと相手を悪者だとでっち上げるのです。全ては自分次第です。私は、まだまだですが、この事に気づけたことが嬉しかったです。自分が変われば相手も変わる。これは本当ですね。そして自分が変わらなければ何も変わらない。待っていては日が暮れてしまう。自分が感謝の心をもてば、感謝の心も感じられるようになる。こちらの記事に書いたように、自分が世の中の人や物への価値を感じられるようになれば、それだけ苦しみも減っていくのです。

恨む過程があることで気が付くことが出来るので、恨むことは悪いことではありませんので、その恨みを正しい方法で親にぶつけることが大事です。親に手をだしてはいけません。言葉で納得いくまで親にぶつかるのです。そうすると自分が変化していきます。悪魔のように見えるサイコパスでも、自分が変われば悪魔に見えず、目の前にいるのは「傷ついた人」または「同じ人間」なのかもしれません。

お母さん「ありがとう」

以下の動画も材料として見てみて下さい。

誰もが親を恨むし「でっち上げ」をする

色々、思った事を書きましたが、人それぞれ違って当たり前ですし、この記事内容に否定的な人がいるのも十分わかります。ですので、個人的な意見で、これが正解とかそういう事ではないという事をご理解下さい。

誰もが依存し、恨み、無自覚で「でっち上げ」をしたり、そういった経験をして成長していきます。その中から学び成長し整わせて行く事で、ありのままの自分を取り戻していけるのだと思います。意識と無意識を一致させて行く事が「人生の嘘」をやめることに繋がってくるのだと思います。

大事なのは「今からどうするか!」です。

とても小さい「でっち上げ」は誰でもやったことはあると思います。意味は「事実では無い事を事実かのように仕立て上げる」ことです。事実がなんなのか良く分からないのに決めつけたり、さもそれが事実かのように言ってしまって自分ではそれが正しいと思い込んでいた事は、小さい事も含めれば誰にでもあるかと思います。

それが自分を不幸にしてしまうキッカケになる事もあります。ですので、親を通して「自分の依存の心から生まれているでっち上げ」に気づけて修正していけば、自分が幸せになるキッカケにもなりますから、とてもプラスなことだと私は考えています。そして、意識と無意識を一致させていき「人生の嘘」が減ってきたとき、アドラーの言う「世界はシンプルで思い通り」という「自由」に近づいていけるのですから、親からの素敵な贈り物だったと思えるのかもしれません。

成長をすると、自然と感謝できる

アドラーの言う「世界はシンプルで思い通り」の本当の事に気づいた時、今まで「無意識の自作自演をしていた」ことに気が付くのだと思います。そして、その気づきと共に多くのものに影から支えられていたことにも感謝と共に気が付くのだと…、私はなんとなく思います。

人は責任をもってバランスを取り理由になるために生きているといっても良いかもしれませんね。その大切なことを学ぶために親子というシステムは本当に素晴らしい物だと感じます。

どんなに嫌いな人がいても、不満があっても、変わるのは自分なんです。自分が出来ることを一つずつ始めてみることです。問題解決・改善に向けて進みましょう。

親が憎い

私は親が憎く、殺意を持っていた事もあります。しかし、それは「親から愛されたかった」のです。愛してほしかった。親の愛と言うというものを感じたかった。しかし、それは叶わないと判断しました。すると憎しみも消えていくことに繋がりました。

本当は愛してほしく、「どうして、こんなに俺を苦しめるの?心から大事にしてほしい」という思いが、逆に、憎しみになっていったのです。悩み苦しみ、私は「違う。俺は親を殺したいんじゃない。どんな親でも親だ。だから大切にされたかったんだ」と、はっきり気づきました。

そして、自分で自分を見捨てていたことに気づきました。自分の親になるのは自分なんだ。そう分かってくればくるほど、親への憎しみは消えていきました。そして、親がどうして自分を苦しめるような事ばかりしてきたのか謎が解け腑に落ちたのです。

自然に許せるときが来ました。それは許す力が自分に付いたからです。つまり、もう「俺を苦しめることは、俺の権限でさせない」と思えたから許せる(許可)ようになったのです。

そして親も1人の人間であり、戦争を経験した親に育てられ、親もまた想像を超える苦しみに苦しんでいた。そんな中でも精一杯生きていたことが納得できました。本当の敵は親でも無い、家族でもない。自分の心の奥にある恐怖だと。その恐怖が自分の心の98%を占めているから自分の人生を歩めていないと。

世の中は楽してなんて生きていけません。みんな汚い部分もありながら、失敗しながら、逃げる時もありながら、病んでしまう時もある。そんな中でも、生きているということは、その人なりに自分のためになると思っている道に進んでいる。足りなかったのは自分を持つ勇気です。だからこそ1つずつでも勇気を取り戻して、自分を大事にし、その次に家族を大事にすることを、待っているのではなく自分からやりはじめることが大事だと思いました。

親への恨みは、大切なことを自分に教えてくれるのです。自分が如何に支配的で臆病で依存的で、他人の考えをどうにかしてやろうという卑しさを持っているか。親への恨みは自分の心の財産へと変換されるのです。

無償の愛は基本ありえないもの

親に「無償の愛」を求めてしまい、それが無いから恨むことは誰だってあることだと思います。私もありました。しかし、ここで納得していただきたいことは「無償の愛」は基本ありえないものだということです。

「無償の愛」…。言葉にすると簡単ですが、これを与える側になるには、一生をかけて出来るか、出来ないか。それほど難しいことなのです。子供は簡単に親に「無償の愛」を求めてしまい、それがないと恨むこともあります。それは知らないから仕方ないですよね。

しかし、自分が成長していき「現実」がどれほど、大変で難しく、辛く、苦しく、大変なことがたくさんあることが分かってくると、「無償の愛」を与える側になることが、本当に本当に難しいことだと分かってきます。

今すぐ、「無償の愛をちょうだい!」は「仏陀のように悟りを開け!」とでも言われているくらい難しいのです。そんな難しい無償の愛に一歩でも近づくために、人は人と出会い結婚したりして、一つ一つ築き上げていくのです。その先に「無償の愛」を与える側になれる可能性があるのです。

このことが分かってくると、親への恨みがスーッと消え、逆に「本当に大変な中、育ててくれてありがとう」という気持ちが沸いてきます。

「被害者性」「加害者性」そして「反省」その先に「感謝」

私たちは、まず「被害者性」の自分と向き合います。その「被害者性」の自分と向き合い自分が癒されていくと、次は自分の「加害者性」と向き合います。自分でも自覚のない人を傷つける加害者としての自分と向き合うのです。

そして次は「反省」です。その先に、一人の人間として成長してきた自分が在るのです。そうすると、親への恨みではなく、親がどれほど大変だったか、どれだけ苦しんでいたか、どれだけ頑張っていたか、いろいろ見えてきます。

「感謝」の気持ちも自然と出てきます。

まるで、今までの自分は泥だらけの眼鏡をかけて見ていたのか?というくらい親という存在が別の存在として見えてきます。「親」を「親」として見るのではなく、「一人の人間」として距離感をもって区別して見れるようになります。

そのころには、親への恨みは乗り越えている頃だと思います。

急ぐ必要はありません。1歩1歩を大切にして、親への恨みも、自然に感謝できるようになっていく1歩だと、私は思っています。

そして、親に酷いことをされたと、親に罪悪感を持たせたままでいるわけにはいきません。自分を産んで育ててくれた存在に、自然な感謝がたくさん出来るような自分へと変わっていくこと。それが大切だなって思います。

色々な形で学んでいくことが大切なので、アダルトチルドレンの方は以下の教材がおすすめです。

「アダルトチルドレン癒しと回復のためのセルフスタディキット」の西尾和美さん自身も、実はアダルトチルドレンで人間関係で苦しんだそうです。そしてアダルトチルドレンの苦しみを乗り越えた一人です。そういった乗り越えた方の教材や本で学ばせていただくことは大きな力になります。

「機能不全家族」から「機能集団」へ

「機能不全家族」で育つと、本当に苦しい思いをします。だからこそ自分が作る家族は「機能不全家族」から「機能集団」へと変えていく必要があります。

・機能不全家族とは

健全な家族として機能していない家族と言うような感じです。子育てや一家団らん、地域との関わりが健全に機能していない家族です。

・機能集団とは

「夫婦関係が中心で基礎として、親子、兄弟、近親者の集団で、社会貢献、福祉(幸せ、豊かさ)を追及する目的を共有した機能集団」

そして、もう1つ読んでください。

親から傷つけられた子が、いつまでも傷ついているのも傷つけられた心を元通りに親にしてほしいと思っているからなんです。そんな子供の気持ちを理解して親が子供の心を修復してあげれば、その子も親になったときに、子供の心を大切に出来る親になれる可能性が高くなるのです。

 

引用元:離婚回避するためにやることは「自分を見つめ直すこと」と…

家族が「機能集団」であれば、親が子供の心を修復し、それを受けた子も親になったとき、自分の子供を修復できるように機能していけるのです。機能不全家族では逆です。「修復」ではなく「傷つける」んです。

こんな「機能集団」になっていけたら家族は幸せだと思います。だからこそ、あえてこの記事では「親に対する恨みは例え親が悪かったとしても自分の依存の心から生まれているでっち上げだと思えば成長できることもある!」という内容にしたのです。

親から傷つけられた人には、不快になる言い方だったと思います。その点は、申し訳ありません。だけど、気づいてほしいのです。傷つけあう機能不全家族ではなく、回復できる機能集団としての家族こそが本当の家族だと。

沢山、親、家族から傷つけられてきた人なら、わかるはずです。子供がどうして傷ついていくかが。わかるからこそ、その反対もわかるはずです。どうしたら子供は回復できるか。自分が子供の時に「本当はこうしてほしかった」「こんな家族が良かった」という温かい家族を自分で作るのです。機能不全家族で育ってきた人は機能不全家族としての価値観を受け継いでいるので簡単ではありません。1つ1つ歪んだ価値観を捨てて新しい価値観を手に入れていく必要があります。

そして、自信がついてきたら機能集団としての家族を作っていって、成功すれば、マイナスの世代間連鎖を止めることも出来るかもしれません。私自身も、機能不全家族で育ってきて、異常な価値観を捨てている最中です。とても難しいものだと思っています。だけど、1つ1つ変えていけることは間違いないと実感しています。

関連コンテンツ

虐待のトラウマを解消できる【虐待根絶マニュアル】

虐待のトラウマを解消できる【虐待根絶マニュアル】
機能不全家庭に育ったアダルトチルドレンの虐待のトラウマを解消できる方法【虐待根絶マニュアル】です。

こちらは、虐待専門カウンセラー岡田ユキさんという方が制作したマニュアルで、2898人以上の被虐体験者のトラウマを解消してきた方法です。

虐待を受けた人の心を本当の意味で深く理解できるのは、自分も虐待を受けた経験を持ち、そのトラウマを克服できた人だけです。

虐待専門カウンセラー岡田ユキさんは、虐待のトラウマを克服した専門カウンセラーです。

【虐待根絶マニュアル】の特徴
●なぜ虐待が起こるのか?虐待の実態が理解できます!
●自分を虐待してきた家族への対処法がわかります!
●「虐待」と「躾」の違いを知ることができます!
●恋愛、夫婦、親子、上司部下などすべての人間関係が改善します!
●岡田式AC判別法により、自分に合った治療法がわかります!
●セックス依存症、リストカットなどを克服することができます!
●「虐待の負の連鎖」を断ち切ることができます!
●自分自身への罪悪感が消えて、人生が好転します!

【サポート体制も万全】
ご購入された方は、虐待専門カウンセラー岡田ユキさんの個別のメールカウンセリングでのサポートを60日間回数無制限で受けることができます。

更に、対面カウンセリングをしてほしいと方は、通常20,000円いただいている対面でのカウンセリング(2時間)を 5,000円値引きの15,000円で受けることができます。

サポートも充実しています!

感じるだけで自由になれる幸せの12ステップ

感じるだけで自由になれる幸せの12ステップ
「感じるだけで自由になれる幸せの12ステップ」は、自分の感情を取り戻して自分の感情を感じて幸せになるための方法です。生きづらさを抱えているあなたは是非試して下さい。とくに自分がHSPだと思うのならこちらのマニュアルがおすすめです。

仕事、家庭、育児などで人間関係がうまくいかないことから、運が悪い、自分は不幸だなんて思う悩みまで、自分で解決できる内容になっています。

【新教材】SHIP

【新教材】SHIP
あなたが人生に悩み、苦しむのは「本当の自分(内なる自分)」と繋がることが出来ていないからですよね。そう、あなたは自分を信じることが出来ないのですよね。

自分を信じている人は、大好きな人と幸せになり、お金にも不自由せず、社会的に認められ、快適に楽しく暮らしています。

彼らのようになりたいのなら、「本当の自分(内なる自分)」と繋がって「本当の自信」を持てるようになることが必要なのです。

催眠療法を習得すれば「本当の自分(内なる自分)」と繋がることが出来ます。催眠療法は、アメリカでは「医療」として「正式」に認められ「効果も実証」された方法です。

催眠療法は精神療法の一種で、英国医師会と米国医師会も有効な治療法として認めている確かなものです。更に、アメリカ心理学会や米国歯科医師会も催眠を有効な治療法として認めているのです。

【新教材】SHIPは、自己催眠を習得して「本当の自分(内なる自分)」と繋がり、理想の人生を送るための教材です。

SHIPを受講すればあなたの都合の良い時に動画、音声、テキストで学習することが出来ます。サポート体制も充実しています。

この機会を逃せば、あなたはSHIPに出会えないかもしれません。募集終了になる前に受講して下さい。

続きをメール購読

コメント一覧

  • Comments ( 46 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. by ×

    自分の愛人の相手を娘にさせ、
    それを「親孝行ができてよかったでしょ」といい
    「いつまでも恨み続けるあなたは朝鮮人みたいねw」と笑い
    金に困った時だけしつこく連絡してくるような人間に
    感謝の念など抱きようがない。

    • by 菅原隆志

      コメントありがとうございます。

      読ませていただき、僕も同じように思います。
      朝鮮人だから、○○だからというのは僕は受け取りません。
      そういった差別が好きではないので。

      受け取りませんし、感謝も出てこないならそれでよい。
      そう僕は考えます。

      ですので、あなたの「感謝の念など抱きようがない。」も、
      その考えがご自分を大切にされていると感じました。

      自分の心のまま、自分の気持ちを大切にしてあげて下さい。

  2. by 匿名

    自分が親になりました。できちゃった婚をしましたが、行為をしたのも、産んだのも動物と同じ。親になるのって簡単ですね

    八つ当たりしたりしたりしても、虐待を恨んで、親をうらまずですよね!気持ちが楽になりました。

    • by 菅原隆志

      お気持ちが楽になったとのことで、良かったです(^^)

      誰もが完璧にはなれず失敗もしますよね。
      大事なことは、今よりも良い点を見て、楽しく生きることだと思います。

      人の良い所探しが出来たら素敵だなって思います。

  3. by 匿名

    母が入院中なのですが、昨日までははっきり言って母の事など、どうでもいいと思っていました。
    父にも、良い感情は抱いていませんでした。
    今思えば、母の言動も父の言動も古い傷が原因だったのかもしれません。
    そして、私が依存していたことだったのですね。
    この記事を読んで、考えされられたし、今までで一番納得出来きました。
    でも親でも人間ですものね。
    母の昔の話を聞いてみると、やはりいろいろなことが暗いものになって心に残っていることがわかりました。
    父親の方も同じように沢山の傷が心に残っていることがわかりました。
    そして、私の気持ちが報われる為には親や兄弟や他人の傷を理解して接する事と、自分の事は自分で理解する事だと思いました。
    皆自分の傷を理解してもらおうとして、負の連鎖を起こすのですよね。
    自分の事は自分でわかっていればいいですよね?

    • by 菅原隆志

      コメントをいただき、ありがとうございます。

      そうです。親も人間です。
      理解を深めたり、親からの話を聞くと仰っているように沢山の傷があることがわかりますよね。

      そこに気づかれた匿名さんの成長は凄いと思います。

      その通りだなぁって思いました。
      自分のことは自分が分かっていれば大丈夫ですよね(^^♪

      自分で自分を好きになっていけば、良い連鎖を作っていけますよね!
      そうすれば親の傷も理解できて、感謝も生まれたり、
      本当に心からありがとう!お父さん、お母さん!って思えると思います。

      そこまでいく事で、すごく素敵な関係になっていけるので、
      険しい登山を乗り越えて良かった!って思えるのだと思います。

      難しいことですが、自分の道を、もっと見つけていきましょう♪

      読んでいて嬉しくなりました。
      ありがとうございました。

  4. by あ

    これには反対です。依存すべき時にきちんと依存できてこそ、自立できるのです。土がないのに植物は育ちません。

    • by 菅原隆志

      反対することも、そのお考えも「あ」さんの自由ですよ。それぞれの考えがあって、違って当たり前です。
      私の考えは私の自由。互いに侵食しなければいいだけです。

      また「土がないのに植物は育ちません。」と言っていますが、「土がなくても育つ植物もある」という新しい視点を手に入れると更なる成長が出来ると思いますよ。
      必ずしも「あ」さんの言っている「依存すべき時にきちんと依存できてこそ、自立できる」は絶対必要ということはありません。互いに受け入れると良いですね。

      土や鉢がなくても育つ観葉植物「エアプランツ」の魅力を読んでみて下さい。
      リンク先に書いていますが、空気中の水分を吸収して成長する為、土は全く不要。肥料も不要という事です。

      人間も同じで依存も不要だと自分が決めれば、そういう場合もある。それでいいのです。
      この記事を受け入れて成長できる方もいるのです。

    • by 西井秀明

      人間は、産まれたときは、だれかの力を借りなければ生き延びることができません。
      いま、わたし(あなた)がここに存在しているということは、
      だれかが わたし(あなた)に力を注いでくれたから。

      産まれて成長する過程のなかで、そばにいるだれかとの関係性をとおして、わたし(あなた)は、
      じぶんがこの世界にいてもよいことを、そして大切な存在であることを学びます。
      その関係性が生きていくための土台を形成していくのだと考えます。

      いちばん哀しいこと。生後ゼロ日のこどもの、虐待、遺棄などを理由にした死亡が増加していること。

      内臓感覚で、わたし(あなた)が、自分が大切な存在であることに気づくきっかけ。
      親子や家族という制度を超えて、そのきっかけが できたら…

      完璧な人間はいない。だれもが まちがいをし、まちがいをされる。
      産んだ者と、産まれた者。関係性のなかで様々な問題が起こる。
      悩んで、苦しんで、もがいて、そしてみつけた答え。
      その答えが、ひとが生きていく力になるのだとおもっています。
      答えは変化していく。人と共に、時間と共に。
      生きることは 永遠に続いていくのだとおもっています。

      西井秀明

      • by 菅原隆志

        コメントを読ませていただきました。
        良いですね(^^)

        私が思うのは「すべての悪は無知からはじまる」と言う言葉があるように、
        それぞれが、皆、自分にプラスになると思っているはずです。
        犯罪であっても殺人であっても、それが自分にとってプラスになると思っているからやる。

        本質から、そうではないと気づけば自然に悪い事はしなくなります。

        その為に「すべての悪は無知からはじまる」のですから、「知ること」「学ぶこと」が大事になりますよね。
        しかし、私のような中卒でいるからこそわかりますが、
        学びだすと「親切の押し売り」をする者や「学歴コンプレックス」により見下して来るものがおります。

        それで嫌になる人も実際にはいるものです。
        いつまでたっても一部の人は「知ること」「学ぶこと」を放棄します。
        そして、それにより安定を保つ者もおります。

        ですので、それぞれが人の事より自分に懸命になればいいのだと私は思っております。

        他者の課題を分離し、酷いと言われても切ることは大事な場合もあります。

  5. by 西井秀明

    初めてコメントします。すべての問題を私に押し付けていった両親を憎み、恨んできました。いまでも許すことはできません。けれど、自己の内面と対話し、人と出会い、書籍を読み、学んでいくなかで、例え理不尽な力によって、今悪い状況があったとしても、やはりそれは、自分が選択してきた結果である。との言葉に出会いました。
    そのとき、心に転機が訪れました。自分が選択した結果として今の悪い状況があるのなら、これからの自分の選択によって、未来を変えていくこともできるはず。この時から少しずつ、前を向いて進む気持ちがでてくるようになりました。
    いまでも親を、心から許すことはできません。恨み、憎む感情も消えていません。
    その感情をもつ自分を容認したうえで、両親のしてきたことの結果を、自分に与えられた実戦での学びのチャンスと考えられるようになりました。乗り越えるための手段を考え、実行し、周囲に助けを求める。
    なにより、この作業を楽しいと思える感情もでてきました。
    人生はなんとかなる。ケセラセラ。根拠のない自信をもって、今日一日を生きぬいていきます。

    ※親になるとは、養育者になるとは、こどもから憎み、恨まれる対象になり得ることの覚悟が必要だ。
     そして、その先にある、気の遠くなるような葛藤に寄り添う覚悟が。
     その作業の先に、その子の生きる力の萌芽がある。希望がある。
     つらく苦しい作業だ。こどもだけでなく親にも、助けてといえるだれかが必要だと思う。
     

    • by 菅原隆志

      コメントを読ませていただきました。
      同じように悩んでいる方にも成長の材料として、勇気を持てるような、力強さをいただけるようなコメントだと思いました。
      ありがとうございます。私も考えさせられました。

      本当に仰っている通りで「自分が選択した結果として今の悪い状況がある」という事なんですよね。
      ですが、中々認めることが出来ず、私もそれを認めることがとても怖かったです。
      怖かったから、自分で回避のための回路を迷路のように作り出してしまうんですよね;

      しかし、仰っている自分で選択したのだと考えることで、これからの選択も自分で出来るのですよね。
      まさに、責任を持った分だけ自由が手に入ってくるということ。

      親にも助けてと言える誰かが必要…。
      そうですね。人は支え合って助け合って生きていく。

      読んでいて「意味の無いことは一つもない。すべては繋がっている事に後で気が付く」って思いました。
      コメントを読んで、西井さんが大きく成長していく為の必要な通過点として、すべてはあったのだと勝手ながらそう思いました。

      私も忘れそうな時は西井さんのコメントに書いてあった「自分に与えられた学びのチャンス」と思い出してみます。
      コインの表裏のように、苦しみの裏には、プラスなことが隠れていますね。

      • by 西井秀明

        返信ありがとうございます。親を怨み、憎み、相手からの答えを求めました。その度に、自身を正当化する言葉で返され、お前の運命だと思ってあきらめろと言われたときは、殺意が芽生え、親の首に手をかけました。言葉の暴力も吐き散らしました。問題が噴き出すと、親の前で自分の腕を切り付け血を流しました。切ることで安定する自分がいました。これが、おまえたちのしてきたことの結果だと、相手に見せつけたい気持ちもありました。親にいままでしてきたことを認識し、いまの苦境を共有してほしいと必死でした。たった一言謝罪の言葉を聞きたいと。でも結局、相手はなにも変わりませんでした。
        そんなとき、前述した言葉に出会いました。それから少しずつ心境が変わってきました。
        相手になにかを期待すること。相手のなかに答えを求めることをあきらめました。答えは向き合った自己の心のなかにあるのだと思えるようになりました。いまも困難な状況はなにも変わっていません。不安や恐怖は常にあります。父は数年前に他界し、残った母は認知症の初期の状態です。彼らの創ってきた問題は山積しており、常にトラブルとして発生してきます。
        その度に、問題を創った本人が楽になり、こちらは原家族の問題で、自分自身の家族まで汚染されていることへの怒りがわきます。
        それでも以前より少しだけましになったこと。死んで楽になることよりも、今日の夜まで生きていようと考えていること。そして根拠のない自信と開き直りができていること。家族の機能不全は世代間の連鎖を生むことを実感できたこと。
        高齢者、児童への虐待は、おなじ輪のなかで起こることを認識できたこと。

        以前の私は、だれかが困っていると聞けば、なにかせずにはいられませんでした。自分を犠牲にしてまで。
        それは善意や優しさというより、そうしなければ、自分がそこに存在していられない感覚でした。
        いま、いちばん大切なのは自分だと思えます。自分を大切にできてこそ、だれかのために働けるのだと。
        あたりまえのことにようやく気付きました。

        介護については地域包括支援センターに私から親への虐待の事実も含めて相談し、ケアマネがつき進み始めています。
        子どもにせよ、親にせよ、家族だけで責任を担うことは不可能です。そして、人それぞれ抱えている問題が異なります。
        きれいごとかもしれませんが、地域社会で支えあう土壌を創っていくことが、求められていると実感しています。
        いつかこの経験が、だれかの役にたてれば、望外の幸せです。

        西井秀明

        • by 菅原隆志

          コメントを読ませていただきました。

          とても辛い過去のお話をしていただきありがとうございます。

          分かる気がします。私も親や兄弟に殺意のような破壊的な感情を抱いていて、それを押し込めていました。
          仰っている「親にいままでしてきたことを認識してし、いまの苦境を共有してほしい」と同じでした。
          一言、認めて謝罪してくれれば楽になると思っていました。

          とても辛い道ですよね。
          そんな時「例え理不尽な力によって、今悪い状況があったとしても、やはりそれは、自分が選択してきた結果である。」という言葉に出会えたのですね。
          「その度に、問題を創った本人が楽になり、こちらは原家族の問題で、自分自身の家族まで汚染されていることへの怒りがわきます。」も良く分かります。
          私も、何度も思いました。
          「奴等の中で育ち、黙って信じてついて来いという言葉を信じたら、脳にマイナスをこびり付けられた」という悔しさがありました。

          本当、説明できるレベルでの苦しさではない、そんな中、懸命に生きてこられたんだなと読んでいて感じました。
          そして、「自分を一番大切にする」ことに気づき、凄いことだと思います。

          私の勝手な想像ですが、西井さんのように育てられると「自分を犠牲にする事が素晴らしい」という事を嫌と言う程、刷り込まれていたのだと思います。
          そんな道からの「自分を一番大切にする」ことに気づいたというのは、凄いことだと思います。
          多くの方は、諦めてしまい「自分を一番大切にする」ところまで中々いけないと思います。

          地域社会で支えあう土壌を創っていきたいですね。
          傷ついて人も信じることが出来ない人は、支援を敵とみなし攻撃してくることもあります。
          難しいことですが、「自己愛性人格障害を悪」「犯罪者を悪」というような「悪で完結する」ことがあるうちは、
          更なるマイナスの連鎖なので無理だと私は思っています。

          犯罪者であっても自分のためになる道だと信じているので、
          時に命を捨ててでも貫くので、行為と区別し、その思いは尊重されるものであることが大事だと思ってます。

          ですので、悪で完結して終わらせる風潮は、更なるマイナスを生み出していっているように思えますので、
          地域社会で支えあう土壌を作る為に、深い理解とバランスがとても難しく大事だと思っております。
          個人的なことばかり言ってしまい、申し訳ありません;

          一歩ずつ、諦めない事はやがて現実化してきますので、信じて進んでいきましょう。

          虐待の連鎖を消すものは、「勇気の連鎖」ではないか?と私は最近思っています。

          コメントを読ませていただき、自分自身が変わることの大切さを再確認させていただきました。
          ありがとうございました。

          • by 西井秀明

            返信いただきましてありがとうございます。ご指摘されていること。非常にむつかしい。もしかしたら人間というものが生存していくうえで、本質的に抱えている課題なのかもしれません。ただ、この世界に善も悪もないことだけは感じています。生物が生物として生存できていること。それを可能にしている自然のシステム。このシステムが真理であり、そのなかに人間としての観念を見出していくしかないのではないかと。システムのなかではすべてが感応しあっている。だからすべての生命(事柄)に価値がある。人間が作り出した善悪など超越したなにかがあるのかもしれません。

            たとえ他者からみてどんなに悲惨なものであっても、その人の人生は、その人だけのものである。独善的な目的をもつ他者によって汚染されてはならない。対人援助の基本だと考えています。
            過去に負った傷を消化できていない者が、他者に関わることで自己の存在意義を得ようとすれば、境界を越えて、他者の人格を汚染してしまう。
            負の連鎖はここから始まるように感じています。

            いちど形成された人格は容易に変わるものではないとおもいます。危険な人格をもつ者は確かに存在します。他者の生命を奪うことにさえ、快楽をおぼえる者が。善、悪などの観念ではなく、自己の生命、財産を防衛する手段を日頃から意識していくことは、人が生きていくうえでの責任です。なによりもまず、優先しなけれなばりません。
            そのうえで、なぜそのような人格が形成されたのか考える。意識する。視線を向ける。
            児童虐待などの負の連鎖に対して、私たちひとり、ひとりが目をそむけずに、認識し、理解し、防ぐための方法を考え行動していくこと。勇気をもって。

            いま私は、だれかのことどころではない状況にいます。でもやはり、自分のためだけに生きることはできません。
            すべての子どもたちが、独善的なだれかの意思に阻害されることなく、自由に夢をもち、選択し、判断し、じぶんが描いた夢に向かって歩いていける世界がくること。
            いままで生きてきて、初めてもつことができた自分の夢。この夢は生きることの支えになっています。苦しいときに、たちかえることのできる心の居場所になっています。

            あせらずに。恐怖、不安にからめとられぬように。できることをやる。楽しさを忘れずに。無理にでも笑顔で。
            そして、感謝。うそでもいいから感謝すること。いま自分がここに存在していることに。
            こうして生きていられることに。
            いまが、昨日よりも、すこしだけましになっているように。

            先のことはだれにもわからない。一秒先は、死んで楽になっているのかも。それならば、いま一瞬だけ頑張ろう。
            その先には楽なことがまっている。苦しくてもいまだけ、ちょっとだけ、頑張ってみよう。
            その積み重ねが、人が生きることだと考えています。

            西井秀明

            • by 菅原隆志

              コメントありがとうございます。

              多忙なため、返信が遅くなりました。
              また、コメントなどは返信が出来ない時もありますが、
              しっかり読ませてはいただいております。

              自然のシステムの中ですべてが感応し合っている。と言うのは私もそうだと思います。そして実はすべては自分が選択し望んだ結果であることですが、意識と無意識の不一致で自分ではそうではないと言いたくなっているのだと思います。

              ですから意識も無意識の本当は無く、嘘に気づいて自覚しやめれば、それは自分の思いのままになっているのだと思います。

              その為には勇気ですね。

              勇気が挫けたことから、誰もが自分のものではないものを自分のものだと思い込んでしまうものです。
              勇気を取り戻した人が、また勇気づけをしていく。それが上手くいくことで、人が嘘をやめることで、
              本来の姿に戻っていくと思います。

              「自己の生命、財産を防衛する手段を日頃から意識していくことは、人が生きていくうえでの責任」もその通りですね。

              「自己の生命、財産を防衛する手段を日頃から意識していくことは、人が生きていくうえでの責任」を放棄するように育てられる子もいますよね。

              実に巧妙に心を縛り上げる親もいます。それで学習は悪だと思い込んでいたり…。

              出来ることは、生涯学習で、勇気を持って行く事ですね。それが良い連鎖になると思います。

  6. by なるほど

    私は虐待され親を恨んでいます。けど、世の中には虐待されて恨まない人と恨む人がいるのです。
    私は親になりあまりに酷いと再確認し縁を切りました。でも恨まない人は又親から違う形で酷く扱われているのを見ます。恨まない人は子供にも同じ事をしています。

    私にも本文で言うaからnがあるとして。許せない部分が子供に時に出てくる事もありまが自分と重なって心が痛みます。なので誰かに助けを求めます。親に非道な事をされて何も思わない人は、その人もやるし又親に非道な事をされ(やすい)人なのでしょうね

    そうそう世の中はaは表に出るけどbは出ない人などもいるわけで、子供を伸ばす親と育てられない人がいます。
    皆が本文で言うaからnを持ってる訳ではまりません。cがdを抑制したりeを増長したり、また他人から影響を受けfが増減したりg、h、i、は親の影響で悪いけど直す必要がない部分だったり、これだけ人間がいるので本文の感謝がどうゆう事をさしているのかはわかりませんが、
    本心から親の悪を許せて感謝してしまうのは、出来る虐待と出来ない虐待があるのでは無いでしょうか?根底にある程度の愛情(多分幼児期)とゆうか、まともな関係を受けてないと出来ない気がします

    • by 菅原隆志

      「恨まない人は子供にも同じ事をしています。」私も同じように考えています。恨まない人は自分で子供などに同じようなことをしているのに気づいていない…場合が多いように感じます。

      「本心から親の悪を許せて感謝してしまうのは、出来る虐待と出来ない虐待があるのでは無いでしょうか?」

      虐待自体は許さなくてもいいと思います。「虐待」と「親の悪」と「親」などを区別して考えると楽になるかもしれませんね。

      「虐待」は許さない。しかし「親」は許す。説明が下手ですが「罪を憎んで人を憎まず、虐待を憎んで親を憎まず」みたいな。

      私が考えている「許す」は「許可する」という意味で考えているのですが、許可をするには自分が管理者である必要があります。ですので自分が成長し心の管理者として権限をしっかり持てるようになってくると許可する権限も増えるので、自分の成長に合わせて許せることも増えてくると考ええています。

      ですので親は許すけど「虐待」は許さない。

      こういった考え方は如何でしょうか?

  7. by Ayumi

    私の場合は、短所がある自分を親から認めてもらえるという安心感を得ることが、幼少期になかったこと、つまり、安心した依存ができなかったことが、「頑張らなくちゃ愛されない」と思うようになり、共依存的パートナーを選んでしまったりしました。

    健やかな依存や甘えが出来ないから、いつまでも、結局、親を悪者にするという依存をしてしまうのだと感じています。

    親を悪者にし、いつまでも被害者意識から抜けだせないのが嫌なのに、そうしてしまっています。この依存から抜け出すには、どうすればよいでしょう?

    記事にあるように、親にぶつかってきましたが、10年近くかかりだいぶ疲れてきています^^;

    • by 菅原隆志

      コメント有難うございます。

      まず「親を悪者にして、いつまでも被害者意識から抜けだせないのが嫌なのにそうしてしまう」この部分ですが、矛盾から抜け出せない理由が自分の中にあるものです。

      ・被害者意識から抜け出したい
      ・被害者意識から抜け出せない

      自分の本音の部分に気づくことが大事なことです。

      矛盾がある時は、意識と無意識で矛盾が起きていて、無意識は本音部分です。

      ですので、本音と建て前で食い違っているのは本当の自分の人生を生きていないからなんですね。

      まだ抜け出したくないのだと思います。

      抜け出すわけにはいかない理由があるはずです。

      例えば、今の準備レベルでは、抜け出してしまったら危険なことに繋がるかもしれないので、可能な限り安全に近づける準備がまだ足りていないから自分の無意識部分では「まだ抜け出すわけにはいかない」とブレーキをかけているかと思われます。

      この依存から抜け出すためには「精神的な自立」をすることです。

      自分で決断し判断し責任もって行動をすることです。

      例えば「精神的な自立」が60%だった場合、残り40%を埋めなくてはいけないので、その埋める部分に「親(基本的に)」をあてがうのです。

      そして私たちは自分の責任や自分を正当化する為に「親」を持ち出すのです。

      「親」を悪者にした分だけ自分を正当化できるので、精神的な自立を果たしていないと親と自分を区別できないのです。

      「親」という盾を持ってしか前に進めない一部分があるイメージです。

      ですので、

      ・安全の為の準備が足りていない
      ・精神的自立が必要

      この二点がポイントなので、Ayumiさんが安全で幸せに生きていくための準備をしていく必要があるでしょう。

      準備の一つとして認知の歪みの修正があります。

      例えば、Ayumiさん自身が他者を否定しがちになっていませんか?

      まだAyumiさんの中に相手との関係でトラブルになり危険になってしまう原因が潜んでいると思いますので、その点を修正し、
      新しい価値観、新しい解釈を手に入れる必要があります。

      Ayumiさん自身が仰っている

      「健やかな依存や甘えが出来ない」

      ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

      「親を悪者にする」

      上記が、

      ∞ 繰り返されるのですよね。

      「健やかな依存や甘えが出来ない」が理由として、先ほど記載した「他者を否定しがち」な部分が関係してくると思います。

      「他者を否定しがち」な部分は、まさに自分の親のやっていたことではないでしょうか?

      そうだとしますと、親の価値観を背負って、自分の価値観を無視してしまっているのです。

      その無視している自分の価値観に気づいていけば、本当は自分に足りないものはなく、ありのままの自分で良いと言うことが分かるでしょう。

      依存から抜け出すには、自分と他者を区別した考え方を手に入れ、介入せず介入させずを守り、自分の空間的な縄張りを守り、相手の空間的な縄張りにも侵入せず、精神的な自立をしていくことが大事なことだと思います。

      親にぶつかることも「親に何とかしてほしい」という気持ちではなく「自分で何とかする為にぶつかって話し合いをする」ことが大事です。

      • by Ayumi

        ご丁寧なコメントを本当にありがとうございました。

        私は被害者意識に、本当は浸っていたいんだ、ということに気付きました。

        被害者意識から抜け出すわけにはいかない理由…

        まだわかりませんが、甘えさせて欲しい、依存させて欲しいと切に思っているのかもしれません。

        また、被害者意識を持つことで、実は親と繋がっていられる、親に依存出来ると思っているのかもしれませんね。

        また親との境界線を引くと、親が壊れてしまうのではないかと、思っているかもしれません。

        おっしゃる通り、私は他人を否定しがちで、両親も同じく否定的な人たちです。

        他者を否定することで、自分を正当化し、そして親も正当化したいのかもしれません。本当は親を守りたいのかもしれません。

        しかし、親に依存したり、守ったりしている暇があれば、自分の人生を生きる方にエネルギーを割きたいとも、思っています。

        まずは自分に集中して、どうしたいのか、向き合いたいと思います。本当にありがとうございました。大きく視点が変わった気がしています。

        • by 菅原隆志

          ご返信ありがとうございます。

          自分が被害者意識に浸っていたという気づきは中々気づかない部分でもありますので大きな成長ですよ(^^)

          「親との境界線を引くと、親が壊れてしまうのではないかと、思っている」

          それもあると思います。

          子どもを踏み台にし利用する親は、子供が離れていきにくいように「離れると親が傷つく」というようなものを刷り込んでいく場合もあります。

          言い換えると「離れると親は崩壊するんだぞ?それでも離れられるか?」という感じで自立しない様に仕向ける支配的な親もいます。

          そして子供の優しい部分や素直な部分を上手く誉めて、愛情を1与えては1支配するような感じで操っていきます。

          操られると、親と離れることに子は罪悪感さえ覚える場合もあります。

          Ayumiさんの場合はどうなのか詳しく聞いていませんので、これが当てはまると言う事ではなくそういったパターンもあるというお話です。

          甘えさせて欲しい、依存させて欲しいと切に思っているとのことですが、その点で釣られているということはありませんか?

          子が親に依存する時、親が支配的でコントロールをしていることがほとんどだと私は思っております。

          その結果、本来あるべき「甘えさせる」「依存させる」ことを無条件で与えるのが親ですが、支配的な親は支配の為の条件付けでしか「与えること」を行いません。

          そうすることで子は愛情に飢え、甘えることに飢えていきます。

          飢えるとコントロールが簡単になるので支配的な親は子の精神を飢餓状態にします。

          飢えていますので、満たさないと進めないという感じになりやすいのです。

          もし、こちらを読んで心にピンと来るものがあり、自分の親が支配的でコントロールする親でしたら、ぶつかっていくことも必要な時がありますが、まずは離れることです。

          支配のサークル内にいるうちは、戦っても分かってほしいと思っても、まず不可能に近いです。

          被害者意識から抜け出すわけにはいかない理由として、実は親からの巧妙な支配のカラクリがあった・・
          あったけどその手口に気が付いていない・・
          気が付いてはいけない理由もある・・
          気が付いていない手口があるから無意識でまだ準備が出来ていないからブレーキがかかる・・

          という場合もあります。

          大事なことは親よりも自分です。

          Ayumiさんが仰っているように、自分の人生を生きる方にエネルギーを割きたいという事が大事です。

          子を大事に思う親として、子が自分の人生を一番に生きてくれることが何より嬉しい事です。

          • by Ayumi

            今回も本当に勉強になるコメントをいただき、ありがとうございました。

            >言い換えると「離れると親は崩壊するんだぞ?それでも離れられるか?」という感じで自立しない様に仕向ける支配的な親もいます。

            仰る通りです。父は、母が癌患者であることや、私の収入の少なさを理由に、実家に戻ってくるように言います。

            また父も私も個人で事業をやっていますが、私の仕事がうまくいかず、お金の話なので、相談できる相手が父しかおらず、両親とは関わりたくないけれど、関わらざるをえない状況です。(正確には、関わらざるを得ない、と思い込んでいる状況、だと思います)

            >操られると、親と離れることに子は罪悪感さえ覚える場合もあります。

            そうですね。癌の母がいるのに実家に帰らずにいる自分、経済的独立がなかなかうまくいかず家族に心配をかけている自分、高齢の親を許せない自分を、悪い存在であるとして、罪悪感を感じています。

            両親も親に無条件で甘えたり、依存出来たことがなかったのだろうと思います。

            それでも、です。

            もう親に付き合う人生からは離れたいです。

            本当に沢山の気づきをいただき、ありがとうございました。

            まずは離れて、そして自分に集中してみたいと思います。ありがとうございます…!

  8. by さいさん

    自分が変われば相手も変わるって本当だと思います。

  9. by アイコン

    やはり実際に親子はなんらかのつながりがありそうです。ともに成長できるようにしていきたいですね。

  10. by こまり

    とても難しいお話だと思いました。
    子供の方が親を選んで産まれてくる。と言うのは、聞いた事がありますし、実際、3才位まではその事を覚えている子供もいると結構聞きます。
    もっと大きくなってからも覚えている子もいるのだとか。

    3才位までの間に、一回だけ、子供に「どうして、お母さんを選んで産まれてきたの?」と、質問してみて良いと聞いた事があります。

    私の姉の子供は二人ともちゃんと答えたそうです。
    もちろん、まだたどたどしい言葉しか話せませんけど、一生懸命話してくれたと言っていました。

    で、記事の内容の親への依存とゆう事ですが、親に依存する事は仕方のない事だと思います。

    どんな親に対しても子供はその親がいなければ生きては行けませんから、人間が最初に持つものは親への依存かもしれませんね。

    でも、虐待どうのと言う話になりますと、とても難しいです。
    私も、複雑な家庭環境で育ちましたが、一概に「依存」という事だけでは捉えられないと思うからです。

    でも、確かに自分の心が変わった時に親への見る目が変わると言うのも大変に理解できます。

    自分の心が変化し、依存が離れ、虐待していた親が「傷付いた人」と見えるようになっても、だからと言って、その傷付いた人を許せるのかどうかは、また違う問題のように感じるのは、私がまだまだ本当の依存を理解していないからなのかもしれません。

    • by 菅原隆志

      確かに覚えている子は多いそうですね^^

      仰る通り親への依存も当たり前のことですよね。そして「子供の方が親を選んで産まれてくる」ということが本当ならば、親子のシステムってホントよく出来てるなって思います。
      へその緒を通じお母さんの感情は赤ちゃんと共有されるとか言われているみたいなので、親に間違いを教える為に子は生まれてきてお母さんの苦しさを一緒に背負い乗り越えようとして生まれてきたとも考えられますね。子は天からの授かりものって私は納得です。

      そして許すということですが、虐待していた親が「傷付いた人」と見えるようになっても許せないかもしれないのは、それはまだ自己肯定感が高まっていないからだと思います。
      許すは許可ですので、虐待した人間を許可できるような自分になれば自然と許せるのです。

      許可は禁止が前提であり、親は子に禁止令を出しました。その禁止令を突破し許可を出すためには、自分の中で自分が絶対的権利をもった管理者でなければいけません。
      自分が管理者になるには自己肯定感を高めていくことです。そうすると許可が出せることが増えていくので「虐待した親」に許可も出せる時がくるのです。

      また同じような問題を親が起こしそうになったら、絶対的権限を持つ自分が止めることも出来る自信があれば許可を出すことが出来るのです。

      子供に頭を叩かれても許せるのは対処できるからです。

      愛は与えることです。

      与える側になれば自然と許せるようになりますよ。

      親に与える側になれば許せるときがきっとくると思います^^

  11. by キズナ

    一緒に暮らしていたときはさほど感謝の気持ちもなく煙たがっていたと思います。離れて暮らしてみて親のありがたみに初めて気付きました。

  12. by シンジ

    気づきませんでした。勉強させていただきます。

  13. by ゆ

    なるほど!

    自分の心次第なのですね。

  14. by 伊多波博文

    『子供は親を選んで生まれてくる』正直良くわからないです。子供は国籍を選べないでなく実は選んで生まれているのかも知れないと気にさせられました。この親であればこの子は人間社会に送っても良いと判断された上で生まれてくるのですかね!?死んだ時に人間生活での行いにより天国か地獄かが有るように産まれてくる時にも審査があるのかなと思いました。私自身は親に対して感謝も恨みも両面持っています。ただ感謝する方が多いと思います。せっかく産まれてきたのですから何かよゐことを残して死にたいです。そして私は、あなたの子供だからこれぐらいの事が出来たと言いたいです。あなたの子供だから国際結婚も出来ました(笑)これから台湾に対して何か残していきたいと私自身考えております。

  15. by リッチマン

    子供は親を選べない、というのは厳然たる事実だと思っていました。

    心理学っていうのは 本当に奥深いものですね。ビックリしました。

    しかし依存する心って諸悪の根源みたいですね。

    それは分かって来ました。

    • by 菅原隆志

      依存する心は諸悪の根源ではない良い依存もあります。

      人は元々何かに依存しないと生きていけないのです。

      悪い依存は、自分のことだけを考えて相手を潰してしまう依存です。別の言い方にすると寄生的な関係です。寄生は宿主から一方的にエネルギーなどを奪うので対象者が潰れていきます。

      良い依存は、依存しながらも互いに尊重し合う依存です。助け合い支え合い共に成長する依存です。

  16. by 名無し

    子どもは必ず親が生み、親が面倒みることが普通でありながら、改めて大切な事だとも思いました。

  17. by 凜花

    納得です。

    自分が変われば相手も変わる。

    見方次第でどうにでも変わりますね。

  18. by 名無し

    少し読んでびっくりしました。虐待した親が完全に悪いのではなく、自分の親への依存心によるでっち上げによるものだとは。
    しかし、虐待されて育った方がそのことに気付くことは難しいと思ってしまいます。でもこの文を読んで、私も親に依存していることがよくわかりました。気付くことができ、感謝します。

    • by 菅原隆志

      私たちは依存すると、全体を見ることが出来ず、客観視することが出来なくなってしまいます。

      確かに虐待はあってはいけないことで悪いことです。

      しかし依存がなくなれば親から自由に離れることも出来るのです。

      依存が無いからこそ離れて良いですし、認めることが出来るのです。

      そして虐待する親も完全な悪の悪魔ではなく人なので、虐待以外にも良い点はあるのです。

      全体で親を捉えることが出来れば、それは怖い親ではなく弱い親だったと気が付けます。

      依存から抜け出していけば、違うものが見えてきます^^

  19. by メグミ(二児のママ)

    確かに、親に感謝しているって人はそうかもなと思います。
    本当に感謝してる人と、本当はつらい嫌な思いして、形だけは感謝してるのに分かれている。
    でも、生まれてくる先を選んで生まれてこれるなら、誰も貧乏な環境の先や、子どもがいない方が楽って親の先に生まれてこないと思います。
    本当に選んでるのかな?選んでたなら、その時からよくない循環を作ったかなと思ってしまいますね。
    子どもには、自分の時と比較してあたりますから、お金無いから、不安とストレスで思いっきりモラハラな親になるんで、毎日精神的に疲れます。

  20. by じゃこねこ

    昔は親が大嫌いでした。でも社会人になって、時間が経つと昔ほどではなくなりました。親の苦労もわかるので…やはり自分も少しは成長したと思っていいんですかね?
    でもたまに実家に行っても居心地は悪いですね(笑)

    • by 菅原隆志

      そうですね^^

      成長したことで、広い見方が出来るようになったのだと思いますよ!
      よく頑張りました(#^^#)

      居心地悪い時はいかなくても良いんですよ^^
      行きたくなければ正月だって行かなくてもいいんです。

      自由に生きていきましょう。

  21. by 名無し

    子は天からの授かりものって本当だったのかもって読んでいて思いました!

  22. by かず

    僕は親を選んだ記憶はありませんが、そういう方もいるんですね
    選んではいませんが、両親にうんでもらって良かったです

  23. by 名無し

    子供は本当に親を選んでいるのでしょうか?

    もとい、生まれてきたいと思って生まれてきたのでしょうか?

    私にはまだまだ解りません…

    • by 菅原隆志

      こればっかりはあの世の事なので確実かわかりませんが、

      もしもこの世が成長する為の世界で生まれる前に成長したいと願ったなら、

      楽な環境には生まれないと思います。

      修行の為に良い経験をする為に、この親のところなら成長できそうだと自分で選んだとすれば、すべてが納得出来そうな気もします。

      私は、自分で選んで生まれてきたと自分で思います。

  24. by 空

    この内容は正にその通りだと思いました。
    今は私自身、親に対してではなく旦那に対してその通りでした。
    今回の配信で自分の無意識の認知の歪みに気づけたので、良かったです!

    自分の悪かった部分が分かり、旦那のせいじゃないことも分かったので家族にとってプラスの道に進めそうです!

    ありがとうございました!

    • by 菅原隆志

      素晴らしいです!

      別れることは誰でもできる。
      文句を言うのも誰でも出来る。

      大事なのは、良い部分を見つけ出して肯定することですね^^

      自分が選んだ旦那さんです。
      良いところが沢山あるものですから、どんどん見つけて伝えてあげましょう!

      自分が変わった分だけ、周囲も変化していきますよ^^

      読んでいただき、ありがとうございました。

コメント投稿はこちら(匿名OK)

*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)